第1話
侍女たちが順に紅茶を注いでいく。
白磁のカップの中で、淡い琥珀色が揺れた。
「せっかくですもの。まずは、皆さまのお好きなものでも伺おうかしら」
ハーゼルベルク子爵夫人はそう言って、卓を囲む私たちを見渡した。
「甘いものや香りの強いお茶、季節の果物――そういうお話なら、気楽に始められますでしょう?」
私は目を瞬かせた。
そういえば、茶会でこんなふうに軽い話から入ることは、あまりなかった気がする。
戸惑っているうちに、セシリアが扇を閉じ、ゆるやかに口元をほころばせた。
「でしたら、私は柑橘を使ったお菓子が好きですわ。甘いだけのものより、香りの立つ方が好みですの」
「まあ、爽やかでよろしいわね」
子爵夫人が頷くと、エルネスタも楽しげに言葉を継いだ。
「私は木の実を使ったものが好きですの。少し塩気があるくらいの方が、つい手が伸びてしまって」
「分かりますわ」
セシリアが笑みを浮かべる。
「甘いだけでは、すぐに飽きてしまいますものね」
続いて、マルティナが控えめに口を開いた。
「私は……林檎のお菓子が好きです。焼いたものでも、煮たものでも」
「林檎のお菓子は、どこかほっといたしますわね」
子爵夫人がそう言って微笑む。
不意に、ルーカスの目がこちらへ向いた。
「エリナ様は?」
私は一瞬だけ言葉を探した。
「私は……今は、干し林檎でしょうか。いろいろな食べ方を考えるのが楽しいのです」
卓を囲む会話が、ふと途切れた。
しまった……好きなものの話だったのに。
「あら、面白いお答えね」
「え……」
顔を上げると、子爵夫人は柔らかな表情を浮かべていた。
「わたくし、そういうお話は嫌いではないわ」
「あ、ありがとうございます」
「まあ。ずいぶん熱心でいらっしゃるのね」
セシリアが扇の陰でくすりと笑った。
「お好きなもののお話かと思いましたけれど、エリナ様は、やはり商いのお話がお好きなのですね」
「それなら、どんな食べ方を考えていらっしゃるの?」
尋ねたのは、エルネスタだった。
「干した林檎となると、そのままいただくくらいしか思いつきませんもの」
「今は……蜂蜜や木の実と合わせたり、お菓子に使えないか試したりしています」
「まあ、それはお茶にも合いそうですわね」
エルネスタが楽しげに目を細める。
マルティナはすぐには言葉を挟まず、カップを受け皿へ戻してから、こちらを見た。
「エリナ様ご自身が、配合までお考えになるのですか?」
「はい。料理人にも相談しながらですが……」
「そうなのですね」
マルティナはそれだけ答え、納得したように頷いた。
子爵夫人はルーカスへ顔を向けた。
「ルーカスも、こういうお話は嫌いではないでしょう?」
「ええ。もっと詳しく伺いたいですね」
ルーカスがそう言うと、セシリアの扇の先がほんのわずかに止まった。
けれど、彼女はすぐに何でもないような笑みを取り戻した。
その後は、紅茶を口にしながら、いくつかの話題が続いた。
花のことや、この春に出た新しい染め色のこと。
ルーカスは誰か一人に偏ることなく、きちんと皆の話を拾っていた。
やがて、子爵夫人が思い出したように口を開く。
「そういえば皆さま、贈り物を選ぶときは、何を大切になさるのかしら」
夫人はカップを受け皿へ戻し、ひとりずつに目を向けた。
「お相手のお好み? 見た目の華やかさ? それとも、外れのない無難さ?」
その問いに、最初に反応したのはセシリアだった。
「わたくしは、まず見映えですわ」
扇を軽く揺らしながら、セシリアは淀みなく言う。
「中身がよいのはもちろんですけれど、手に取った瞬間に心が動くことが大切だと思いますの」
「たしかに、第一印象も大事ですものね」
子爵夫人が頷く。
「ええ。ですから、あまりに実用一辺倒では夢がありませんわ」
その言葉とともに、セシリアの目が一瞬だけこちらをかすめた。
エルネスタが楽しげに続ける。
「私は、使いやすさも大切だと思いますわ」
「使いやすさ?」
「ええ。どれほど綺麗でも、持て余してしまうものは少し惜しい気がして。見た目もよく、そのうえ相手が気負わず使えるものが理想ですの」
ルーカスが口元を緩めた。
「贈る側だけが満足して終わるのは、たしかにもったいないですね」
「まあ、ルーカス様はお優しいこと」
セシリアが笑みを向ける。
続いて、マルティナがそっと口を開いた。
「私は……受け取った方が、持て余さずに済むものがよいと思います」
「持て余さずに、というのは?」
子爵夫人が問い返す。
「はい。あまりに大げさなものですと、お返しにも気を遣わせてしまいますし……小さくても、きちんと心が届くものの方が好きです」
「まあ、気遣いがあって素敵だわ」
マルティナはわずかに頬を染め、頭を下げた。
……みんな、きちんと考えている。
私は膝の上で指先を重ねた。
贈り物について、これまで深く考える機会はなかった。
贈る相手も、贈れるものも、私にはほとんどなかったから。
指先がじっとりと湿る。
「エリナ様は?」
ルーカスに声をかけられ、皆の目がこちらへ集まった。
「私は……そうですね」
私は答えを選ぶように、わずかに間を置いた。
「……相手のお好みに、なるべく合うものを選びます」
子爵夫人が頷く。
私は迷いながらも、続きを口にした。
「そのうえで……使い切ったり、食べ終えたりして、あとに残りすぎないものを考えます」
「まあ。ずいぶん堅実なお考えですこと」
セシリアが軽く首を傾げた。
「形に残るものより、無駄にならない方がよろしいのですね」
「たしかに、消えものは受け取る側も気楽ですわね」
エルネスタが頷いた。
「でも、その中でも、受け取った瞬間に嬉しくなるものを選べたら素敵ですわ。気を遣わせすぎず、それでいて埋もれないものが理想でしょう?」
「相手に余計な負担をかけない、ということでもあるのでしょうね」
子爵夫人が言葉を添えた。
「贈る側の満足よりも、受け取る側の気楽さを考えるのは、わたくし嫌いではないわ」
子爵夫人がそう言って笑みを見せると、卓を囲む空気がいくらか和らいだ。
「贈り物ひとつ取っても、皆さまそれぞれ違っていて面白いものね」
「本当に」
エルネスタが楽しそうに笑う。
「こういうお話は、思ったより人柄が出ますわ」
マルティナも同意するように頷いた。
「同じものを贈るにしても、考え方が違うのですね」
「まあ、相手次第ということでもありますけれど」
セシリアが扇を揺らす。
子爵夫人はそれ以上話を広げず、茶器へ手を伸ばした。
「今日は皆さま、興味深いお話をありがとう」
そう言って、順に私たちを見渡す。
「また季節が変わる頃にでも、今度は別のお話を伺いたいものだわ」
茶会は、それからほどなくしてお開きになった。
立ち上がって一礼したとき、不意にルーカスがこちらを向いた。
「本日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
そう返すと、ルーカスが一歩近づいた。
「手土産も、母がとても喜んでいました」
「それは、よかったです」
「それに、今日こうしてエリナ様とお話しできたことも、私は嬉しく思っています」
「……え?」
「また、お会いする機会をいただけませんか」
返す言葉を探しかけた、そのときだった。
「ルーカス様」
セシリアが扇を閉じ、優雅な足取りで近づいてきた。
「先ほどのお菓子、とても素敵でしたわ。後ほど、どちらでお求めになったものか教えていただけます?」
ルーカスは一瞬だけ私を見たあと、頷いた。
「もちろん」
私は小さく一礼し、その場を退いた。




