第1話
グラーフ伯爵家の屋敷へ向かう馬車の中は、妙に静かだった。
向かいに座る姉は、いつもより口数が少ない。
私は膝の上で手を重ねた。
仕立てたばかりのドレスの感触が、まだ少し落ち着かない。
窓の外に、石造りの門が見えてくる。
グラーフ伯爵家の紋章を掲げた大きな門扉がゆっくりと開き、馬車は敷地の中へ入っていった。
「そんなに強張らないの」
姉がようやく口を開いた。
「強張って見えますか?」
「見えるわ。背筋が棒みたい」
「……そうですか」
伯爵夫人のご厚意で開いてもらった茶会だ。
失敗はできない。
「今日は伯爵夫人の茶会よ」
姉はちらりと私を見る。
「あなたは、聞かれたことに答えればいいの」
「はい……わかりました」
「それでいいの」
馬車はゆっくりと止まり、御者の声が聞こえた。
「グラーフ伯爵家に到着いたしました」
◆
侍女に案内され、私たちは屋敷の奥へ通された。
長い廊下を抜け、開かれた扉の先は控室だった。
茶会の前に客を待たせるための小さなサロンらしい。
大きな窓から庭園が見え、壁には淡い花葉模様の織物壁掛けが掛けられている。
いくつかのソファと丸テーブルが置かれ、すでに数人の夫人が静かに談笑していた。
私は持参した手土産の包みを二つ、案内してくれた侍女へそっと預ける。
「恐れ入りますが、グラーフ伯爵夫人へお渡しいただけますか」
「かしこまりました」
侍女が包みを受け取って下がると、姉が小さく眉を寄せた。
「……二つ?」
「はい」
「なにを持ってきたの」
「紅茶と、干し林檎とチーズを和えたものです」
姉が一瞬だけ目を丸くした。
「……変わった取り合わせね」
「甘いものだけではない方がいいかと思って」
そう答えながら、胸の奥が少しだけ落ち着かない。
伯爵夫人へ、とは言ったけれど。
あの人も……受け取ってくれるだろうか。
そう思った時だった。
「まあ」
聞き覚えのある声がした。
思わずそちらへ視線を向ける。
窓際のソファに座っていたのは、ヴィオラだった。
藤色のドレスを優雅に整え、その隣には年配の夫人が座っている。
姉が一歩進み、礼をした。
「ごきげんよう、ヴィオラ様」
ヴィオラはゆっくりと立ち上がった。
「リディア様。ごきげんよう」
それから、私を見る。
ほんの一瞬だけ目を細めた。
「……まあ。エリナ様もいらしていたのですね」
私は慌てて礼をする。
「ごきげんよう」
「グラーフ伯爵夫人の茶会にいらっしゃるとは、少し驚きましたわ」
「……伯爵夫人が、お声をかけてくださいましたので……」
「伯爵夫人が?」
ヴィオラの視線が私をなぞる。
「それは少し意外ですわ。今日は、どのようなご縁でいらしたの?」
その瞬間、姉がすっと一歩前へ出た。
「奥様が、妹の領地の干し林檎をお気に召してくださって」
私は思わず姉を見る。
姉は穏やかな笑みのまま続けた。
「今日はそのご縁で、お招きいただきましたの」
姉がそう言うと、隣に座っていた年配の夫人が、ゆっくりと私を見た。
「まあ。ヴィオラ、この方は?」
ヴィオラは小さく肩をすくめる。
「実務者会でお見かけした方ですわ」
それから、少しだけ口元を緩めた。
「領地の干し林檎を扱っていらっしゃるの」
クラウゼン夫人は少し驚いたように目を瞬かせた。
「そうなの」
視線がもう一度、私に向く。
「最近はいろいろなことをなさる令嬢がいらっしゃるのね」
姉は柔らかく微笑んだ。
「まだ小さな試みですけれど」
それから、私を軽く振り返る。
「妹が領地で工夫しているだけなのです」
私は頭を下げた。
「まだ小さな試みですが、領地で作っているものです」
夫人はにこやかに微笑んだ。
「それは興味深いわ」
ヴィオラも穏やかに笑った。
「令嬢でいらして、ずいぶん働き者なのね」
どういう意味なのだろう……。
けれど考える前に、控室の扉が静かに開いた。
「皆様、お待たせいたしました」
明るい声が響く。
振り向くと、グラーフ伯爵夫人が立っていた。
淡い水色のドレスの裾を揺らしながら、ゆっくりと部屋へ入ってくる。
「いらしてくださって嬉しいわ」
それから、私を見つけると目を細めた。
「あら、エリナ様」
「ごきげんよう、奥様」
「お会いできて嬉しいわ」
そして控室を見回す。
「それでは、そろそろお茶の部屋へ参りましょうか」
控室を出ると、侍女たちが静かに先導した。
私たちは廊下を進み、やがて大きな扉の前で足を止める。
扉が開かれると、柔らかな光が広がった。
そこは茶会のための広間だった。
窓辺には白椿と常緑の枝が静かに活けられ、中央には白いクロスをかけた丸テーブルがいくつも置かれている。
その上にはすでに茶器が整えられ、銀のポットが静かに光っていた。
伯爵夫人が軽く手を広げる。
「どうぞ、皆様」
夫人たちはそれぞれ穏やかに席へ向かう。
私は姉の後ろについて歩きながら、どこに座ればよいのか分からず足を止めかけた。
すると伯爵夫人が席を見回し、ふっと笑った。
「あら、エリナ様。こちらへいらっしゃいな」
私は思わず目を瞬かせた。
伯爵夫人は自分の隣の席を軽く示す。
「ここへどうぞ」
「よ、よろしいのですか……?」
「もちろんよ」
伯爵夫人は楽しそうに微笑んだ。
「今日は少し、お話も伺いたいのですもの」
私は慌てて頭を下げる。
「ありがとうございます」
椅子に腰掛けながら、そっと周囲を見る。
向かいの席にヴィオラが座っていた。
その隣には、先ほどのクラウゼン夫人がいる。
ヴィオラは静かに微笑んでいる。
けれど、その目は私をまっすぐ見ていた。
伯爵夫人が穏やかに言う。
「それでは、始めましょう」
侍女がすっと前へ出る。
銀のポットが持ち上げられ、
香り高い紅茶が一人ずつカップへ注がれていった。




