第6話
王都の仕立て屋から届いた包みを開けると、色とりどりの端切れがこぼれた。
「わあ……綺麗」
小花柄、淡い無地、細かな織り模様。
小さな布ばかりなのに、見ているだけで心が浮き立った。
「レースまで……」
包みの隅には、細いレースや短いリボンも入っていた。
どれも半端ものなのだろうが、瓶に使うには十分に見える。
近くで覗き込んでいた領民が、感心したように頷いた。
「端切れでも、この大きさなら十分ですな」
「つなぎ合わせても、可愛いかもしれないわね」
「ええ。色を合わせれば、見栄えもしそうです」
私は針と糸を取り、布を一枚手に取った。
母に教わった縫い方を思い出しながら、端を細かく留めていく。
小さな布でも、こうして形を整えるだけで、ずいぶん印象が変わる。
布を丸く切り、瓶の口にそっとかぶせる。
その上から紐できゅっと結んだ。
「……どう?」
領民が瓶を持ち上げる。
「あら、かわいい」
「これなら、瓶は今あるものをそのままでいいわよね」
私はもう一度布切れを眺めた。
「レースと布を合わせて、リボンみたいにしてもいいかも」
「可愛いですが、それをどうするんですか?」
「包み紙につけるの」
「ああ、それなら華やかになりますな」
私は試しに、ひとつ包んでみることにした。
瓶を少し厚手の紙で包み、紐を縛る。
結び目に端切れとレースを合わせた飾りを留め、最後に包みの合わせ目へ小さく印を押した。
「……どうかしら」
領民が受け取って眺める。
「十分ですな。贈り物らしく見えます」
私は小さく頷いた。
頭の中で、ざっと勘定する。
最初からすべてを贈答用として整えれば、瓶ひとつで銀貨一分や二分では済まない。
けれど、この端切れの装飾なら、その半分以下で抑えられる。
「――これでいきましょう」
私が顔を上げると、領民たちも頷き、すぐに作業が始まった。
布を丸く切る者。
レースを長さごとに分ける者。
端切れを細く折って、簡単な飾りの形に留めていく者。
私も針と糸を取り、手元の布を整えた。
「瓶にかける布の縁に、レースをつけてもよいのでは?」
「いいわね。贈答用は、この形で揃えましょう」
「干し林檎の包みも、少し手を入れますか?」
「そうね……」
籠に分けていた干し林檎にも、細い紐と端切れを合わせて留めてみる。
「こうすれば、干し林檎も様になるわね」
「十分ですな」
今思い返せば、グラーフ伯爵夫人の茶会で配っていただいた干し林檎も、包みが華やかだった。
私自身が手土産として渡した時も贈答向けの包みにはしていたけれど、やはり少し地味だったのだろう。
――今度からは、こちらの形で渡そう。
そうして出来上がったものから、ジャムを順につつんでいった。
一通り形になったところで、私は机に向かった。
――グラーフ伯爵夫人へ。
試作の贈答用包装が整ったことを簡潔に書き上げ、封をする。
侍女に手紙を託しながら、私は小さく息を吐いた。
「そろそろ私も準備しないと……」
侍女は静かに一礼し、そのまま部屋を出ていく。
今夜向かうのは、ヴァルクレイン伯爵家。
初めて足を踏み入れた夜会の場だ。
姉は行かないと言っていた。
だから代わりにと、私が名乗り出たのだ。
入れ替わるように、別の侍女が部屋へ入ってくる。
「お支度を」
用意されたのは、アーネストから初めて贈られた一着だった。
私は指先でそっと布を撫でる。
侍女が背後に回り、静かに紐を整えていく。
鏡の中の私は、以前とは違って見えた。
あのときは、似合わないドレスに身を包み、緊張ばかりが胸を占めていた。
けれど今は違う。
緊張の中に、確かな高揚が静かに混ざっている。
私は鏡の中の自分を見つめ、息を整えた。
◆
馬車がゆるやかに速度を落とし、やがてヴァルクレイン伯爵家の正面玄関前で止まった。
扉が開かれ、私は慎重に馬車を降りた。
冬の夜気はきりりと冷たかったが、伯爵家の屋敷は灯りに満ち、正面階段も玄関先も明るく照らされている。
石段の先では、侍従たちが静かに客を迎えていた。
玄関へ進むと、控えていた侍女が一礼した。
「お待ちしておりました、エリナ様」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
私は小さく礼を返し、包みを少し持ち上げる。
「こちら、今夜の贈り物としてお持ちしました」
「確かにお預かりいたします」
侍女は包みを受け取り、私は案内されるまま玄関ホールへ足を踏み入れた。
階段脇には、客を迎えるヴァルクレイン伯爵夫妻の姿があった。
私はすぐにそちらへ向かい、裾をつまんで深く礼をする。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
ヴァルクレイン伯爵は穏やかに目を細めた。
「よく来てくれた」
伯爵夫人も静かに微笑む。
「ごきげんよう、エリナ嬢」
「ごきげんよう、ヴァルクレイン伯爵夫人」
伯爵夫人の視線が、私の装いをゆっくりとなぞった。
その一瞬に、思わず息を詰める。
けれど夫人はすぐに柔らかく微笑んだ。
「とてもよく似合っているわ」
張っていた肩から、少しだけ力が抜けた。
「ありがとうございます」
伯爵夫人は侍女が預かった包みに目を向けた途端、わずかに目を見開いた。
「まあ……今夜の贈り物かしら」
「……領地で作った干し林檎です」
そう答えると、伯爵夫人は包みを見つめたまま、ゆっくりと言った。
「以前いただいた干し無花果も、とても美味しかったもの。干し林檎も作られているのね」
それから、結び目の布片へ視線を落とす。
「……珍しい包み方だこと」
その反応に、胸がひやりとする。
――え。だめだったのかしら。
「あの……」
「ああ、違うのよ。初めて目にしたものだから、少し驚いただけ」
そのまま包みをもう一度眺め、柔らかく微笑む。
「素敵だわ。きちんとしているのに、堅すぎないでしょう? とても感じがいいわ」
張っていた息が、ようやくほどける。
「ありがとうございます」
伯爵夫人は小さく首を傾げた。
「あなたが考えたの?」
「はい……領民と相談しながら」
「まあ。そういう工夫、私は好きよ。干し林檎も、あとで拝見するのが楽しみだわ」
「そう言っていただけて、嬉しいです」
伯爵がふっと笑う。
「前とは違う顔をしているな」
思わず顔を上げると、伯爵は穏やかなまま続けた。
「今夜は、少し余裕がありそうだ」
私は一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく微笑んだ。
「あのときよりは……少しだけ」
「少しどころではないわ」
伯爵夫人はほんの少し顎を引く。
「ちゃんと、自分の足で立っているもの」
「……光栄です」
「ふふ。さあ、今夜も楽しんでいらっしゃい」
「はい」
私はもう一度丁寧に礼をし、会場の灯りの方へと足を向けた。




