↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@集英社WEB小説大賞金賞
五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/194

第6話

数日後、夫人から返書が届いた。


『二か月分で構いません。不足分は次回に回してくだされば十分です。無理はなさらないでくださいませ』


責められてはいない。むしろ、ありがたい返事だった。


「……ありがたい……けど」


私は小さく肩を落とした。


倉庫に積んだ箱を思い出す。納品分から外した干し無花果は、二か月分にもなる。一度見つけてしまった粗を、もう見なかったことにはできない。


「……どうしよう……」


規格外を溜め込めるほど、倉庫は広くない。だからといって、廃棄するなど論外だ。


「……検品、厳しすぎたのかしら……」


収支表を開き、規格外に回した分の損失を目で追う。金額として並べてみると、なおさら胸が重くなった。


しばらく数字を見つめていたものの、やがて息を吐く。


「そろそろ出かけないと……」


椅子から立ち上がる。


以前、水路協議の席で手土産に出した干し無花果を、隣領の代官マルセルが摘まみながら言ったことがあった。


『うちもやっている』


その言葉がずっと引っかかっていて、私は仕分けの合間に書簡をしたためた。乾燥工程と等級分けについて、現場を見せてもらえないかと頼んだのだ。


昨日、その返答が届いた。


『来るなら早い方がいい。現場は隠さない』


私は深く息を吸い、収支表を閉じて部屋を出た。


◆


馬車は昼前に隣領へ入った。


水路沿いの空気には、わずかに湿り気がある。乾いた風の多い自領とは、匂いからして違っていた。


代官邸の前で馬車が止まると、すぐにマルセルが姿を見せた。


「早いな」


「お時間をいただき、ありがとうございます」


「礼は不要だ。こっちだ」


案内されたのは、屋敷の裏手にある乾燥場だった。


「見たいのはここだろう」


マルセルが棚を顎で示す。


布を掛けた木棚がいくつも並んでいた。手入れはされているものの、すべてが寸分違わず揃っているわけではない。割れた実も、端の籠にまとめて入れられている。


「湿度が違えば、割れも出る」


マルセルは一つ摘まみ、指で押した。


「触って判断する。晴れが続けば三日、雨なら延ばす」


「基準は……」


「あるようで、ない」


肩をすくめる。


「だいたい三段に分ける。見た目だ」


「等級ごとに、きちんと分かれるのですか」


「混ざる。荒れた年は荒れた味になる」


「……それでは、苦情が来るのでは……」


「来る。だが、全部抱えるよりはましだ」


棚の端を軽く叩きながら、マルセルは続けた。


「完璧な年などない」


風が布を揺らす。


私は端に寄せられた割れた実を見つめ、自分の倉庫に残した箱を思い出した。


「規格外は……」


「出る」


「では、どうされているのですか」


「安くなるだけだ。基準を決めるのは良い」


マルセルがこちらを見る。


「だが、守れん日もある。全部を揃えようとすれば、倉が先に死ぬ」


その言葉を聞いて、少しだけ胸が軽くなった。


うちの領地だけが粗いのではないかと、不安だったのだ。


「見るなら好きに見ろ。隠すものはない」


私は棚の間を歩いた。


干されているのは無花果だけではない。薄く切った林檎や、串に刺した杏、半分に割った梨まで並んでいる。形が揃っていないものもあれば、端が欠けたものもあった。


「果物が手に入らない時期は?」


「去年の在庫を出す。足りなければ止める」


「止める……?」


「無いものは無い」


「ええ……」


「一年中、同じ量は出さない」


私はもう一度、棚を見回した。


割れた実も、欠けたものも、そのまま商品になる前提で置かれている。


「……全部を揃えなくても、売れるのですね」


「売れる。揃えようとすれば、どこかが赤になる」


「どちらに売っているのですか」


「市場だ」


「市場……」


思わず顎に手を当てる。


「貴族向けとは別の売り先を持っている、ということですよね」


「そうだ」


うちの干し無花果は、高級嗜好品として売り始めたばかりだ。


規格外を同じ名前で市場へ流せば、そちらの価格まで基準にされてしまうかもしれない。


「……値が下がる……」


それは怖かった。


私は小さく息を吐いた。


◆


帰りの馬車に揺られながら、窓の外を眺める。


「一度、市場にも見に行こうかしら……」


売る側のことだけを考えていても足りない。買う側が何を見て、何を理由に選ぶのかも知る必要がある。


……お父様、許してくださるかしら。


ふと、市場を歩いた日のことを思い出した。


隣を歩いていた、背の高い人。


「……何を考えているの、私」


当分お会いできない、と書いたばかりだ。


こんなことで頼るわけにはいかない。


やがて馬車が屋敷へ入った。


扉が開き、冷たい空気が流れ込んでくる。


出迎えた執事が一礼した。


「お戻りでございます。お嬢様宛に書状が届いております」


その場で差し出された封筒を受け取る。


深い色の封蝋。


一瞬、胸が跳ねた。


けれど、差出人を確かめて目を瞬く。


夫人からだった。


「干し無花果に、何か問題が……」


胸がひやりとして、急いで封を切る。


便箋を開き、目を走らせた。


「えっ……」


思わず声が漏れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 柔軟だけどいい加減すぎないマルセルさんのアドバイス、規格外な品の扱いに悩んでたエリナさんにとっては有難いでしょうね。  そして何やら不穏な紙が……白けを起こす暇なしに緩急や関心を抱かせる出来事など…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。