日記の中のパスタ屋さん
「わぁ。おいしそう」
日記の主が行ったという『パストラル』へと行ってみたら、今もあった。二十七年前からここにあるのだなと感慨深く思う。そしてあの日記の主はここでエイダンとともにパスタを食べたのだ。
そういえば日記の主はエイダンの名字をフィリーズと書いていたなと思い出す。
フィリーズ公爵家といえばプレストン王国の名家だ。今の当主はブランドンという名だったはず。エイダンという人は誰だろう?
そんなことを考えながらジェニファーがきゃっきゃと騒いでいるのを嗜める。
「ジェニファー。あなたは公女様なのよ。マナーの授業を忘れた?」
「あ、はい。きちんとします」
さすがに皆の目がある。
城で自由にはしゃいでいるのとは違う。
ジェニファーが落ち着きを取り戻すとさすがにマナーの授業を受けているだけあって双子の所作は五歳とは思えぬ綺麗さだ。
今日は隣に座るウィルバートも負けてはいないが。
いつもは前にいるのに変な感じだ
店の中が広いわけではないので、肩がときどき触れるのもなんだかもぞもぞしてしまう。
ウィルバートは双子を楽しそうに見ている。
まともに会話をしているのを見たことがなかったが、どうやら少しずつ話していこうとしているのかもしれない。
「おまえたち、このあと行きたいところはあるか?」
「兄上、僕たちが決めてもいいのですか?」
「ああ。おばさまが最後にモーゼの丘に行きたいと言っているが、それまではどこに行ってもいいぞ」
「本当ですか?じゃぁわたしは動物園に行きたいっ!」
「こら、ちゃんと敬語を使うんだ」
「あ、ごめんな……」
「いい。子どもは子どもらしいほうがいいじゃないか。ふつうに話せばいいよ。俺の弟と妹なんだから」
「「え」」
双子がはじめて嬉しそうに笑って返事した。
「「はいっ」」
弟と妹と言われたのがとても嬉しかったようだ。
なんだかんだ兄に愛されたかったのかもしれない。
ウィルバートが血のつながった兄ではないことはふたりとも知らないだろうから。
でも戸籍上は兄だ。
兄弟妹…仲良くしてほしい。
ハンナは切実に思った。
パスタを美味しくいただいた後、ウィルバートが会計をしている間に双子を連れて店を出ようとして店の出入り口の中側のところに貴族の紋章のようなものが飾られていることに気づいた。
何だろう?この国の貴族のものではないわ。
この国の貴族の紋章は有名どころはだいたい把握している。
こんなところに飾る紋章ならかなり名の知れた貴族のものに違いない。
「あの。あなた」
店員を呼び止める。
「はい」
「あの紋章はどちらの家のもの?」
「あ、あれは、プレストン王国のフィリーズ公爵家の紋章でございます。ご贔屓にしていただいておりまして、店主が許可をとって飾らせていただいております」
「まぁ……」
フィリーズの紋章がこの店に?
エイダン・フィリーズに違いない。
彼は今もこの店に来ているのだわ。
「よくいらっしゃるの?」
「はい。国境を越えて月に一度は来られています。エイダン近衛隊長様にございます」
「!」
近衛隊長?
「そう、銀糸の髪の美しい方と聞いているわ」
「はい。左様でございます」
「ありがとう。おいしかったわ」
信じられない気分だった。
あの日記の中に息づくように語られていた本人がここに来ている。
会いたい……。会って話を聞きたい。
あの女性は誰なのかと……。




