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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@集英社WEB小説大賞金賞
七章

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第8話

グラーフ伯爵夫人が帰られた後、


「お姉様……」


少し迷ってから、私はそっと聞いた。


「茶会……本当にいらっしゃるんですか?」


姉は振り返り、肩をすくめた。


「せっかくのお誘いでしょう?」


「でも、それは干し林檎の紹介のためで……」


「だからよ」


姉はさらりと言った。


「妹が妙な失敗をしないか、きちんと見ておかないと」


そう言いながら、口元だけわずかに笑う。


「それに、伯爵夫人のお茶会なんて、そうそう呼ばれるものでもないもの」


ついでのような言い方だったけれど、姉らしいとも思った。


「……そうですか」


「安心なさい。足を引っ張るつもりはないわ」


それだけ言って、姉はもう廊下を歩き出していた。



◆



荷の確認がひと段落して、私はようやく肩の力を抜いた。


「本日もありがとうございます。いつも助かっています」


「いえ、こちらも仕事ですから」


そう言いながらも、カイルはいつものように気安い顔で笑った。

つられて、私の頬も少し緩む。


「少し休んでいかれませんか? お茶くらいなら、すぐにご用意できます」


「お、いいんですか」


「はい。ちょうど試したいものもありますし」


そうして私は、カイルを作業場の隅に置いた簡素な机へ案内した。

茶と一緒に、小皿に盛った料理を出すと、カイルが眉を上げる。


「これも例の林檎ですか?」


「ええ。干し林檎を使った煮込みです。少し刻んで入れてみたんです」


カイルは皿を覗き込み、それから一口食べた。

二、三度噛んだあと、素直に頷く。


「うまいですね。ほんのり甘いけど、くどくない」


「ありがとうございます。煮込みに入れると、酸味と甘みがちょうどよく出るので、食べやすくなるんです」


感心したように、カイルはもう一口運ぶ。


「思っていたより、いろいろ使い道があるんですね」


「そうなんです。それで……今度のお茶会で、干し林檎を紹介してみようと思っていて」


「茶会で、ですか?」


「ええ。お菓子に混ぜたものだけじゃなくて、こういう使い方もありますって、お話しできたらなと」


カイルはお茶を口にしながら、なるほど、と小さく呟いた。


「貴族の奥方方の間で広まれば、噂になるのは早そうですね」


「うまくいけば、ですけど」


私は苦笑する。


「評判が良ければ、乾燥小屋も増やしたいんです」


「ほう」


「ただ、人手を増やさないと回りませんし、急いで広げると品質管理がおろそかになるのも怖くて……そこが悩みどころで」


売れれば嬉しい。

けれど、雑に広げて信用を失うのは違う。

その線引きが難しいのだ。


そう思いながら茶器に目を落としていると、カイルが少しだけ口の端を上げた。


「……やっぱり、そこまで考えていらっしゃるんですね」


「え? 普通ではありませんか?」


「いえ、そこです」


カイルは肩をすくめる。


「売れそうだから増やす、で突っ走る人はいくらでもいます。でも、先に人と質の心配が出るなら、そう簡単には潰れません」


思いがけない言葉に、私は目を瞬いた。


「それ、褒めてくださってます?」


「褒めていますよ」


あっさり言って、カイルは空になりかけた皿を見た。


「茶会がうまくいったら、また忙しくなりそうですね」


「ですね」


「でしたら、その時はまた林檎を集める算段も考えておきましょうか」


その言い方があまりにも自然で、私は思わず笑ってしまった。


「まだ成功すると決まったわけではありませんよ」


「でも、成功させるおつもりなのでしょう?」


そう返されて、私は小さく息を呑む。

けれど、そっと頷いた。


「……一応は」


「なら、それで十分です」


短いやり取りなのに、不思議と背中を押された気がした。


「それにしても……」


「どうかしましたか?」


「茶会に着ていくドレスが高くて……」


「……干し林檎を売る前に、ドレス代で赤字になりそうですね」


「もう……笑い事じゃないんですよ……」


思わず頬を膨らませると、カイルが肩をすくめる。


「でも……初めて、自分のために仕立てたドレスなんですよね」


「……でしたら、元は取らないといけませんね」


「はい……」


頷きながらも、金額を思い出すと落ち着かない。


そういえば、茶会だからグラーフ伯爵は来ない。

でも、ご挨拶できる機会くらいはあるよね。


そのことを考えた途端、胸の奥がそわそわした。


カイルがふと眉を寄せた。


「……どうしました?」


「え?」


「さっきから、お顔が忙しいですよ」


「!……な、なんでもないです……」


「そうですか?」


カイルは少しだけ首を傾げたが、すぐに肩をすくめた。


「まあ、お仕事のことで頭がいっぱいなのでしょう」


「……あの」


「はい?」


「男性って、手土産だと何が嬉しいものなんでしょう?」


カイルは少し眉を上げた。


「急ですね」


「その……茶会で少しご挨拶する方がいて」


カイルは少し考えて、それから肩をすくめた。


「食べ物ではないですか」


「食べ物……ざっくりですね」


「男なんて、だいたいそんなものです」


カイルは肩をすくめる。


「お腹が空いている時にもらうものは、大体うれしいですよ」


「……ご助言ありがとうございます」


私は小さく息を吐いた。



◆



茶会当日。


侍女に手伝われながら、私は仕立てたばかりのドレスに袖を通した。


「お嬢様、こちらを」


背中の紐を整えられ、最後に鏡の前へ立たされる。


鏡に映った自分を見て、思わず口元が緩んだ。


淡い若草色のドレスは、やわらかな光沢を帯びた生地で仕立てられていて、胸元と袖口には白い糸で小さな花の刺繍が施されていた。


――これが、私のドレス。


初めて、自分のために仕立てた服だった。


胸の奥が、少しだけくすぐったい。


足元には、姉が貸してくれた淡いクリーム色の靴を合わせている。

私には少しだけ上等すぎる気がしたけれど、侍女が丁寧に紐を整えてくれたおかげで、どうにか様になっていた。


「……よく似合ってるわ」


声を掛けてきたのは姉だった。


姉は深い青灰色のドレスをまとっていた。

光沢を抑えた上質な生地で、胸元には控えめに銀糸の刺繍が入り、腰の切り替えから裾へ落ちる線がすっきりと美しい。

洗練という言葉が似合う装いで、いつもの姉よりも少し落ち着いて見えた。


けれど、その目はしっかり前を見ていた。


――気合いは入ってる。


姉らしいな、と思う。


屋敷の玄関へ出ると、兄が腕を組んで待っていた。


私たちを一瞥して、ため息をつく。


「いいか」


低い声で言った。


「家の恥を晒す真似だけはするなよ」


「分かってるわよ」


姉が先に返す。


私は小さく頷いた。


馬車の扉が開かれ、

姉と並んで乗り込み、私はそっと息を吸った。


――いよいよ、茶会だ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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次回04/01 20時投稿です。


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― 新着の感想 ―
兄ぃ。実はソワソワしてます?
 相変わらず偉そうな兄ちゃんだの。
 カイルさんにも手腕や姿勢を評価され、前のめりになりすぎない域で少しずつ信頼を得ていくエレナさん。  贈り物へのアドバイスも聞いたうえで、リディアさんと共に会に参加となりますが、どうなるでしょうかね。
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