ハンナという女性
こちらから第二章になります。
ハンナ・キャロライン・バーディナ
「地味な装いをしためんどくさそうな女だな」
彼女に初めて会った時の感想だ。
流行遅れの既婚者が着るような落ち着いた装いをしていたが、そのエメラルドの瞳から強烈な意志の強さを感じた。
絶対何か要求してくるだろうと思った。
そしたら双子を引き渡すまで城に居座ると言い出す始末。
やはり、こういう女は……。
そして城に滞在するということで落ち着いたが、自分に対して色目をつかわなかった女は初めてだった。
たいていの女は近づくだけでぽっと顔を赤らめ、色目をつかって誘ってくるのだが……。
それどころか双子の教育を任せろと言い出し、この城の使用人はおかしいといい、あの手ごわいフィーネを追いやって自分が双子を育て始めた。
すごい女だ。
「閣下。プレストン王国との国境でひとり兵士が行方不明になりました」
「ちっ」
今プレストン王国との関係は悪化しはじめている。
どうやらプレストンの金山から我が国の商会がゴールドを密輸していたらしく、それにプレストンの国王が怒っているようなのだ。
金山が国境の山にあったのをプレストン側は知らなかったようで、両国半々くらいの割合で金山が分布していたがすべての金をロズウェルがせしめていたらしい。
その金山の密輸に父がかんでいたとウィルバートは見ている。
公にはなっていないがおそらくあの執事のグスタフとフィーネに何かをさせていたはずだ。
なかなか執事がしっぽを表さないので今のところどうすることもできないが……。
「わかった。探せ。あと、もし遺体で見つかったとしても騒ぎ立てるな。秘密裏に埋葬しろ」
「はい。承知しました」
マッキノンは何でもやる。プレストンで見つけた腹心の部下。それがヤーコンとマッキノンだ。
彼らは汚い仕事をやってきた平民の傭兵たちだったが、ウィルバートがロズウェルに戻る際に着いてきてくれた。
ヤーコンは頭がよく事務仕事ができたので補佐官としてここに置いている。
「閣下。きな臭いですね。僕の昔の知り合いに調べさせましょうか」
「ああ。そうしてくれると助かる」
兵士がまたやられたか。
このままではプレストンとの戦争になりかねない。それだけは避けなければならない。
裏をとって公にならない様にせねば。
「話は変わるが小麦の収穫量はどうだ?」
「それは今年も昨年並みになりそうです」
「それなら問題ないな」
いろいろやることは山積みだ。
何分、公爵になるまでは剣しかふるってなかったのだ。領地経営など意味がわからない。
必死でやっている。
双子に引き継ぐまでは公爵家を守らねばならない。
父とは折り合いが悪かったが、先祖の代からずっと六百年以上続いている家だ。守って双子に渡してやるのが筋というものだ。
あの双子もキングスフォード公爵家も何も悪いことはしていないのだから。
悪いのはあの父だ。
不正ばかり働いている。
母とほとんど会った記憶がないのはあの男が半分母を監禁していたせいだということもわかっている。ビアンカというハンナの姉にしてもそうだろう。あの父は異常だった。
そしてウィルバートが自分の本当の息子ではないと気付いてからは双子に異常な教育を施すようになった。
兄に勝つようにと。
だが、ウィルバートを殺すことはできない。
ウィルバートにはアレス神の加護があるからだ。
神の加護持ちを殺すと自分に絶対に見返りが来ると言われている。
だから殺せないからなんとかならないかと策を練り続けていたのだ。
結局あっさりと死んでしまったのには驚きしかない。
「閣下。もう夕食のお時間では?そろそろ今日は終わりにしましょうか?」
時計を見るともう十九時だ。もう夕食が始まる時刻ではないか。
「ああ。本当だな。では明日また頼む。時間がせまっているので行くよ」
ハンナが来てからは必ず夕食には顔を出すようにしている。その後仕事をすることもあったが、最近では夜、会合と称してハンナが来るので心待ちにしながら部屋で残りの仕事を片付けていた。
何がどうさせるのか、あの女にはウィルバートの胸の奥を刺激する何かがあった。
自分がわざと胸の奥にしまい込んだ何かを穿り出すようなそんな感じだ。
そんな女には初めて会ったので最初は面白半分でからかってみたりしたのだが……。
最近妙な感覚が自分の中に芽生え始めていることにウィルバートは気づいている。
何はともあれ、今日はハンナの部屋に来いという。
さて、何を出してくれるのやら……。
「悪いが今日は終わりにしよう。お前も帰って休めよ」
「はい。ではおやすみなさいませ」
ウィルバートは足どり軽く執務室を後にした。




