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覚悟を決める時

次の日の朝だ。

ハンナは朝食後にウィルバートの部屋にやってきた。


ウィルバートの本気の告白の返事に来てくれたのかと構えた彼だったが……。


「あの……昨日寝る前によく考えてみたのですけれど……」


自分もいろいろ考えてあまり眠れていない。

ハンナもそれは同じなのか、昨日泣いたせいもあるのか目がはれぼったく見えた。


「この屋敷でクリスティアナ様がお使いだったお部屋はどちらですか?」


「え?」


予想に反した問いに拍子抜けしそうになった。


「交流できるかもしれないと思ったのです。今彼女は王都におられます。この屋敷に滞在されているはずなのです」


「あ、そうか……。確かにそうだな」


「クリスティアナ様にフランチェスコの危険を告げなければ……。この屋敷には彼の息がかかった者はいないですよね?」


「ああ。俺がずっと住んでいたからな」


「彼女がやつに襲われなければ彼女はエイダン様と結婚できます。そしたら彼女もウィルバート様も幸せに暮らせますわ」


ハンナの言葉にウィルバートの胸がドクンと音を立てた。


昨日の手紙に憤慨した。

フランチェスコを許せないと思った。

絶対に。

いくらスラム街出身で公爵家を恨んでいても母を凌辱していいわけじゃない。ビアンカを凌辱してはいけない。

祖父母も母も殺してはいけない。

あの男は抹殺されるべきだ。


だから本来は母に告げるのがいいのだ。

あの男から離れろと。

あの男が母のまわりをどういう形でうろつているのかわからない。

だが、絶対に凌辱などさせてはならないのだ。


それはわかっている。


クロノスの加護を受けたハンナはフランチェスコの横暴を正すためにここにいるのだ。

神はそれを望んで加護を与えたのだ。

わかっている。


全てわかっているし自分もあの男から母と祖父母、そしてビアンカを救いたいと心から思っている。


だが……。


「過去を……変えるのか」


「クロノスの神は……きっとその為にわたしに加護を与えられたのですわ」


そうだ。それはわかってる。わかってるけど……。


「俺は父と母に愛されて幸せになるかもしれない。だが……」


ハンナに会えないかもしれないじゃないか?


「俺はハンナと……もう会えないのか?」


「それは……わかりません。過去を変えたら未来は変わる。だから会わずにお互い過ごすかもしれませんね……」


ハンナの顔がさっきから無表情な気がする。

いつもみたいにくるくる表情を変えない。

こんなハンナ、嫌だ。


そして、あることに思い当たった。


「待てよ。双子はどうなる?君の姉は?」


「ビアンカはジェイという人との間にそのまま双子が生まれて幸せに暮らすでしょう。だからわたしたちの接点はなくなりますね」


「やめろ!」


やめてくれ。そんな表情をなくして話すな。


「いやだ。君と……他人になるのは嫌だ!」


「けれど、クリスティアナ様をこのままにはできません。絶対に!それはわかっているでしょう?」


ハンナの顔がやっと変わった。

涙が流れている。


「どうして泣く?」


「どうしてって……わたしは……」


ハンナは言い淀むようにうつむいた。


「わたしは……ウィルバート様と出会えてよかったと思っているからです」


ぽたぽたと床に涙が落ちている。


「わたしだって嫌です。せっかくこんな……いい関係性になれたのに、離れたくない。だけど!」


「俺は!ハンナと必ず出会う。そして絶対に俺を好きにさせる」


「え?」


その涙がすべての答えだ。

俺はそれだけで十分だと思った。


「絶対に出会う。過去が変わっても俺は母の息子として生まれ、ハンナはバーディナ家に生まれ、俺は探しに行く。ハンナを!」


「そ……」


そのまま顔をあげたハンナをがしっと抱きしめた。

きつくきつく。


「待っていろ。絶対行くから」


「ウィルバート様」


しばらくそのまま抱きしめていた。


そしてウィルバートは覚悟を決めた。

母を助けなければならない。


あの男を野放しにしてはならない。

絶対に助ける。


「母の部屋がある。そこに何かあるかもしれないから行こう」


「わかりました」


侍女を呼び、母の部屋に入ると告げて、ハンナとともに部屋に入った。

何年ぶりだろう。

母が昔使っていた部屋と聞いて、母が死んでからもここは触らせていない。フランチェスコはこの屋敷には近づかず王都に用事があるときは別邸を使っていたから何もされずに済んでいる。今思えばフランチェスコが公爵家のタウンハウスを使わず、母がメインで使っていた時点でおかしいではないか。

それに何も気づかず、フランチェスコが父だと思い込んでいた。もっと頭を捻るべきだった。


「すごく綺麗なままにされていたのですね」


ハンナが驚いている。


「ああ。毎週掃除もさせているんだ」


くまなく探さなければ。

どこかに母の痕跡がないか……。


「これはどうだ?」


「クローゼットを開けたところに鏡がある。大きな姿見の鏡だ。綺麗に手入れされた年代物だ。きっと昔からあったはずだ」


「いいかもしれません。ちょっといいですか?」


ハンナは鏡の前に立つと、コツコツコツと何度か叩いている。

だが何も起こらない。


「今は朝ですから王宮に行かれているかもしれませんね。夜になってから試しましょう」


「夜?」


「クリスティアナ様が部屋でお休みになる時間帯です」


「ああ。わかった。じゃぁそれまでデートしないか?」


一度くらいハンナと思い切り楽しみたいじゃないか。


「え?」


「王都にあまり来たことないんだろう?おいしいレストランにでも行こう」


「レストラン?」


「少しくらいいいじゃないか。ずっと張りつめていたんだから」


「そうですね」


もしかしたら……最初で最後のデートになるかもしれない……。


いや、絶対にそうはさせない。


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