第6話
数日後、夫人から返書が届いた。
『二か月分で構いません。不足分は次回に回してくだされば十分です。無理はなさらないでくださいませ』
責められてはいない。むしろ、ありがたい返事だった。
「……ありがたい……けど」
私は小さく肩を落とした。
倉庫に積んだ箱を思い出す。納品分から外した干し無花果は、二か月分にもなる。一度見つけてしまった粗を、もう見なかったことにはできない。
「……どうしよう……」
規格外を溜め込めるほど、倉庫は広くない。だからといって、廃棄するなど論外だ。
「……検品、厳しすぎたのかしら……」
収支表を開き、規格外に回した分の損失を目で追う。金額として並べてみると、なおさら胸が重くなった。
しばらく数字を見つめていたものの、やがて息を吐く。
「そろそろ出かけないと……」
椅子から立ち上がる。
以前、水路協議の席で手土産に出した干し無花果を、隣領の代官マルセルが摘まみながら言ったことがあった。
『うちもやっている』
その言葉がずっと引っかかっていて、私は仕分けの合間に書簡をしたためた。乾燥工程と等級分けについて、現場を見せてもらえないかと頼んだのだ。
昨日、その返答が届いた。
『来るなら早い方がいい。現場は隠さない』
私は深く息を吸い、収支表を閉じて部屋を出た。
◆
馬車は昼前に隣領へ入った。
水路沿いの空気には、わずかに湿り気がある。乾いた風の多い自領とは、匂いからして違っていた。
代官邸の前で馬車が止まると、すぐにマルセルが姿を見せた。
「早いな」
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「礼は不要だ。こっちだ」
案内されたのは、屋敷の裏手にある乾燥場だった。
「見たいのはここだろう」
マルセルが棚を顎で示す。
布を掛けた木棚がいくつも並んでいた。手入れはされているものの、すべてが寸分違わず揃っているわけではない。割れた実も、端の籠にまとめて入れられている。
「湿度が違えば、割れも出る」
マルセルは一つ摘まみ、指で押した。
「触って判断する。晴れが続けば三日、雨なら延ばす」
「基準は……」
「あるようで、ない」
肩をすくめる。
「だいたい三段に分ける。見た目だ」
「等級ごとに、きちんと分かれるのですか」
「混ざる。荒れた年は荒れた味になる」
「……それでは、苦情が来るのでは……」
「来る。だが、全部抱えるよりはましだ」
棚の端を軽く叩きながら、マルセルは続けた。
「完璧な年などない」
風が布を揺らす。
私は端に寄せられた割れた実を見つめ、自分の倉庫に残した箱を思い出した。
「規格外は……」
「出る」
「では、どうされているのですか」
「安くなるだけだ。基準を決めるのは良い」
マルセルがこちらを見る。
「だが、守れん日もある。全部を揃えようとすれば、倉が先に死ぬ」
その言葉を聞いて、少しだけ胸が軽くなった。
うちの領地だけが粗いのではないかと、不安だったのだ。
「見るなら好きに見ろ。隠すものはない」
私は棚の間を歩いた。
干されているのは無花果だけではない。薄く切った林檎や、串に刺した杏、半分に割った梨まで並んでいる。形が揃っていないものもあれば、端が欠けたものもあった。
「果物が手に入らない時期は?」
「去年の在庫を出す。足りなければ止める」
「止める……?」
「無いものは無い」
「ええ……」
「一年中、同じ量は出さない」
私はもう一度、棚を見回した。
割れた実も、欠けたものも、そのまま商品になる前提で置かれている。
「……全部を揃えなくても、売れるのですね」
「売れる。揃えようとすれば、どこかが赤になる」
「どちらに売っているのですか」
「市場だ」
「市場……」
思わず顎に手を当てる。
「貴族向けとは別の売り先を持っている、ということですよね」
「そうだ」
うちの干し無花果は、高級嗜好品として売り始めたばかりだ。
規格外を同じ名前で市場へ流せば、そちらの価格まで基準にされてしまうかもしれない。
「……値が下がる……」
それは怖かった。
私は小さく息を吐いた。
◆
帰りの馬車に揺られながら、窓の外を眺める。
「一度、市場にも見に行こうかしら……」
売る側のことだけを考えていても足りない。買う側が何を見て、何を理由に選ぶのかも知る必要がある。
……お父様、許してくださるかしら。
ふと、市場を歩いた日のことを思い出した。
隣を歩いていた、背の高い人。
「……何を考えているの、私」
当分お会いできない、と書いたばかりだ。
こんなことで頼るわけにはいかない。
やがて馬車が屋敷へ入った。
扉が開き、冷たい空気が流れ込んでくる。
出迎えた執事が一礼した。
「お戻りでございます。お嬢様宛に書状が届いております」
その場で差し出された封筒を受け取る。
深い色の封蝋。
一瞬、胸が跳ねた。
けれど、差出人を確かめて目を瞬く。
夫人からだった。
「干し無花果に、何か問題が……」
胸がひやりとして、急いで封を切る。
便箋を開き、目を走らせた。
「えっ……」
思わず声が漏れた。




