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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
一章

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8/9

第8話 

部屋にこもって作業することが多いせいか、

私は独り言が増えていた。


「……ほ、ほほ……」


引きつった笑みが、勝手に顔に張りつく。


「はは、堅実なお考えですな」

「若い方らしい着眼点だ」

「理想としては、ですな」


男たちが、揃って軽く笑った。


その空気の中で――


「……つまり?」


伯爵が杯を置いたまま、穏やかにこちらを見る。


「え……あ……」


言葉が、すぐに出てこない。


「……その……

 使えなくなってから直すと、

 その年の備蓄ごと失ってしまうので……

 少しずつ、積み立てておけば……と……」


「なるほど」


伯爵はそれだけ言って、

すぐに視線を男たちの方へ戻した。


胸の奥が、じわりと重くなる。


私はグラスを持ち直し、

気配を消すように、そっと壁際へ下がった。


グラスを見つめ、液体を静かに揺らしていると――


「――さっきの話ですが」


声がして、思わず顔を上げる。


先ほどまで倉庫の話の輪にいた男の一人が、

いつの間にか、すぐ近くに立っていた。


背が高いせいで、まず顔よりも服が目に入る。

いい生地だ――仕立ての良さが、一目で分かった。


「積み立て、でしたかな」


「……はい」


「そうすれば、突然の出費に備えられると……」


私が答えると、

男は軽く肩を揺らして笑った。


「ははは。

 令嬢にしては、

 まあ、悪くない発想ですな」


――な、何よ……その言い方。


胸の奥で、何かが、かちりと鳴った。


「それだけでは、ありません」


気づけば、口が先に動いていた。


「積み立てと並行して、

 商人倉庫との長期契約で一部を外に逃がす方法や、

 段階的な建て替えも考えられます。

 一度に建て直す必要は――」


「ふうん」


男は、適当に相槌を打つ。


「理屈は立派ですがな」


そう言って、

それ以上何も言わずに踵を返した。


「……なに、それ」


思わず、小さく呟いていた。


私はぎゅっとグラスを握りしめ、

壁際で、小さく息を吐く。


そのとき。


「――熱心に話されていましたな」


不意に、低く落ち着いた声がした。


はっとして顔を上げると、

伯爵が、数歩離れた位置に立っていた。


「聞いていましたよ。今の話」


「あ……」


「修繕を繰り返すより、

 先を見越した積み立て。

 倉庫契約や、段階的な建て替えも含めて――

 理にかなっています」


思わず、胸の奥が少しだけ温かくなる。


けれど――


「ですが……夜会で言うべき話ではありませんでしたね」


「あ……」


「夜会では、正しさよりも、

 “扱いやすさ”が優先される事が多い」


私は、俯いたまま小さく頷く。


「あなたの話は、

 この場では少し重かった。

 それだけです」


私は、ぎゅっとグラスを握りしめた。


「……すみません……」


声が、小さくなる。


伯爵は、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「しょぼんとする必要はありませんよ」


顔を上げると、視線が合う。


「言う場所を間違えただけです。

 考えが間違っているわけではない」


「……ありがとうございます」


そう答えると、

伯爵は軽く頷いた。


「また、話す機会はあります。

 そのときは――

 きちんと、腰を据えて聞きましょう」


その言葉を残して、

伯爵は静かにその場を離れる。


私は一人、回廊に残された。





屋敷に戻ると、玄関の灯りがまだ点いていた。


「……やっと帰ってこられた……」


廊下を進む。

そのまま部屋に直行するつもりだったのに――


「お、帰ったのか」


声に呼び止められた。


居間では、兄が一人、ソファに腰掛けていた。

書簡を片手に、くつろいだ様子だ。


「おかえりー」


「……ただいま」


兄の視線が、私の服に止まった。


「ん?

 ……どうしたんだ、その服。

 姉さんのじゃ、ないよな」


「……夜会で、汚してしまって。

 伯爵夫人に、お借りしたの」


「あー、なるほどな」


兄は納得したように軽く頷く。


「よかったじゃないか。

 それなら、浮かなかっただろ」


笑いながら、続ける。


「お前に、合ってなかったもんなー。

 姉さんのドレス」


「……え?」


思わず、聞き返していた。


「だって、可哀想だろ?」


兄は肩をすくめる。


「夜会に行く前に言うのはさ。

 余計に気にすると思って」


「……だからといって」


言いかけた言葉は、途中で止まった。

兄は、もう興味を失ったように書簡へ視線を戻す。


「まあ、結果オーライだろ」


それ以上、兄は何も言わなかった。

第一章、ここで終わりです。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


※本作の番外編として、短編を公開しています。

本編とは登場人物と視点が異なりますが、同じ世界観を背景にした話です。

「選ばれなかった母娘」

https://ncode.syosetu.com/n0288lt/

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― 新着の感想 ―
なんというか、伯爵これからいい人テイストになるのかもしれんが、マジで嫌な奴やなーっと・・・
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