表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/100

第8話

茶会の当日、私はいつもより少し早く支度を終えた。


選んだのは、以前仕立てたドレスだった。


鏡の前で裾の皺を直し、全体を確かめてから、ふっと息をつく。


「……仕立てておいて、よかった」


鏡から視線を外し、傍らの卓へ目を向けた。


用意した手土産は、干し林檎と木の実の蜂蜜漬けだ。


三つの小瓶を箱に並べ、丁寧に包んである。


この前、アーネストに試食してもらったあと、もう少し香りに変化をつけられないかと考え、配合をわずかに変えてみた。


木の実は香ばしさが立つように軽く煎り、蜂蜜の量を少し控えた。さらに、香りづけとして肉桂をほんのひとつまみだけ加えてある。


「……これで大丈夫よね」


そう呟いてから、私は指先で包みの端を撫でた。


――これが終われば、また報告に行かないと……。


そう思っただけで、胸の奥がそわつく。


私はその気持ちを振り切るように包みを抱え、馬車へ乗り込んだ。



ハーゼルベルク家の屋敷へ着くと、玄関先にはすでに何台かの馬車が止まっていた。


姿勢を正し、私は馬車を降りる。


玄関へ進むと、出迎えた執事が丁寧に一礼した。


「ようこそお越しくださいました。エリナ様でいらっしゃいますね」


「はい。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


私は手土産の包みを差し出した。


「ささやかですが、ハーゼルベルク子爵夫人へ」


「確かにお預かりいたします。皆さま、控え室でお待ちでございます」


執事の案内に従って廊下を進みながら、私は胸の内で考える。


――ほかには、どんな方がいらっしゃるのかしら。


そもそも、今日の茶会はどういう集まりなのだろう。


やがて控え室の前で執事が足を止め、扉を開いた。


「エリナ様をお連れいたしました」


私は一礼して中へ入る。


途端に、室内の視線がこちらへ向いた。


そこには、すでに三人の令嬢がいた。


いずれも、私とそう変わらない年頃に見える。


一人は、ひときわ目を引く装いの令嬢だった。


深い瑠璃色のドレスには、流れるような銀糸の刺繍が施されている。首元には小粒の宝石を連ねた飾りが輝き、座っているだけで人目を引いた。


もう一人は、王都の流行を上手に取り入れた令嬢だった。


明るい色合いのドレスに、今季好まれている形の袖や細かな飾りを合わせ、よく似合っていた。


最後の一人は、姿勢よく座る令嬢だった。


身につけているのは、小粒の真珠を連ねた首飾りだけだ。ドレスの袖口や襟元には古典的な蔦模様があしらわれ、慎ましい品がある。


私は裾をつまみ、礼をした。


「はじめまして。リュークハルト家のエリナと申します」


わずかな間を置いて、三人もそれぞれに会釈を返した。


最初に口を開いたのは、瑠璃色のドレスをまとった令嬢だった。


「まあ。あなたがエリナ様?」


彼女は扇をひと揺らし、口元に笑みを浮かべた。


「セシリア・フォン・ヴァルトベルクと申しますわ」


続いて、流行の装いをした令嬢がにこやかに会釈した。


「エルネスタ・ハーゲンです。お会いできてうれしいですわ」


最後に、真珠を身につけた令嬢が柔らかな声で名乗った。


「マルティナ・アイゼンフェルトと申します」


「皆さま、はじめまして」


私がもう一度頭を下げると、セシリアは私を上から下までひと目眺め、扇の向こうで薄く笑った。


「お話は少し伺っておりますの」


「お話……でしょうか?」


「ええ。最近、少しお名前を聞くものですから」


彼女は目元だけで笑みを深めた。


「干し林檎のことや、領地でお仕事をされていることなど……いろいろと」


私はわずかに目を見開いたが、すぐに笑みを返した。


「そうでしたか。存じていただけて光栄です」


「ええ。ですから、もっと商家の娘のような方かと思っておりましたの」


……なぜだろう。

どことなく棘を感じるのは、気のせいだろうか。


私は困惑を隠して答えた。


「商いに関わることが多いので、そう思われても不思議ではありませんわ」


セシリアがさらに何か言いかけた、そのときだった。


「それだけいろいろなお話が出るのなら、むしろ気になりますわ」


軽やかな声でそう言ったのは、エルネスタだった。


「話題になるということは、それだけ結果を出していらっしゃるのでしょう。私は、そういうお話の方が面白いと思いますけれど」


「ええ。私も、少し伺ってみたいです」


マルティナも同意するように頷いた。


「領地の経営にまで関わっていらっしゃるのでしょう? なかなかできることではないと思います」


私は頭を下げた。


「ありがとうございます」


思わず、ほっとするような笑みがこぼれた。


そのとき、控え室の扉がゆっくりと開いた。


「お待たせいたしましたわね」


入ってきたのは、深みのある色合いの上質なドレスに、存在感のある宝飾を品よく合わせた女性だった。


その立ち居振る舞いを見た瞬間、ハーゼルベルク子爵夫人だと分かった。


私たちは一斉に立ち上がる。


「皆さま、本日はよくお越しくださいました」


夫人は順に私たちへ目を向け、それから親しみのある笑みを浮かべた。


「今日は少人数でお招きいたしましたの。どうぞ、気兼ねなくお過ごしくださいませ」


その言葉に、私は目を瞬かせた。


――招かれたのは、私たちだけなの?


胸の奥に、かすかな緊張が走る。


「では、こちらへ」


夫人に促され、私たちはその後に続いた。


案内されたのは、陽のよく入る小さな茶室だった。


壁紙と調度は白と淡い若草色でまとめられ、室内全体が明るく見える。


中央の丸卓には、金の細線を入れた白磁の茶器が並べられ、花器には早春の水仙と白い小花が活けられていた。


そして、その場にはルーカスの姿もあった。


私たちが入ってくると、ルーカスは席を立ち、柔らかな笑みを浮かべて一礼した。


子爵夫人が上座にあたる席へ腰を下ろすと、侍女たちがそれぞれの椅子を引いた。


「どうぞ、皆さまも」


促され、私たちは互いに会釈を交わしながら席へ向かう。


私はどこへ座るべきか一瞬迷ったが、すぐに侍女が音もなく一脚の椅子を示した。


席は、最初から決められているのね。


そう気づいた瞬間、セシリアが侍女に示されるのを待たず、ルーカスに近い席へ歩み寄った。


私は思わず、その背中を目で追ってしまう。


すると、エルネスタがわずかに目を細め、マルティナもまた、一瞬だけ視線を伏せる。


私は何でもない顔を装い、侍女に示された席へ腰を下ろした。


そのとき、子爵夫人が卓を囲む私たちへひととおり視線を巡らせた。


「本日は堅苦しい趣向はございませんの。まずはお茶をいただきながら、ゆっくりお話しいたしましょう」


子爵夫人が皆へ笑みを向けると、ルーカスもそれに合わせて会釈した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 んぬぬ、セシリアさんが若さの空回りや席などに関する悪目立ちが過ぎるのやら、言葉でのフォローやだんまりを通してエルネスタさん・マルティナさんが大人な言動を見せてるから、そう見えてしまってるだけなのやら…
誰が何を思っているのか、明確に書かれていないのに、登場人物のちょっとした仕草や微妙なニュアンスの言葉などから、胸の内が想像できて、その場にいるような空気を感じました。 誰が何を考えているのか、その人の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ