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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十二章

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第7話

応接間へ通され、勧められた椅子に腰を下ろしたまま、私は膝の上で指先をそっと重ねた。


膝の上には、手土産の包みがある。


やがて扉が開き、低い声が落ちた。


「待たせたな」


顔を上げると、アーネストが入ってくるところだった。


アーネストはそのまま向かいの椅子へ腰を下ろす。


「いえ……こちらこそ、お時間をいただいて、ありがとうございます」


そう言ってから、私は膝の上の包みへそっと手を伸ばした。


「ささやかですが……」


包みを差し出すと、アーネストは一瞬だけそれを見て受け取った。


「今度は何だ」


「干し林檎と木の実の蜂蜜漬けです」


「蜂蜜漬け?」


アーネストは包みの紐をほどき、中から小さな瓶を取り出した。


透き通った蜂蜜の中に、細かく刻まれた干し林檎と木の実が沈んでいる。


瓶口には淡い色の布がかけられ、細い紐で結ばれていた。


アーネストはそれを手の中で一度だけ傾け、しばらく眺める。


「はい。どちらも、そのままでは売りにくい物なのですが……刻んで合わせれば、別の形にできるかと思って」


「……またそうやって、売りにくい物を品にしたのか」


私は思わず指先を縮めた。


「料理人とも相談しましたので……味は問題ないと……」


言いながら、自分でも少し情けなくなる。


「そうではない」


「え……」


アーネストはそこでようやく顔を上げた。


その視線とぶつかった瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。


「母上から聞いた。干し林檎のジャムの受けは悪くなかったそうだ」


「そうでしたか……」


「だが、最初に目を引いたのは、この飾りだったそうだ」


そう言って、アーネストの視線が、蜂蜜漬けの瓶口にかけた布と細い紐へ落ちる。


私は目を瞬かせ、それから少しだけ苦笑した。


「飾りにあまり予算をかけられなかっただけです」


「だから余計にだ」


間を置かずに返ってきた声に、私は口をつぐんだ。


アーネストは変わらない顔のまま続ける。


「味が良ければ、それだけで通る品もある。だが、贈るための品はそれでは足りない」


視線を外さないまま、さらに言う。


「最初に目を引かせて、それで中身で納得させる。あの形は、そこまで考えないと出てこない」


私は膝の上で指先を重ね直した。


「ありがとうございます……」


アーネストは瓶を手元へ置き、そのまま言った。


「……それで。ハーゼルベルク家の茶会へは行くのか」


「え……あ、はい……お招きをいただきましたので」


「そうか」


先ほどより、わずかに低い声に聞こえた。


私はそれ以上何を言えばいいのか分からず、膝の上へ視線を落とした。


アーネストはしばらく黙っていたが、やがて続けた。


「……行くなとは言わん。ただ、相手が条件を見ないと言ったからといって、お前まで自分を安く置くな」


「……そんなふうに見えましたか?」


「ああ。お前は、そこを勘違いしている」


アーネストの声は淡々としているが、その視線は少しも揺れなかった。


「条件の話を先に出すのは、お前らしい。後で知られて不快にさせるよりはましだと思ったんだろう」


「……はい。後から困らせてしまうより、その方が相手に対して失礼がないと思って……」


「その考えは悪くない。だが、それで相手が引かなかったことだけをありがたがるな」


低い声が落ちる。


「見られるべきは、そこではない」


私は返す言葉を失った。


アーネストはそこで一度だけ視線を落とし、すぐにまた私を見る。


「……少なくとも、私はそう思う」


胸の奥が、どくりと大きく鳴る。


「……用件は以上だ」


そう言いながら、アーネストは瓶へ手を伸ばした。


指先が布に触れたまま、なぜかそこで動きが止まる。


重たい沈黙が落ちたあと、彼は付け足した。


「茶会が終わったら、どうだったか聞く」


アーネストは視線を合わせないまま続ける。


「報せくらいは寄越せ」


「……はい」


私はなおも胸のざわつきを抱えたまま立ち上がった。


「では、失礼いたします」


そう言って一礼しかけた、そのときだった。


「待て」


思わず顔を上げる。


アーネストはすでに呼び鈴へ手を伸ばしており、乾いた音が応接間に小さく響いた。


「試食する。付き合え」


「今ですか……?」


「お前が持ってきたんだろう」


私は返す言葉に詰まった。


ほどなくして入ってきた侍女に、アーネストは瓶を差し出す。


「茶の支度を。これも開けろ」


「かしこまりました」


侍女が下がる。


私はスカートを整え、もう一度椅子へ腰を下ろした。


やがて茶と小皿が運ばれ、侍女が瓶を開けて中身を少しずつ取り分けていく。


透き通った蜂蜜に、刻んだ干し林檎と木の実が沈んでいた。


灯りを受けて、小さな欠片がやわらかく艶を返す。


アーネストは小皿へ視線を落としたまま言う。


「これは、何に合わせるつもりだ」


「そのままでも召し上がれますし、パンにのせてもよいかと……」


「なるほど」


アーネストは短く答え、匙の先でひと口分をすくう。


そのまま口に運び、しばらく黙っていた。


「……悪くない」


その一言に、胸の奥がわずかにゆるむ。


「干し林檎だけより重くないな」


「木の実が入ったからでしょうか」


「蜂蜜も多すぎない」


「その比率は、少し悩みました」


「そうか」


短いやりとりなのに、なぜか落ち着かない。


けれど、その落ち着かなさまで、どこか心地よかった。


アーネストはもう一度だけ小皿へ目を落とす。


「茶には合う」


「……よかったです」


そのあとまた沈黙が落ちたが、今度はもう苦しくはなかった。

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― 新着の感想 ―
ちょっとアーネストが焦るような展開を期待してしまいますね。 意地悪過ぎるかもしれませんけどw
 エリナさんの用意した飾りについても、蜂蜜漬けについても自分なりに賞賛するアーネストさん。  茶会も気になるようですが、踏み込みすぎないように抑える様で……もしかしたら、彼女への私的な意識との折り合い…
うっわ〜気になりまくってるやんw アーネストさん、実は内心焦ってたりするのかな? エリナ嬢は結構引く手数多だと思うのよ。 誰か他の人に先手を打たれたら、とか心配になるのは読者だけですか?
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