第7話
馬車に揺られながら、私は膝の上の包みを見下ろしていた。
中に入っているのは、規格外の干し無花果。
――なぜ夫人は、これを持ってくるように言ったのだろう。
王都へ入り、夫人の屋敷へ向かう。馬車が止まると、私は外套を直して降り立ち、包みを抱えたまま玄関をくぐった。
案内された応接間へ入ると、夫人が立ち上がる。
「何度もお呼びしてごめんなさいね」
「いえ……」
そう答えたところで、夫人の隣にいるもう一人の女性に目が留まった。
思わず、目を見開く。
――綺麗な人……。
姉のような、人を圧する華やかさとは違う。やわらかな佇まいなのに、なぜか目を引かれる人だった。淡い青のワンピースがよく似合っている。
「ご紹介いたしますわ。工房の監修に入ってくださっている方なの」
女性は穏やかに一礼した。
「サラと申します」
声音までやわらかい。
「エリナ・フォン・リュークハルトと申します……」
私も一礼する。
「そちらが、規格外の干し無花果ですか?」
サラの視線が、私の抱えた包みに落ちた。
「はい……」
包みを開き、中身を見せる。
「若干、水分が多いものや、見た目があまり良くないものです」
サラは一つ摘まみ、指先で軽く押してやわらかさを確かめた。それから端をわずかに裂き、断面を覗き込む。
「……なるほど」
小さく頷き、ほんのひとかけを口に含んだ。
しばらく味を確かめたあと、サラが口を開く。
「……甘みはしっかり残っていますね。乾燥が浅いぶん、香りも生きています」
私は思わず息を呑んだ。
「……え?」
サラが微笑む。
「煮詰めれば、糖は安定します。形は問われません」
言葉を失う。
「刻んで焼き込むこともできますし……ジャムにしてもよろしいかと」
「ジャ……ジャムですか?」
理解が追いつかず、思わず聞き返してしまう。
サラは少しだけ首を傾げた。
「形が価値を決めるのは、“そのまま売る”場合だけです。加工すれば、価値は作り直せます」
夫人が続ける。
「工房では、上位貴族向けの保存菓子も扱っているの。干し無花果のジャムは、王都ではまだ珍しいわ」
その視線が私へ向く。
「新しいものがお好きな方々には、きっと喜ばれるでしょう」
喉が、ひくりと鳴った。
「……そんな方法が……」
掠れた声が、自分でも頼りなく聞こえる。
サラは、ごく当たり前のことのように言った。
「食材を無駄にせず生かすのが、職人ですから」
――形が揃わなくても、価値はなくならない。
その事実が、胸の奥へすとんと落ちた。
夫人が穏やかに言う。
「あなたがきちんと品を納めてくださっているからこそ、こうして次の話ができるのです」
目元が熱くなる。
――ああ。
これまでのことは、無駄ではなかったのだ。
「……ありがとうございます」
私は深く頭を下げ、仕分けで固くなった指先をそっと撫でた。
夫人が思い出したように言う。
「そういえば、名義は無事に取れたのでしたわね」
私は顔を上げた。
「はい……おかげさまで」
「それは祝わなくては」
夫人が軽く手を叩くと、侍女がすぐに茶器を用意し、焼き菓子を運んでくる。
「ささやかだけれど、景気づけに」
すると、サラも持参していた包みを差し出した。
「焼き菓子です。干し無花果の刻みを少し混ぜてみました」
「あら、美味しそうね」
私は目を見開く。
「……もう、ですか?」
サラはやわらかく笑った。
「作るのが楽しくて、つい」
夫人がくすりと笑う。
「あなたは相変わらず職人気質ね」
小皿に取り分けられた菓子を、三人で囲む。紅茶と焼き菓子の甘い香りがふわりと立ちのぼった。
私は焼き菓子を一口含み、思わず目を瞬く。
「……美味しい」
サラが笑う。
「煮なくても、十分に味が立ちますね」
夫人が茶器を軽く掲げた。
「名義取得と、新しい一歩に」
胸の奥がじんわりと温かくなる。
負債も、事業も、まだ何ひとつ解決していない。
それでも、包みを抱えてここへ来たときより、少しだけ肩が軽くなっていた。
窓の外では、王都の空が淡く晴れはじめていた。
◆
王都中央の音楽堂。
今宵は、晩餐を兼ねた演奏会が開かれていた。大広間には円卓が並び、燭台の光がやわらかく揺れている。
第一部の演奏が終わり、楽団が舞台を退くと、談笑の声と食器の触れ合う音が広がった。
「食事、とても美味しゅうございましたわ」
ヴィオラが嬉しそうに微笑む。淡い桃色のドレスの裾を揺らし、扇を軽く動かした。
「嬉しいですわ。早速お誘いくださって」
アーネストは穏やかに頷いた。
「王都に来ていると聞いたから」
「素敵な音楽でしたわね。わたくし、二曲目が特に好きでしたの」
「評判の楽団だ。第二部も期待できる」
給仕がワインを注ぎ、アーネストはグラスを手に取った。
「今宵は人も多い。お疲れでは」
「いえ、こういう場には慣れていますの」
ヴィオラは少しだけ胸を張る。
「それは頼もしい」
やがて楽団が再び舞台へ現れ、広間のざわめきが少しずつ収まっていく。
「今度はぜひ、伯爵様の領地も拝見したいですわ」
ヴィオラが小さく首を傾げた。
アーネストは一拍置いて答える。
「市場は朝が早い。足元もあまり良くない」
穏やかな微笑みを崩さないまま続けた。
「王都の催しの方が、ヴィオラ嬢には似合うだろう」
ヴィオラは一瞬だけ目を瞬かせ、それから笑みを浮かべた。
「まあ……そうですの?」
「また良い催しがあれば案内する」
第二部が始まった。
弦の音が鋭く立ち上がり、広間を満たしていく。
アーネストは舞台へ視線を戻した。
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