公爵家に向けられた恨み
「閣下。こちらがグスタフ派に属する使用人たちの一覧と、そしてマッキノンが一日で調べることができたバイロンの情報です」
次の日の朝、仕事の速いヤーコンは早速昨日の夜のうちにリストを作成してくれていたようだ。
帰って休む様言ったが夜遅くまでかかっただろう。
「すまないな。また残業か」
「ええ。問題ありません。わたしは閣下に残りの人生を捧げると決めていますから」
ヤーコンと出会えて本当に良かったと思う。
留学は王命だった。
今になって改めて考えてみると母が死ぬ前に最後の力を振り絞って、王命として手に入れたもので、王命とあらばフランチェスコもどうすることもできなかったに違いない。
まだ小さかったウィルバートをエイダンのもとへと送り、フランチェスコの魔の手から守りたかったのだろう。
エイダン近衛騎士団長と初めて会った時気さくに話しかけられて驚いたのを覚えている。そのうち親しくなって食事をご馳走になっている時に父は自分に本当の父だと名乗りはしたが、それ以上のことを言いはしなかった。
本来の公爵が母であることも知っていたはずだが、何も言わなかった。
何故なのかはわからない。
ただ、父だと名乗り、母を愛していたが、墓参りもできない俺を許してほしいと言ってきた。
意味がわからなかった。
突然父と言われても何が何だかわからないし、母が不貞を働いたのだと絶望的な気持ちになった。
それで、今までフランチェスコが母に合わせてくれなかったのもそのせいだったのかと考えるようになり、何もかもどうでもよくなった。
そのころ知り合ったのがヤーコンとマッキノンだ。
人生自体がどうでもよくなっていたウィルバートはまだ子どもながら下町の裏通りを歩いていた。誰かに襲われて死ねば本望だと思っていたくらいだ。
だが、その時自分と同じくらいの歳の少年ふたりが怖そうな大人たちに囲まれているのを目撃した。少年達を袋叩きにしている。
俺はどうでもいいが、他の奴、しかも子どもに危害を加えるなんて許せないと思った。
そこに落ちていた剣を手に取り一振りした。
そのときわかった。自分がアレスの加護者だと。
暴漢たちは剣を一振りしただけで一網打尽にぶっ倒れたからだ。
ヤーコンとマッキノンは奇跡でも見るような目で自分を見ていた。
それからヤーコンもマッキノンも自分を命の恩人だと言って離れなくなったのだ。
剣術をそれまでやってこなかったわけではないし筋はいいと言われていたが、人を助けたいと思ってふるった一太刀ははじめてだった。
これがアレスの加護。
人を助けるためのものなのだとその時悟った。
そしてそれ以来、ヤーコン、マッキノンとともに人を助けるためにウィルバートは剣をふるい続けている。
公爵家はいずれ本来の血に戻すつもりでつなぎとして爵位を継承したつもりだったのだ。
だが、そこには別の事実が隠されていた。
ウィルバートがリストを確認しよう紙に目を向けた。
「バイロンはドルド峡谷のボスでした」
「何?」
ドルド峡谷というのはキングスフォード公爵領の北西の端にあるプレストン王国との国境付近の山間の村だ。
そこは天候が悪く、食物は育たず、世間から追いやられた人たちが住むスラム街。病気が蔓延し、衛生状態も悪く、治安も非常に悪いプレストンとロズウェル両国の者が集い、ギャング団もいたりする。
歴代キングスフォード公爵はこの土地を今まで放置してきた。
歴史を紐解いてもこの土地にメスを入れた形跡はない。
ロズウェルとプレストンの膿がたまる場所だ。
そこに住む者ならキングスフォード公爵家を恨んでいてもおかしくはない。
手を差し伸べたことはないからだ。
「バイロンは今も峡谷を牛耳っています。息子は一年したら生き返ると吹聴しているようです」
「なんだそれは?フィーネも同じことを言っていたぞ」
「はい。きな臭いですね」
「そうだな」
考え込んでみるが、あまり考えている時間がないのだ。
「ヤーコン。昼からハンナとともに王都へ行く。馬で行くから皆には言うな。夜遅くなるかもしれないが、適当にごまかしておいてほしい。ニアには伝えてある」
「わかりました。若い男女が遅くなっても誰も何も言うますまい。タウンハウスにだけ連絡を入れておきます」
「そうだな。頼む」
はは。実は何も相手にされていないんだがなと内心苦笑する。
こんな女は本当に初めてだ。
「あ、そうだ。演武場の向こうにある井戸だが、最近水が出るようになっているようなんだ。いつからなのか調べておいてくれないか?」
「はい。わかりました」
ウィルバートは溜まっている執務を鬼のような速さで片付けるためにその言葉を最後にしばらく書類に没頭していった。




