きっとこの人は……
「ジェイデン様。なんか気分が悪いですわ。観劇はやめませんか?」
女性が口を尖らせて男性を揺さぶっている。胸をなすりつけるようにしているではないか。
「は?そなたが見たいと言ったのだろう?」
「だって……」
男性の方は面倒臭そうだ。
遊びの関係なのだろうか?
「ちっ……それならひとりで帰れ」
「そ、そんな……」
「俺は見て行くから勝手にしろ」
女性は黙り込んでしまいそのまま前を向いた。
ジェイデン様?
女性がウィルバートと何か関係があったらしいというのは置いておいて、ハンナはその男が気になって仕方ない。
何だろう。何か引っ掛かりが……。
考えているうちに観劇が始まったので、観劇に集中する。
せっかく来たのだから楽しまなければ意味がない。
初めて見る観劇はとてもすばらしかった。女優ってすごい。あんなに人の感情を揺さぶれるなんて。
ハンナは何度も涙を流すことになった。
「ウィルバート様。すごいよかったです」
昨日から泣きっぱなしだ。
目が腫れまくってどうしようもない。
かっこ悪い。
せっかくのドレスとメイクが……。
ところがウィルバートはくすくすと笑いながらハンナを見ている。
「ハンナはおもしろいな」
「え?」
「俺は君のそういうところが好きなんだ。どこでもそうやって感情を大事にするところがな」
「感情を?」
「ああ。社交界は皆感情を押し殺す。自分を捨てて多い意見に同調せねばならない。そうしないと自分だけのけものにされてしまう。だからみんな能面みたいな顔になるんだ。でもハンナは違うだろう?」
「社交界とは縁がありませんでしたし、わたしは社交界には向かなかったので……」
「社交界なんてどうでもいい。俺はハンナが好きだ」
「ウィルバート様!声が!」
さきほどの女性がずっとこっちに耳を向けている気がして……。
「ロナ、もういい。お前は帰れ。俺はひとりで帰る」
そう言って先程の男性が立ち上がったのを見て突如閃いた。
あっ!アメジストの瞳。
ジャックだわ!
ジェイデン……。
ジェイ……!!!
しかもイケメン!
「ウィルバート様。あの方はどちらの方ですか?」
「え?」
「女性じゃなくって男性の方です」
「は?」
怪訝な顔をしている。
「あいつが気になるのか?」
「はい。とても。わたしの推理が正しければ……」
「ふんっ!あいつはクロウ大公家の息子だよ。俺と同じ年の文官の家系の男だ。女とはかなり遊んでいるぞ。あいつはやめておけ」
自分もかなり遊んでいたくせによく言う。
「あの人ですわ。絶対に」
「何があの人だよ!」
「双子の父親です」
「は?」
「ほら、見てください。ジャックと同じ顔ですわ」
「え?」
ウィルバートも目を丸くしている。
「ジャック……だな」
「でしょう?ジェニファーが本を好きなのはあの人に似たのかもしれませんね」
クロウ大公家と言えば王国一の図書館を持っていることで有名だ。
読書が好きなジェニファーは確実にその血を引いている。
あの男性がビアンカをどう思って一夜をすごしたのかわからない。
だけど今度過去が変わったら、ビアンカとうまくいってくれたらなとハンナは思った。
双子と……また会いたい。
いいえ。絶対会える。
「待ってください。クロウ公子殿下!」
「お前などただの遊びだ。どうでもいいから帰れ」
すたすたと女性をほうってクロウ公子は扉の方へと消えて行く。
女性が大慌てで追いかけてふたりは出て行ってしまった。
「そういえばあの男は最近毎日朝まで飲んで遊び尽していると、噂になっていたな。体を壊すんじゃないかと」
ウィルバートが隣でボソッと呟いている。
「好きな女が……いたのか」
それがビアンカだったのか…。真相はわからない。
「行きましょう。ウィルバート様」
「ああ」
今はそこを追っている暇はない。クリスティアナ様の件が片付いたら考えよう。




