カクテルを飲みながら2
彼女は父と母が事故に会ったと書いていた。
ということは、先の公爵閣下、フランチェスコ閣下の姉か妹があの日記を書いているということになる。
そんな人いたのだろうか。
「だが、厩舎も君の姉のおかげで綺麗になっていたからな。あそこの使用人は父の息がかかっていなかったからそのまま俺の軍馬たちをまかせることにしたんだ」
父の息!
やはり!
「僭越ながらお聞き致しますが、この屋敷の使用人たちはやはり先の公爵閣下の……なんといいますか腹心の部下というか……」
「ああ。そうだ。特に執事とフィーネは俺が生まれたころからいる父の一番の理解者だ」
「ではそのふたりの派閥に属する者たちが先の公爵閣下の?」
「そうなるな。君がこの屋敷に来た時に気づいたのだろう?あの者たちは俺を嫌っており、父の誠の子である双子を敬愛している。だが、敬愛というよりは偏愛で、まちがった教育を押し付けているようにしか見えないがな」
「では使用人たちはかっ…ウィルバート様が先の公爵閣下の誠の子ではないことはご存じだったのですか?」
「それはわからない。父にもプライドがあるから伝えていない可能性はある。だが、俺のことを皆嫌っていることは確かだ。執事とフィーネ以外の使用人たちは母が死んでからやってきた者たちばかりだ。母が死んだ後、父が使用人をかなり入れ替えしたようだ」
詳しく聞いてみると、ウィルバートの母君はウィルバートが十歳の頃に亡くなったらしい。おじい様とおばあ様はほとんど覚えていないほど小さい頃に亡くなったという。
母君が亡くなってすぐ母君の遺言でプレストン王国へと留学したのだとウィルバートは言った。
「厨房の使用人は皆ウィルバート様が替えられたのですね」
「ああ」
ウィルバートは視線を上げるとハンナをじっと見ている。
「殺されそうになれば入れ替えるだろう?」
「え?」
「いくら俺が仮の公爵でいいと思っていたとしても自分の命まで差し出すつもりはないからな」
ということは毒殺をしようとしたのだろうか?
「それはいったい?」
「食事に遅効性の毒を入れているのを発見した。というよりは初日に入念にチェックした。だから俺は摂取はしていないが、見つけた時点で全員追放した」
「なんてことを……」
酷い話だ。殺害まで試みるとは……。
追放は当たり前の話だ。
そこまでウィルバートを嫌っているのか?
先の公爵閣下は亡くなっているというのに。
「俺は兵士たちとともにいずれここを出ていく。だが、双子が大きくなるまでは公爵家を維持しなければならないと思っている。それまで毎日命の危険を感じながら暮らすのはごめんだからな」
「そうですね」
もし厨房の使用人が今も残っていたら、自分も殺されていたかもしれない。
けれど、妙だ。
他の使用人でフランチェスコ閣下の息がかかった人間はまだまだいるのにその者たちはウィルバートを殺そうとはしない。
「他の使用人たちが俺を殺そうとすればどうなるかという見せしめにもなった」
全員クビにされたらたまらないものね。
「それに、俺がアレスの加護者だと知っている者は安易に俺に手を出せない」
そうか。
それでか。
ウィルバートを殺すことはできない。アレスが守っているから。
さらにウィルバートが怒るとアレスの怒りも買うことになりどうなるかわからない。
だからなりを潜めているのか。
フランチェスコ閣下がウィルバートに手をかけなかったのもそのせいかもしれない。
「加護持ちに手をかけるとその者は苦しんで死ぬことになると言われている」
「え?そうなのですか?」
「ああ、知らなかったのか?」
「はい」
そんなことが……。
もっと勉強しなければ。また図書館へ行こう。
「ということは厨房の人間はそれを知らなかったのでしょうか?」
「うーん…どうだろうな。知らなかったのだもしれないし、執事がフィーネが命じたのかもしれない。厨房の人間の生死など虫ケラの命くらいにしか思っていないのかもしれないからな」
確かに。加護持ちに手をかけた者が苦しんで死ぬというのなら直接手をかけなければ自分は関係ないと思っていたのかもしれない。
フィーネも執事も思ったより思ったより格段に手強い相手なんだわ。
気を引き締めないと。
「今日はこれくらいにしておくか。もう夜も更けてきた」
「あら。そうですね」
時計を見ると日が変わっている。
「明日も早いですし……」
「泊って行ってもいいぞ」
「え?」
思わず顔をあげると目の前に怪し気に光る碧い瞳があった。
めちゃくちゃ色気ある。
何なのこの人……。
「え、えっと……かえります」
棒読みになってしまった。
「残念だな」
「そ、そうですか?ウィルバートさまにはもっとふさわしい……」
「次回は期待している」
被せるようにそう言いながら立ち上がると扉をすっと開けた。
「部屋まで送ろう」
「は、はい」




