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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@集英社WEB小説大賞金賞
一章

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第4話

「ええ……またトラブル?」


私は、苦虫を噛み潰したような顔をしていたに違いない。


使用人に呼ばれ、揉めているという場所へ向かう。母が亡くなってから、屋敷の使用人の愚痴や困り事は、なぜか私のところへ持ち込まれるようになった。


お父様は書斎にいるはずだし、お兄様も屋敷にいるのに。それなのに、こういう細かな話で呼ばれるのは、いつも私だった。


向かった先では、侍女が三人、廊下で立ち尽くしていた。


「だから、それは私の仕事ではありません」


「でも、今日は忙しいんですよ。私には無理です」


「私だって、昨日やりましたし……」


「……どうしたの?」


声をかけると、全員が一斉にこちらを見る。


「エリナ様……」


「実は……」


話を聞くほど、眉間に力が入るのが分かった。


……私、今、絶対変な顔してる。


口には出さなかったけれど、内心はため息でいっぱいだった。


そして――話は、拍子抜けするほど単純だった。


来客対応、洗濯、夕方の支度。三人とも、自分の担当ではないと言い張っているだけだった。


「……」


私は一度目を伏せ、それから顔を上げた。


「今日の指示は、私が出します」


三人が、ぴくりと反応する。


「あなたは来客対応。あなたは洗濯と部屋回り。あなたは夕方の準備」


間を置かずに続けた。


「明日は配置を入れ替えます。今日は、この割り振りで進めてください」


三人は互いの顔を見合わせた。


「……はい」


「分かりました」


「……承知しました」


全員が視線を逸らしながら頷き、それぞれの持ち場へ散っていく。廊下には、私一人が残った。


仕事が終わらないのは困る。揉め続けて、何も進まないのはもっと困る。


そう言いたかったけれど、口には出せなかった。私は女主人ではないし、使用人たちに命じる権利だって、本当は持っていない。


「……ふぅ」


小さく息を吐く。


母がいれば、こんな揉め事は起きなかったのに。屋敷全体を見渡して、その日の仕事を割り振る人がいないから、こうなってしまう。


「来客って、誰かしら……。まあ、いいか。当番表、作り直そう……」


一人で呟き、私は自室へ戻った。


◆


もぐもぐ。


「……これ、少し湿気てる?」


残り物のクッキーをかじりながら呟く。


机の端には、冷めた紅茶とクッキーの皿。それらを脇に置いたまま、私は新しい当番表と向き合っていた。


「ええと……なるべく公平になるようにして……」


洗濯や各部屋の清掃、夕方の支度。一人に負担が偏らないよう、日ごとに担当をずらしていく。


「……これで、しばらくは大丈夫かな」


クッキーに手を伸ばし、半分だけかじる。


「……やっぱり、湿気てる」


そのとき、扉が叩かれた。顔を上げると、侍女が一人、扉の前に立っていた。


「リディア様がお呼びです」


「お姉様が? ……今?」


侍女は、少し困ったように頷く。


「お急ぎのようで……」


胸の奥に嫌な予感が広がった。私はペンを置き、椅子から立ち上がる。


姉の部屋は、相変わらず慌ただしかった。


寝台の上には二着のドレスが広げられ、椅子の背には何枚ものショールが掛けられている。化粧台には蓋を開けたままの宝石箱が置かれ、使用人たちが髪飾りや手袋を手に、部屋の中を行き交っていた。


……見ていない。


見覚えのない宝石も、新しい靴も、何も見えていない。


「あ、来た」


鏡の前に座っていた姉は、私を見るなり声を上げた。


「ちょうどよかったわ」


「なに?」


「夜会がね、重なったの」


「……え?」


思わず聞き返すと、姉は当然のことのように肩をすくめた。


「だから、夜会が二つ重なったのよ」


「ええっ……どうするの?」


「仕方ないでしょう。そういうこともあるの。社交って、そういうものなのよ?」


――それは、お姉様が予定をきちんと確認していなかっただけでは。


そう思ったのが顔に出ていたらしい。姉は鏡越しにこちらを見ると、何でもないことのように続けた。


「それでね。片方は、あなたが行って」


「……は?」


「大丈夫でしょう。顔を出すだけだもの」


言葉を失う。


「私、夜会なんて……」


「知ってるわ」


被せるように言われた。


「だから、短時間でいいの。主催者に挨拶して、少し会場にいて、それから帰ってきなさい」


「でも、何も準備していないし……」


「ドレスなら、あるでしょう」


姉は、私の部屋がある方角を顎で示した。


――似合わないドレスなら、山ほどあるけれど。


縋るように部屋の中の侍女たちを見渡す。誰もこちらを見なかった。皆、聞こえていないふりをして、姉の支度を続けている。


「……分かった」


気づけば、そう答えていた。


姉は満足そうに頷く。


「助かるわ」


私は、そのまま姉の部屋を出た。


廊下に出た瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、ゆっくりと形を持ち始める。


「……顔を出すだけ、ね」


たった、それだけ。

お姉様にとっては。


自室へ戻ると、すでに侍女が一人、待っていた。


「お着替えの準備をいたします」


……お姉様、こういうときだけ段取りがいいんだから。


「……急ぎでお願いします」


侍女は頷くと、クローゼットを開いた。


鮮やかな色、凝った刺繍、大きな飾り。どれも美しいけれど、私が着ると……どうなるのだろう。


侍女は何着かを確認し、その中から一着を取り出した。


「今の季節でしたら、こちらがよろしいかと」


その中でも、いちばん無難で――いちばん私に似合わなさそうな色だった。


「これ、よね……」


「はい。夜会用としては、問題ございません」


ドレスは問題ない。

着る人間との組み合わせが問題なだけで。


侍女に手伝われ、袖を通す。背中の紐が、きゅっと締め上げられていく。


「う……」


「苦しくはございませんか?」


「……大丈夫」


鏡の中の私は、どこか他人のようだった。


ドレスを着ることに、多少の憧れはある。恋愛小説に出てくる令嬢たちのように、美しく着飾って夜会へ行く。そんなことを、考えたことがないわけではない。


だけど――。


「……変では、ないかしら」


ぽつりと尋ねる。


侍女は一瞬だけ言葉を選び、それから答えた。


「きちんとして見えます」


「きちんと、ね……」


つまり、似合ってはいないということだ。


「……顔を出すだけだもの。目的は、それだけ」


いいのよ。別に、似合わなくたって。


そう言い聞かせながら、私は手袋をはめた。


「……行ってきます」


誰にともなく呟いて、私は部屋を出た。

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『転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます』※ざまぁ系ではありません

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― 新着の感想 ―
 単純に侍女さんたちがどの仕事もやりたくなくて、作業を押し付けあってるだけなのか、自分たちだけで分担決めて後でもめるのが嫌なのかは分かりませんが、これは心身共にじわじわきそうですね。  エリナさんの…
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