第6話
アーネストと目が合った。
けれど、彼はすぐに隣の男へ視線を向ける。
「北側倉庫の件ですが――」
話は、そのまま別の輪で続いていった。
……今、目が合った。
私は落ち着かせるように胸元へ手を当てる。
後で話せるだろうか。
そのとき――。
「これ、面白いですね」
甘い物が好きだと言っていた男が、もう一枚林檎をつまんだ。少し考えるように顎へ手を当てる。
「うち、旅人向けの店をやってるんですが」
輪の中の男たちが、ちらりと彼を見る。
「携帯できる菓子とか、乾き物を置いてる店なんですよ」
林檎を軽く持ち上げる。
「もしよかったら、少し置いてみます?」
私は思わず顔を上げた。
「えっ」
「売れるかどうか、試すだけですけど」
一瞬、言葉が出なかった。
「……ぜひ」
ようやくそれだけ答えると、男は軽く頷いた。
「じゃあ、今度持ってきてください」
「はい」
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
その横で、ヴィオラが干し林檎を見つめていた。
◆
私は輪を離れ、飲み物の卓へ向かった。
杯を一つ取り、軽く口をつける。それから、少し離れた料理の卓へ目を向けた。
干し肉に、香草を添えた白いチーズ。焼きたての小さな塩味のパイや、香辛料のきいた焼き菓子が並んでいる。
……ここに、干し林檎を出したらどうだろう。
でも、ただの林檎だし――。
料理にしたら、また違うのだろうか。
そんなことを考えていた、そのときだった。
「考え事か」
背後から低い声が落ちた。
驚いて振り向く。
「グラーフ伯爵……!」
心臓が、どくんと跳ねる。
「売り込みをしていたな」
思わず頬が熱くなった。
「み、見ていらしたんですか……?」
「主催者だからな」
アーネストはそう答えると、私の籠へちらりと視線を落とした。
「干し林檎か」
「はい……試験で作ったものなんです」
私は籠から、小さく包んだ干し林檎を取り出した。
アーネストの眉が、わずかに動く。
「さっき、酒場のつまみにもいいって教えてもらったんです」
そう言いながら、包みを差し出す。
「もしよろしければ……」
アーネストは一瞬だけそれを見たあと、手を伸ばして受け取った。
「……もらおう」
それから、こちらへ視線を戻す。
「売れる」
「えっ」
「さっきの男の店、悪くない場所だ」
籠の中の干し林檎へ目を向ける。
「旅人は甘いものを買う。塩気のあるものを食べた後にな」
私は思わず笑った。
「そうみたいですね」
「最初の客としては悪くない」
その一言に、胸の奥が少しだけ熱くなった。
「ありがとうございます」
小さく頭を下げる。
すると――。
「グラーフ伯爵」
やわらかな声が横から差し込んだ。
振り向くと、ヴィオラが立っていた。
彼女は優雅に一礼する。
「先ほどはご挨拶できませんでしたので」
アーネストがわずかに頷く。
「クラウゼン嬢」
「本日はご招待くださり、ありがとうございます」
あ……やっぱり、そうなんだ。
私は視線を落とした。
アーネストの視線が一瞬だけこちらへ向いたものの、すぐにヴィオラへ戻る。
「とても興味深い会ですわ。領地に関わることもありますし、こういうお話は聞いておきたいと思いまして」
ヴィオラは穏やかに微笑み、それから一瞬だけ私を見た。
「実際に関わっている方のお話は、特に勉強になりますわ」
「そうですか……」
私は笑みを作った。
「……失礼します」
小さく頭を下げ、その場を離れる。
いくつもの人の輪を避けながら歩き、壁際まで来たところで足を止めた。
せっかく営業、うまくいったのに。
目を伏せ、ドレスを見下ろす。
やっぱり……グラーフ伯爵とヴィオラ様は……。
目の奥が、少しだけ熱くなった。
そのとき――。
「それ、さっき配ってましたよね?」
声がして、私は顔を上げた。
見知らぬ男が立っている。
「は、はい……干し林檎です」
籠を少し持ち上げると、男は興味深そうに中を覗き込んだ。
「一枚、もらっても?」
「どうぞ……」
男は林檎を取り、口へ入れた。しばらく噛んでから、感心したように頷く。
「へぇ」
「どうですか?」
「ええ。甘いですね」
男は少し笑った。
「さっき皆さんが話しているのを見て、気になっていたんです」
「そうだったんですね」
つられて私も笑う。
男は林檎をもう一口かじった。
「こういうのは初めて食べました」
「本当ですか?」
「ええ。林檎って、干すとこんな味になるんですね」
「びっくりしますよね。私も初めて食べたとき、驚きました」
話しているうちに、さっきまでの胸のざわつきが少しだけ薄れていく。
男は籠を見ながら言った。
「こういうものを持ってくる人、この会ではあまりいませんね」
「そうなんですか?」
「ええ。皆さん、話ばかりで」
「……まずかったですか?」
「いえ」
男は軽く首を振った。
「面白いと思います」
そう言って、林檎をもう一枚手に取る。
「これ、売る予定なんですか?」
「はい。領地で作っていて」
「なるほど」
男は少し頷いた。
「これ、子どもにも受けそうですね」
「子ども……あ、そうですね。砂糖も使っていませんし」
「ええ。甘いのに手が汚れにくいし、少しずつ食べられる。町の菓子屋なんかに置けば、親が買っていきそうだ」
今まで考えていたのは、酒場や旅人、王都の工房ばかりだった。
子どものおやつとして売るなんて、考えたこともない。
「ありがとうございます。全然考えていませんでした」
そのとき、少し離れたところから視線を感じた。
顔を上げる。
人の輪の向こうで、グラーフ伯爵がこちらを見ていた。
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