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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳
六章

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第6話

アーネストと目が合った。


けれど、彼はすぐに隣の男へ視線を向ける。


「北側倉庫の件ですが――」


話は、そのまま別の輪で続いていった。


……今、目が合った。


私は落ち着かせるように胸元へ手を当てる。


後で話せるだろうか。


そのとき――。


「これ、面白いですね」


甘い物が好きだと言っていた男が、もう一枚林檎をつまんだ。少し考えるように顎へ手を当てる。


「うち、旅人向けの店をやってるんですが」


輪の中の男たちが、ちらりと彼を見る。


「携帯できる菓子とか、乾き物を置いてる店なんですよ」


林檎を軽く持ち上げる。


「もしよかったら、少し置いてみます?」


私は思わず顔を上げた。


「えっ」


「売れるかどうか、試すだけですけど」


一瞬、言葉が出なかった。


「……ぜひ」


ようやくそれだけ答えると、男は軽く頷いた。


「じゃあ、今度持ってきてください」


「はい」


胸の奥が、少しだけ熱くなる。


その横で、ヴィオラが干し林檎を見つめていた。



私は輪を離れ、飲み物の卓へ向かった。


杯を一つ取り、軽く口をつける。それから、少し離れた料理の卓へ目を向けた。


干し肉に、香草を添えた白いチーズ。焼きたての小さな塩味のパイや、香辛料のきいた焼き菓子が並んでいる。


……ここに、干し林檎を出したらどうだろう。


でも、ただの林檎だし――。


料理にしたら、また違うのだろうか。


そんなことを考えていた、そのときだった。


「考え事か」


背後から低い声が落ちた。


驚いて振り向く。


「グラーフ伯爵……!」


心臓が、どくんと跳ねる。


「売り込みをしていたな」


思わず頬が熱くなった。


「み、見ていらしたんですか……?」


「主催者だからな」


アーネストはそう答えると、私の籠へちらりと視線を落とした。


「干し林檎か」


「はい……試験で作ったものなんです」


私は籠から、小さく包んだ干し林檎を取り出した。


アーネストの眉が、わずかに動く。


「さっき、酒場のつまみにもいいって教えてもらったんです」


そう言いながら、包みを差し出す。


「もしよろしければ……」


アーネストは一瞬だけそれを見たあと、手を伸ばして受け取った。


「……もらおう」


それから、こちらへ視線を戻す。


「売れる」


「えっ」


「さっきの男の店、悪くない場所だ」


籠の中の干し林檎へ目を向ける。


「旅人は甘いものを買う。塩気のあるものを食べた後にな」


私は思わず笑った。


「そうみたいですね」


「最初の客としては悪くない」


その一言に、胸の奥が少しだけ熱くなった。


「ありがとうございます」


小さく頭を下げる。


すると――。


「グラーフ伯爵」


やわらかな声が横から差し込んだ。


振り向くと、ヴィオラが立っていた。


彼女は優雅に一礼する。


「先ほどはご挨拶できませんでしたので」


アーネストがわずかに頷く。


「クラウゼン嬢」


「本日はご招待くださり、ありがとうございます」


あ……やっぱり、そうなんだ。


私は視線を落とした。


アーネストの視線が一瞬だけこちらへ向いたものの、すぐにヴィオラへ戻る。


「とても興味深い会ですわ。領地に関わることもありますし、こういうお話は聞いておきたいと思いまして」


ヴィオラは穏やかに微笑み、それから一瞬だけ私を見た。


「実際に関わっている方のお話は、特に勉強になりますわ」


「そうですか……」


私は笑みを作った。


「……失礼します」


小さく頭を下げ、その場を離れる。


いくつもの人の輪を避けながら歩き、壁際まで来たところで足を止めた。


せっかく営業、うまくいったのに。


目を伏せ、ドレスを見下ろす。


やっぱり……グラーフ伯爵とヴィオラ様は……。


目の奥が、少しだけ熱くなった。


そのとき――。


「それ、さっき配ってましたよね?」


声がして、私は顔を上げた。


見知らぬ男が立っている。


「は、はい……干し林檎です」


籠を少し持ち上げると、男は興味深そうに中を覗き込んだ。


「一枚、もらっても?」


「どうぞ……」


男は林檎を取り、口へ入れた。しばらく噛んでから、感心したように頷く。


「へぇ」


「どうですか?」


「ええ。甘いですね」


男は少し笑った。


「さっき皆さんが話しているのを見て、気になっていたんです」


「そうだったんですね」


つられて私も笑う。


男は林檎をもう一口かじった。


「こういうのは初めて食べました」


「本当ですか?」


「ええ。林檎って、干すとこんな味になるんですね」


「びっくりしますよね。私も初めて食べたとき、驚きました」


話しているうちに、さっきまでの胸のざわつきが少しだけ薄れていく。


男は籠を見ながら言った。


「こういうものを持ってくる人、この会ではあまりいませんね」


「そうなんですか?」


「ええ。皆さん、話ばかりで」


「……まずかったですか?」


「いえ」


男は軽く首を振った。


「面白いと思います」


そう言って、林檎をもう一枚手に取る。


「これ、売る予定なんですか?」


「はい。領地で作っていて」


「なるほど」


男は少し頷いた。


「これ、子どもにも受けそうですね」


「子ども……あ、そうですね。砂糖も使っていませんし」


「ええ。甘いのに手が汚れにくいし、少しずつ食べられる。町の菓子屋なんかに置けば、親が買っていきそうだ」


今まで考えていたのは、酒場や旅人、王都の工房ばかりだった。


子どものおやつとして売るなんて、考えたこともない。


「ありがとうございます。全然考えていませんでした」


そのとき、少し離れたところから視線を感じた。


顔を上げる。


人の輪の向こうで、グラーフ伯爵がこちらを見ていた。

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 ヴィオラさんを雑に扱う気はないが、有望な人材としてなのか伴侶候補としてかはともかく、エリナさんの事も軽視できないアーネストさん。  エリナさんはエリナさんで、アーネストさんへの依存が抜けてきて、売り…
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