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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
五章

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第8話 

夫人が茶を置き、ふと微笑んだ。


「エリナさん」


「はい」


「名義を取られたのなら――

 きちんとお礼を申し上げる方がいらっしゃるのでは?」


目を瞬く。


「……お礼、ですか?」


「ええ。あなたが一人で掴んだわけではないでしょう?」


夫人はカップを置く。


「名義は立場です。

 立場を得たら、挨拶をする。

 それが次に繋がるの」


喉が、ひくりと鳴った。


「……はい」


夫人はくすりと笑った。


「せっかくですもの。

 堂々といらっしゃいな」


――その言葉が、胸に残った。


その日のうちに、アーネストへ書状を出した。


『名義取得のご報告と御礼を申し上げたく、拝謁の機会を賜れましたら幸いに存じます。』


彼はきっと多忙だ。

時間など設けられないかもしれない。


そう思っていた矢先。


返書は即日で届いた。


『承知した。◯日◯時。執務室にて。』


手紙を持つ手が、震えた。



そして今日。


鏡の前に立つ。


明るい桃色のワンピース。


「……可愛すぎ?」


服を見下ろす。


落ち着いた色の方が良かっただろうか。


けれど――


夫人が言った。


「明るい色も似合ってるわ」


そして、肩をすくめた。


「夫が選んでくれたのだけれど……

 さすがにわたしには若すぎましてね」


そう言って、手渡された一着。


裾を整え、鏡の中の自分を見つめた。


「……もう時間ね……」


手土産の包を手に取り、

部屋を出て、廊下を歩く。


足が止まる。


姉の視線が、ゆっくりと私を上から下へ滑り、

眉がわずかに動く。


「……その服。

 見慣れないわね」


私は裾をつまんだ。


「……いただいたの」


「グラーフ伯爵に?」


「えっ……違うよ……別の方に」


姉は一瞬だけ黙る。


「……あなたの顔色を明るく見せるわね」


「そ、そうかな……」


「で、どこへ着ていくの?」


「……ご挨拶に」


「誰に?」


「……グラーフ伯爵」


「……そう」


それだけ言って、距離を詰める。


袖口に触れ、布を指で確かめる。


「悪くないわ。

 けれど覚えておきなさい」


「え……?」


「明るい色は、場を和らげるけれど――

 軽くも見える」


私は息を呑む。


「あなたが何を得たのかを示しに行くのなら、

 服に着られないことね」


「うん……」


「……でも。似合っているわ」


すぐに背を向ける。


「時間なのでしょう?

 遅れる方が印象は悪いわよ」


そう言って、姉は歩き去る。


「……はい」



馬車に揺られながら、私は窓の外を見ていた。


自領の屋敷は、もう遠い。


規格外の干し無花果は、すべて買い取ってもらえた。

金額はもちろん安い。

それでも、一ヶ月分以上だ。


「……助かった」


小さく息を吐く。


名義も手に入った。

前受金も頂いた。


本格的に、事業が始まる。


小屋。

乾燥棚。

人手。

工程の固定。


やることは山ほどある。


窓の外の景色が変わっていく。


畑道が続き、

やがて石畳が増え、

街道の整った区画へ入っていく。


伯爵家の領地に近づくにつれ、

人の往来が増えていくのが分かる。


「……まさか、私が」


ぽつりと零れる。


グラーフ伯爵との出会いが、

こんなにも自分の世界を変えるなんて、

思ってもみなかった。


馬車が小さく揺れ、

車輪が石を踏む音が変わる。


「お礼を言うだけなのに……」


指先が落ち着かない。


お忙しい方だもの。

そんな時間はないはずなのに、

わざわざ予定を空けてくださった。


無駄なく報告しないと。


しばらくして、

伯爵邸が視界に入る。


緊張なのか、

それとも期待なのか。

自分でも、よく分からない。


思わず指先を握りしめる。


馬車がゆっくり減速する。


門番の姿が見え、

高い鉄門の向こうに伯爵邸が広がっていた。


門が開き、馬車はゆっくりと敷地へ入る。


砂利を踏む音が静かに続き、やがて屋敷の前で止まった。


御者が扉を開け、

降り立った、そのとき――


屋敷の扉が開いた。


中から令嬢が一人、出てきた。


淡い色のドレス。

背筋を伸ばした立ち姿。


私と視線が合う。


令嬢は足を止め、

ゆっくりと私を見た。


やがて小さく微笑む。


「……失礼、

 お客様かしら」


思わず背筋を伸ばす。


「……はい。ご挨拶に」


はっとして名乗る。


「エリナ・フォン・リュークハルトと申します」


「まあ、リュークハルト様」


令嬢は静かに微笑んだ。


「クラウゼン子爵家のヴィオラと申します」


軽く会釈する。


その視線が一瞬、私の装いを確かめる。


「伯爵にご挨拶にいらしたのね。

 今日は来客も多いようですけれど……」


小さく首を傾げる。


「お時間は頂いていらして?」


「はい……」


ヴィオラは一瞬だけ目を細めた。


「まあ、それはよろしゅうございました」


扇を軽く閉じる。


「伯爵はお忙しい方ですもの。

 どなたでもお会いできるわけではございませんし」


柔らかな声音のまま続ける。


「お時間を頂いていらっしゃるのなら、

 安心いたしましたわ」


ほんのわずかに微笑む。


「お邪魔にならないと良いのですけれど」

5章はここまでです。

次回土曜から連載再開します。

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― 新着の感想 ―
この婚約者候補、性格悪そうだなぁ。
呼び止めて一方的に聞きたいこと言いたいこと喋って「遅れるわよ」って、姉よ・・・ 伯爵の婚約者候補も感じ悪いし・・・ エリナ、負けないで!
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