第8話
茶会の当日、私はいつもより少し早く支度を終えた。
選んだのは、以前仕立てたドレスだった。
鏡の前で裾の皺を直し、全体を確かめてから、ふっと息をつく。
「……仕立てておいて、よかった」
鏡から視線を外し、傍らの卓へ目を向けた。
用意した手土産は、干し林檎と木の実の蜂蜜漬けだ。
三つの小瓶を箱に並べ、丁寧に包んである。
この前、アーネストに試食してもらったあと、もう少し香りに変化をつけられないかと考え、配合をわずかに変えてみた。
木の実は香ばしさが立つように軽く煎り、蜂蜜の量を少し控えた。さらに、香りづけとして肉桂をほんのひとつまみだけ加えてある。
「……これで大丈夫よね」
そう呟いてから、私は指先で包みの端を撫でた。
――これが終われば、また報告に行かないと……。
そう思っただけで、胸の奥がそわつく。
私はその気持ちを振り切るように包みを抱え、馬車へ乗り込んだ。
◆
ハーゼルベルク家の屋敷へ着くと、玄関先にはすでに何台かの馬車が止まっていた。
姿勢を正し、私は馬車を降りる。
玄関へ進むと、出迎えた執事が丁寧に一礼した。
「ようこそお越しくださいました。エリナ様でいらっしゃいますね」
「はい。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
私は手土産の包みを差し出した。
「ささやかですが、ハーゼルベルク子爵夫人へ」
「確かにお預かりいたします。皆さま、控え室でお待ちでございます」
執事の案内に従って廊下を進みながら、私は胸の内で考える。
――ほかには、どんな方がいらっしゃるのかしら。
そもそも、今日の茶会はどういう集まりなのだろう。
やがて控え室の前で執事が足を止め、扉を開いた。
「エリナ様をお連れいたしました」
私は一礼して中へ入る。
途端に、室内の視線がこちらへ向いた。
そこには、すでに三人の令嬢がいた。
いずれも、私とそう変わらない年頃に見える。
一人は、ひときわ目を引く装いの令嬢だった。
深い瑠璃色のドレスには、流れるような銀糸の刺繍が施されている。首元には小粒の宝石を連ねた飾りが輝き、座っているだけで人目を引いた。
もう一人は、王都の流行を上手に取り入れた令嬢だった。
明るい色合いのドレスに、今季好まれている形の袖や細かな飾りを合わせ、よく似合っていた。
最後の一人は、姿勢よく座る令嬢だった。
身につけているのは、小粒の真珠を連ねた首飾りだけだ。ドレスの袖口や襟元には古典的な蔦模様があしらわれ、慎ましい品がある。
私は裾をつまみ、礼をした。
「はじめまして。リュークハルト家のエリナと申します」
わずかな間を置いて、三人もそれぞれに会釈を返した。
最初に口を開いたのは、瑠璃色のドレスをまとった令嬢だった。
「まあ。あなたがエリナ様?」
彼女は扇をひと揺らし、口元に笑みを浮かべた。
「セシリア・フォン・ヴァルトベルクと申しますわ」
続いて、流行の装いをした令嬢がにこやかに会釈した。
「エルネスタ・ハーゲンです。お会いできてうれしいですわ」
最後に、真珠を身につけた令嬢が柔らかな声で名乗った。
「マルティナ・アイゼンフェルトと申します」
「皆さま、はじめまして」
私がもう一度頭を下げると、セシリアは私を上から下までひと目眺め、扇の向こうで薄く笑った。
「お話は少し伺っておりますの」
「お話……でしょうか?」
「ええ。最近、少しお名前を聞くものですから」
彼女は目元だけで笑みを深めた。
「干し林檎のことや、領地でお仕事をされていることなど……いろいろと」
私はわずかに目を見開いたが、すぐに笑みを返した。
「そうでしたか。存じていただけて光栄です」
「ええ。ですから、もっと商家の娘のような方かと思っておりましたの」
……なぜだろう。
どことなく棘を感じるのは、気のせいだろうか。
私は困惑を隠して答えた。
「商いに関わることが多いので、そう思われても不思議ではありませんわ」
セシリアがさらに何か言いかけた、そのときだった。
「それだけいろいろなお話が出るのなら、むしろ気になりますわ」
軽やかな声でそう言ったのは、エルネスタだった。
「話題になるということは、それだけ結果を出していらっしゃるのでしょう。私は、そういうお話の方が面白いと思いますけれど」
「ええ。私も、少し伺ってみたいです」
マルティナも同意するように頷いた。
「領地の経営にまで関わっていらっしゃるのでしょう? なかなかできることではないと思います」
私は頭を下げた。
「ありがとうございます」
思わず、ほっとするような笑みがこぼれた。
そのとき、控え室の扉がゆっくりと開いた。
「お待たせいたしましたわね」
入ってきたのは、深みのある色合いの上質なドレスに、存在感のある宝飾を品よく合わせた女性だった。
その立ち居振る舞いを見た瞬間、ハーゼルベルク子爵夫人だと分かった。
私たちは一斉に立ち上がる。
「皆さま、本日はよくお越しくださいました」
夫人は順に私たちへ目を向け、それから親しみのある笑みを浮かべた。
「今日は少人数でお招きいたしましたの。どうぞ、気兼ねなくお過ごしくださいませ」
その言葉に、私は目を瞬かせた。
――招かれたのは、私たちだけなの?
胸の奥に、かすかな緊張が走る。
「では、こちらへ」
夫人に促され、私たちはその後に続いた。
案内されたのは、陽のよく入る小さな茶室だった。
壁紙と調度は白と淡い若草色でまとめられ、室内全体が明るく見える。
中央の丸卓には、金の細線を入れた白磁の茶器が並べられ、花器には早春の水仙と白い小花が活けられていた。
そして、その場にはルーカスの姿もあった。
私たちが入ってくると、ルーカスは席を立ち、柔らかな笑みを浮かべて一礼した。
子爵夫人が上座にあたる席へ腰を下ろすと、侍女たちがそれぞれの椅子を引いた。
「どうぞ、皆さまも」
促され、私たちは互いに会釈を交わしながら席へ向かう。
私はどこへ座るべきか一瞬迷ったが、すぐに侍女が音もなく一脚の椅子を示した。
席は、最初から決められているのね。
そう気づいた瞬間、セシリアが侍女に示されるのを待たず、ルーカスに近い席へ歩み寄った。
私は思わず、その背中を目で追ってしまう。
すると、エルネスタがわずかに目を細め、マルティナもまた、一瞬だけ視線を伏せる。
私は何でもない顔を装い、侍女に示された席へ腰を下ろした。
そのとき、子爵夫人が卓を囲む私たちへひととおり視線を巡らせた。
「本日は堅苦しい趣向はございませんの。まずはお茶をいただきながら、ゆっくりお話しいたしましょう」
子爵夫人が皆へ笑みを向けると、ルーカスもそれに合わせて会釈した。




