後ろ髪を引かれる思い
その日の朝は、家庭教師の先生が急遽休みとなり、双子は突然身体が空いたので、ハンナは双子と一緒に昼ごはんのパンケーキを焼くことにした。
実家でときどきビアンカと一緒に焼くことがあったなと思い出したのだ。
料理人たちの中にはフランチェスコの息がかかった者はいないため、気楽に作業できる。
手慣れない者と子どもが二人も作業するので迷惑をかけることは間違いないのだが、双子にパンケーキ作成の体験をさせたくて料理長にお願いしたらそれでも快く厨房にいれてくれた。
パンケーキのトッピングとしてバナナと生クリームもたっぷり用意してくれている。
まずは小麦粉とベーキングパウダーを混ぜたものに卵をといたものを入れてから牛乳を少しずつ加えて生地をつくっていく工程をジャックが今実行中だ。
緊張してカチコチしている。
「牛乳はこれくらいですか?」
「ええ。少しずつ加えていくのよ」
ジェニファーはさきほどから生クリームを泡立てている若い筋肉質の男性の料理人をしきりに見つめていた。
大きなボウルでカシャカシャとひたすら泡だて器を動かすさまがとてもおもしろいのだろう。
ジェニファーに凝視されているその使用人は居心地が悪そうだが、それでも職人らしく規則正しく丁寧に泡立てていく。
だんだん液状だった生クリームにつのがたってくるとジェニファーが思わず声を上げた。
「わぁ」
小さな声だが興味津々だ。
「お嬢様。やってみますかい?」
「え?いいの?」
「はい」
男性調理師から大きな泡だて器を渡されてジェニファーは大きなボウルで見様見真似でガシャガシャと動かしてみたようだが、ホイップがジェニファーの顔面にポンポンとんできた。
「ぷはっ」
ジャックが大笑いしている。
ジェニファーの顔は白い斑点がいっぱいできている。
「な、何よ」
「そんな難しいことジェニファーができるわけないじゃないか」
「だってやってみたかったんだもん。それならジャックもやってみてよ」
「え?僕も?」
ハンナに目を向けてきたのでハンナはこくっとうなずいた。
「じゃぁ、やってみようかな」
「坊ちゃんもどうぞ」
男性料理人からボウルと泡だて器を受け取るとジャックもガチャガチャと泡だて器を動かしたのだが、案の定同じように顔がホイップまみれになった。
「ほら。同じじゃない」
「わぁ。ほんとだ難しいんだな」
まじめに答えるジャックを見てジェニファーがクスクス笑っている。
「ジャックへんなの」
「なんだよ。ジェニファーもだろ」
ぷんぷんしながら言うジャックの顔についている一番大きなホイップを指ですくってジェニファーがぺろっとなめた。
「あ、おいしい」
「え?」
ジャックもジェニファーの顔のホイップを指ですくう。
「おいしい」
ふたりできゃっきゃと笑いあっている。ようやく本来の子供の姿になれたみたいだ。
料理人たちはそんなふたりの姿を暖かく見守ってくれている。
「さぁ、これくらいにして、パンケーキをつくるわよ。用意はいい?」
「「はぁい」」
緊張が解けたところで、生地をフライパンに流し込んでいく。
こげないように弱火で。
料理人たちが後ろで見守ってくれているという安心感のもとなんとか無事パンケーキを一枚焼くことに成功した。
「できたわよ。ジャック」
「はい」
嬉しそうに笑う。
「じゃぁ次はジェニファーがやりましょうか」
「はい」
ふたりとも上手に焼けて、昼の食卓へと皆でパンケーキを運んでいると、ウィルバートがちょうどホールにやってきたところだった。
「兄上!」
ジャックの声にこちらを見てウィルバートがぎょっとした顔をする。
「お前たちその顔はどうしたんだ?」
ホイップがついたまま拭き取っていなかったことを思い出す。
「「あ」」
「厨房にお邪魔してパンケーキを焼いてきました」
エプロンをつけたハンナを見てウィルバートは肩をすくめる。
「その顔はそれでか」
「はい。お兄様。上手にできたかわからないけれど食べてくださいますか」
ジェニファーがウィルバートの前に焼いたパンケーキを置く。
「もちろんだ。よし、ではいただこう」
ジェニファーの視線に合わせて少し姿勢をかがませて答えている。最初来た時には視線すら合わせなかったというのに。
ジャックはウィルバートの前にトッピングのホイップや果物を置いた。
「これがお前たちの顔の正体だな」
「へへ」
ジャックが恥ずかしそうに笑う。
ウィルバートは自分でホイップと果物をトッピングして綺麗な所作で一口口に運んだ。
「うん、うまいぞ。なかなかの味だ」
「本当ですか?」
「ハンナおばさまも食べてください」
「ええ。いただいているわよ」
四人でほおばっていると本当の家族みたいな気がしてくる。
「おばさま。おいしい?」
「ええ。とっても」
ジェニファーの笑顔がまぶしい。
ウィルバートも双子に対して今までより笑顔が増えたのではないかとハンナは思った。
本当の兄弟妹ではないけれど、それでもこうやって仲良くしてくれたら嬉しい。
これからもこんな時間が続けば……。
「ハンナ。そろそろ行こうか」
「はい」
「どこかに行くのですか?」
「ええ。馬で競争しに行くのよ」
「え?」
ジャックの顔が輝いている。
「ジャック、悪いが今日はデートなんだ」
「デート?」
ジャックがきょとんと眼をまるくした。
「え?おばさま本当ですか?」
ジェニファーはキラキラとした目を向けてくる。
「ど、どうかしら?」
「デートなのね?すごーい」
「そうですか。では僕たちは家で勉強の予習をしておきます」
「ごめんね。ジャック」
少し残念そうにしているジャックを見ていると双子を置いていくのは忍びないと思ったが、仕方ない。
かしの木を見にいかないという選択肢は、今はハンナにはないのだ。
絶対に確認しなければならない。
しかも早いほうがいい。
「また帰ったら埋め合わせするから」
「大丈夫です。僕たちもがんばります」
後ろ髪をひかれる思いで、ハンナはウィルバートとともにジェイに乗り公爵家を出たのである。




