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あふれる感情

「ありがとう。帰るわね」


手紙を懐に入れるとビアンカの部屋を出て執事のギルにお茶のセットを返した。


「お茶、美味しかったわ」


「お嬢様。ゆっくりしていかれては?」


執事と久しぶりに会ったし、もっと話したいとも思ったが、今はここに長くいるわけにはいかない。


「そうね。それはきちんとビアンカを弔ってから。またゆっくり来るからそのときは飛び切りのもてなしをお願いするわ」


「何も出来ず申し訳ございません」


「いいえ。いいのよ。じゃぁ行くわね」


すっかり夜は更けていたので、王都にあるキングスフォード公爵家のタウンハウスに行くことになってしまった。

公爵家のタウンハウスだけあって王都の一等地の中心部にあり、ごく近くに王城が見える。

屋敷の広さも格別で、ハンナの実家バーディナ伯爵家では考えられない規模だ。


使用人たちもかなりの数が待機しているようで突然やってきたウィルバートと謎の女ハンナを顔色ひとつ変えずに出迎えてくれた。

もしかしたら今までも女性を連れ帰ったことがよくあったのかもしれない。


そう思うと、なんとなく胸の奥につっかえみたいなものがひっかかった。


「閣下。お部屋はひとつでよろしいですか?」


「いや、二つ用意してくれ。この令嬢は俺の隣の部屋に」


「はい。かしこまりました」


部屋がひとつって……。


まぁそりゃそう言われるわよね。

一応女性だし。


部屋に案内され、入浴はよくできた侍女が手伝ってくれて、ディナーも何も言わなくとも完璧なものが出てくるではないか。

素晴らしい使用人たちだ。

こんな突然の来訪にも対応するなんて……。


「すごいですね」


「何がだ?」


極上の食事を味わいながら感心する。


「突然なのに食事も完璧ですわ」


「ああ。それはヤーコンが前もって連絡を入れておいてくれたのだろう」


「え?」


「主人が泊るかもしれないとね」


そうなのか。ヤーコンやはっぱり有能だわ。


極上の料理をごちそうになり、その後部屋に戻ろうとしたが、ウィルバートの部屋にエスコートされ、中に入った。

会合が必要だと思ったのだろう。


いつもどおりルルナルを用意しておいてくれている。何もかも用意がいい。

グラスをもらってソファに座るとどっと疲れが押し寄せてきた。


「はぁーーーーーー」


長いため息が漏れる。

使用人がいたから表には出せなかったけれど、ウィルバートとふたりきりになって緊張の糸が切れたのだ。


お風呂に入っている時も豪華な食事をしている時もビアンカの手紙のことがずっと頭の奥にあった。


「ハンナ……」


となりに座っていたウィルバートが心配そうな声を出す。

ビアンカの手紙のことを考えているとわかっているのだ。


「バカですよね。意地なんて張らずに戻ってくればよかったのに……そしたら今頃実家で双子を育てながら楽しく暮らせていたのに……」


王都の屋敷に行くと強引に喧嘩して出て行ったときに意地でも引き止めればよかった。

結婚が決まったと手紙を送ってきた時に会っていればよかった。

双子が生まれたと言った時に見に行けばよかった。


あの手紙を読んで確実になったことがある。


ビアンカはもう死んだのだ。


もしかしたらどこかで生きているのかもしれないと一縷の望みを抱いていたけれど……。


「ビアンカは小さい頃からかわいくて、わたしはふつうで、いつもビアンカがちやほやされてうらやましいと思ってました。突然家を出ると言った時は勝手にしろって思いました。また好き勝手してって。王都でビアンカが遊び人だという噂が流れていると聞いて彼女ならやりかねないと両親と話していたんです。だけどこんなことがあったなんて……。どうして……どうして戻ってこなかったのよ!」


知らないうちに大きな声で我を忘れて叫ぶように言いながら涙を流していた。


「バカ!ビアンカも……わたしも……ちゃんと向き合って話せばよかった……」


「うっ……うっ……ひっく……ひっく……」


嗚咽が漏れて言葉は出ない。

ビアンカからの遺書のような手紙が届いてからずっと張りつめていた感情が爆発したみたいにとめどなくあふれてきた。


ごめんなさい。でも止まらない。


そんなハンナの肩をウィルバートはやさしく抱いた。


「大丈夫だ。泣きたいときは泣けばいい」


「うっ……うっ……うっ……」


ハンナはウィルバートに身をゆだねた。

とてもあったかくて大きなその体に。


「ご、めんなさい。こんな……取り乱してしまって」


「いい」


ウィルバートは長い間無言でハンナの肩を抱き、背中をさすってくれる。


あーあったかい。

今だけ甘えてもいいですよね?

あなたになら甘えても許してもらえる気がしたんです。


ハンナは気が済むまで泣き続けた。

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