第2話
グラーフ伯爵夫人はカップを手に取り、ゆったりと微笑んだ。
「今日はよく晴れましたわね。冬の庭は少し寂しいけれど、空気が澄んでいて好きなの」
夫人たちが穏やかに頷く。
「ええ、冬の日差しはやわらかくて気持ちがいいですわ」
「雪が降る前のこの時期、わたくしも好きですの」
「でしょう?」
グラーフ伯爵夫人は楽しげに笑った。
私は緊張を隠すように、そっとカップに口をつけた。
紅茶の香りがふわりと広がる。
干し林檎に合いそうだな、とぼんやり思いながら、少しずつ喉を潤す。
ふと視線を上げると、姉は少し離れた席で夫人たちに囲まれていた。
「リディア様は、最近あちこちでお見かけしますわね」
そう言われて、姉は軽やかに微笑む。
「冬は催しが少のうございますでしょう?
ひとつ顔を出せば、次のお声がかかるだけですわ」
夫人たちの間に、くすりと笑いが落ちた。
「まあ、お上手」
「いいえ。皆様がお優しいだけです」
私はそっと視線を戻した。
こういう場に慣れている姉は、やはり違う。
しばらくは、そんな穏やかな会話が続いた。
その時だった。
クラウゼン夫人が、ふと私へ視線を向けた。
「そういえば」
カップを置きながら言う。
「先ほどのお話……領地の干し林檎でしたわね」
私は思わず背筋を伸ばした。
「はい」
「ご自分でなさっているの?」
「はい。領地の者と一緒に作っております」
グラーフ伯爵夫人が嬉しそうに頷く。
「とても美味しいのよ」
それから夫人たちへ視線を向けた。
「今日はぜひ、皆様にも召し上がっていただこうと思って」
ヴィオラがカップを持ち上げながら、穏やかに口を開く。
「実務者会でいただいた時に、軽いお茶の席に合いそうだとお話ししたのですけれど」
ほんの少しだけ微笑みを深めた。
「こうして形になると、素敵ですわね」
伯爵夫人は楽しそうに笑った。
「ええ、そうでしょう?」
そして侍女へ軽く視線を送る。
侍女は一礼し、静かに下がった。
「焼き菓子にしてもらったの。とても香りがいいのよ」
夫人たちの視線が、少しずつ私へ向いた。
「まあ」
「それは楽しみですわ」
ヴィオラも微笑んだまま私を見る。
「どんなお味なのかしら」
その時、扉が静かに開いた。
侍女たちが銀の皿を運び入れ、一人ずつ皿を配っていく。
焼き菓子が目の前に置かれた。
薄く焼かれた生地の間に、干し林檎が挟まれている。
私は思わず目を丸くした。
前に家で料理人に作らせたものとは、同じ焼き菓子でもまるで違って見えた。
生地の縁は均一に色づき、重なりも軽やかで、干し林檎の見せ方まで整っている。
――同じものでも、こんなに違うんだ。
ほんのりと甘い香りが立ちのぼった。
「まあ……」
最初に手を伸ばした夫人が、小さく声を漏らす。
一口、ゆっくりと噛みしめる。
「……軽いですわね」
驚いたように目を瞬かせた。
「思っていたより、ずっと」
別の夫人も口に運ぶ。
「甘さがやわらかいわ」
「ええ、くどくないのね」
「紅茶によく合いますこと」
「見た目より、香りがきれいに立ちますのね」
カップを傾けながら、頷く声が重なる。
伯爵夫人は満足そうに微笑んでいた。
ヴィオラがゆっくりと一口含む。
しばらく味わうようにしてから、口を開いた。
「ずいぶん軽やかなお菓子ですのね」
穏やかに微笑む。
「こういうものは、かえって使いどころを選ばなくてよろしいのかもしれませんわ」
その言葉に、数人が頷く。
「確かに」
「気軽にいただけますわね」
「贈り物にも向きそうですわ」
その中で、姉がカップを置いた。
一拍置いてから、口を開く。
「……甘さが自然ですわね。果実の味が、そのまま残っているようで」
視線を焼き菓子へ落とし、それからゆるやかに顔を上げた。
「手を加えすぎていないのが、かえって上品に感じられます」
「ええ」
「確かにそうですわね」
伯爵夫人が嬉しそうに頷いた。
伯爵夫人がカップを置き、穏やかに私を見る。
「エリナ様。この甘さは、やはりお砂糖を?」
私は小さく首を振った。
「いいえ。乾燥させただけのものです」
「まあ」
夫人の一人が目を丸くする。
「では、どうしてこんなに甘くなるのかしら」
「領地の風の影響が大きいのだと思います」
「風で?」
「はい。川沿いに畑がありまして、乾いた風がよく通るのです」
夫人たちが顔を見合わせる。
「まあ……」
私は少しだけ言葉を探した。
「水分がゆっくり抜けるので、果実の甘みが残りやすいのだと思います。
同じように作ろうとしても、なかなか同じ味にはならなくて……」
小さく息を整える。
「領地の条件に助けられているだけなのですが」
伯爵夫人が楽しそうに笑った。
「それが“味”というものですわね」
夫人の一人が頷く。
「確かに、土地の恵みというものはございますものね」
別の夫人が焼き菓子を見ながら口を開く。
「……これ、どちらで分けていただけるのかしら」
私は思わず顔を上げた。
口を開きかけた、その時。
伯爵夫人がくすりと笑った。
「まあ、気が早いこと」
やわらかな声が場を包む。
「エリナ様のところは、まだ作り始めたばかりですのよ」
それから、ちらりと私を見る。
「ね?」
私は小さく頷いた。
「は、はい……まだ量も多くはなくて」
夫人は少し残念そうに微笑んだ。
「まあ、そうなの」
伯爵夫人は扇を軽く動かす。
「けれど、こういうものは待つ時間も楽しみのうちですわ」
それから、穏やかに続けた。
「ね、エリナ様」
もう一度、視線が私へ向く。
私は一瞬だけ息を整えた。
「……はい。整い次第、改めてお届けできればと思っております。
まだ多くはございませんけれど、冬の茶会に合う形でお出しできればと」
その時だった。
侍女が静かに扉を開いた。
そこに立っていたのは――アーネストだった。




