キングスフォード公爵家の内情3
「少しいいかしら?」
次の日、朝食を超高速で食べたハンナは誰の断りも入れずにウィルバートの執務室をノックした。
場所はニアが調査済みである。
「これはこれは……。ハンナ嬢」
『ヤーコン・ジェイコブソン』
近衛兵時代にウィルバートの下で事務的な任務をこなしていたらしいが、近衛兵を引退するにあたり引き抜いてきたようだ。
というのは、ニアからの情報だ。
ウィルバートを少し小型にしたような背格好の男で、茶色の少し癖のある髪に黄緑色の瞳をしている。
事務官をしていただけあって、几帳面な雰囲気を漂わせていた。
後退りせんばかりのヤーコンにハンナはずいずいと寄っていく。
「まず、聞きたいんだけれどね?」
「は、はい」
逃げ腰の体制でヤーコンが返事を返す。
「公爵閣下は三日間も王都のどこに行かれたのかしら?あちらにはさぞかし気の利くご麗人がいらっしゃるのでしょうね?」
扇を口に当てにっこりとほほ笑むが目はまったく笑っていない。
「え?おっしゃっている意味が……」
「わたくしは何もご麗人のことを責めているわけではありませんのよ。何もわからないわたくしに説明もなしに三日も留守にされるつもりだということに関していかがなものかと申し上げているだけですわ」
ヤーコンは最初はハンナの気迫にたじろいでいるようだったが、腰を伸ばして体制を建て直すとキリッとハンナの正面に背筋を伸ばした。
「失礼ながら、何か誤解をなさっているようですね」
「誤解?」
ハンナはまだ扇で口元を隠しながらずいっと寄る。
「閣下が王都に向かわれたのは、近衛兵の任務です」
「は?閣下は近衛兵をもうやめられているとお聞きしているわ」
「やめられています。ですが、ロズウェル王国を守るためには閣下の力がどうしても必要ですので、国王陛下は常に閣下を頼りにされているのです」
ロズウェル王国辺境の地であるバーディナ伯爵領にいてさえ、ウィルバート近衛隊長の名声は聞き及んでいる。
『彼が振るった剣は風を起こす』だとか『炎をまとった剣身を見た』だとかいろんな噂が飛び交うほどの剣豪らしい。
だが、いくらすばらしい戦力だったからといってやめた者を国王陛下が呼び出されるなんてそんなことあるのだろうか?
「我が国の近衛兵はもうやめた人を呼び出さねば機能しないほどの戦力だというのですか?」
ハンナの言葉にヤーコンは唇をかんだ。
「そう言われればそうなのかもしれません。閣下がいなくなったことで近衛兵の統率をする人がおらず、今ガタガタの状態だと聞いています」
はぁ?いくら凄腕の隊長だからってその人がやめたって組織はきちんと機能するように日ごろから統率をしておかねばならないというのに。
「プレストン王国との情勢が悪化しているのをご存じですか?」
「それは知っています」
バーディナ領からは遠い場所の話だからプレストンと土を踏んだことはないが我が国と同等の力を誇る国で、隣接しており、両国の長い歴史の中で同盟を結んだり幾度となく戦争をしながらお互いをけん制しあいここまで来ている。時には和平条約を結ぶという話になったこともあるが、なかなか締結には到っていない。
近頃またその国との関係が極度に悪化したというのは新聞で読んだ。
プレストンの金山から我が国が金を密輸していたとかいう話だったような……。
国境は緊張状態だという。
そこに駆り出されているというのか?
「やめた人間を呼び出すなどひどい話ですね」
「ですが放っておくわけには参りませんので……」
それはそうだけれど……。
だがこれは本当なのだろうか?
王都にいる麗人との逢瀬のための嘘ではないの?
だけどこのヤーコンという男、嘘を言っているようには見えない。
「わかりました。仕方がないので待ちます」
ヤーコンに双子の教育について自分の意見を言ってもどうすることもできないし……。待つしかないか。
「ただ一つだけ、お願いがあるの」
「なんでしょうか?」
「誰でもいいから城内を案内してくれない?どこに何があるのかもわからなければ生活できないわ」
「確かにそうですね。ではマッキノンに案内させます。僕と同じく閣下の部下ですのでご安心を」
ヤーコンが呼び鈴を鳴らすと彼と同じくらいの背丈の男が音もなく入って来た。




