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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
五章

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第7話

馬車に揺られながら、私は膝の上の包みを見下ろしていた。

中に入っているのは、規格外の干し無花果。


――なぜ夫人は、これを持ってくるように言ったのだろう。


王都へ入り、夫人の屋敷へ向かう。

馬車が止まり、外套を整えて降り立った私は、包みを抱えたまま玄関をくぐった。


案内された応接間に入ると、夫人が立ち上がる。


「何度もお呼びしてごめんなさいね」


「いえ……」


そう答えた私は、夫人の隣にいるもう一人の女性に目を留めた。


思わず、目を見開く。


――綺麗な人……。


姉のような、人を圧する華やかさではない。

静かでやわらかな佇まいなのに、なぜか目を引かれる人だ。


淡い青のワンピースが、よく似合っている。


「ご紹介いたしますわ。

 工房の監修に入ってくださっている方なの」


女性は穏やかに一礼した。


「サラと申します」


その声音まで、やわらかい。


「エリナ・フォン・リュークハルトと申します……」


私も一礼する。


「そちらが、規格外の干し無花果ですか?」


サラの視線が、私の抱えた包みに落ちた。


「はい……」


私は包みを開き、中身を見せる。


「若干、水分が多いものや、見た目があまり良くないものです」


サラはひとつ摘まみ、指先で軽く押してやわらかさを確かめた。

それから爪先でわずかに裂き、断面を覗き込む。


「……なるほど」


小さく頷き、ほんのひとかけを口に含む。


しばらく黙って味を見たあと、彼女は静かに言った。


「……甘みはしっかり残っていますね。

 乾燥が浅いぶん、香りも生きています」


私は思わず息を呑んだ。


「……え?」


サラは静かに微笑む。


「煮詰めれば、糖は安定します。

 形は問われません」


私は言葉を失った。


「刻んで焼き込むこともできますし……

 ――ジャムにしてもよろしいかと」


「ジャ……ジャムですか?」


理解が追いつかず、思わず問い返してしまう。


サラは少しだけ首を傾げた。


「形が価値を決めるのは、“そのまま売る”場合だけです。

 加工すれば、価値は作り直せます」


夫人が静かに続ける。


「工房では、上位貴族向けの保存菓子のラインがあるの。

 干し無花果のジャムは、王都ではまだ珍しいわ」


その視線が私に向く。


「新しいもの好きの方々には、きっと喜ばれるでしょう」


喉が、ひくりと鳴った。


「……そんな方法が……」


かすれた声が、自分でも頼りなく聞こえる。


サラは、ごく当たり前のことのように言った。


「食材を無駄にせず生かすのが、職人ですから」


――形が揃わなくても。

価値は、なくならない。


その事実が、胸の奥に静かに落ちた。


夫人が穏やかに言う。


「あなたがきちんと品を納めてくださっているからこそ、こうして次の話ができるのです」


目元が熱くなる。


――ああ。


これまでのことは、無駄ではなかったのだ。


「……ありがとうございます」


私は深く頭を下げた。

仕分けで固くなった指先を、そっと撫でた。


夫人が思い出したように、言った。


「そういえば、名義は無事に取れたのでしたわね」


私は顔を上げる。


「はい……おかげさまで」


「それは祝わなくては」


夫人が軽く手を叩くと、侍女がすぐに茶器を整え、焼き菓子を運んでくる。


「ささやかだけれど、景気づけに」


サラも持参した包みを差し出した。


「焼き菓子です。干し無花果の刻みを少し混ぜてみました」


「あら、美味しそうね」


私は目を見開いた。


「……もう、ですか?」


サラはやわらかく笑う。


「作るのが楽しくて、つい」


夫人がくすりと笑った。


「あなたは相変わらず職人気質ね」


小皿に取り分けられた菓子を、三人で囲む。

紅茶と焼き菓子の甘い香りが、ふわりと立ちのぼった。


私は焼き菓子をひと口含み、思わず目を瞬く。


「……美味しい」


サラが静かに笑う。


「煮なくても、十分に立ちますね」


夫人が茶器を軽く掲げた。


「名義取得と、新しい一歩に」


胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


負債も、事業も、

まだ何ひとつ解決していない。


それでも。

包みを抱えてここへ来たときより、少しだけ肩が軽かった。


窓の外では、王都の空が淡く晴れはじめていた。



王都中央の音楽堂。


今宵は晩餐を兼ねた演奏会。

大広間には円卓が並び、燭台の光が柔らかく揺れている。


第一部の演奏が終わり、楽団は舞台を退いていた。


談笑の声と食器の触れ合う音が広がる。


「食事、とても美味しゅうございましたわ」


ヴィオラ令嬢が嬉しげに微笑む。

淡い桃色のドレスの裾を揺らし、扇を軽く振る。


「嬉しいですわ、早速お誘いくださって」


アーネストは穏やかに頷いた。


「王都に来ていると聞いたから」


「素敵な音楽でしたわね。わたくし、二曲目が特に好きでしたの」


「評判の楽団だ。第二部も期待できる」


給仕がワインを注ぐ。

アーネストはグラスを手にする。


「今宵は人も多い。お疲れでは」


「いえ、こういう場には慣れていますの」


ヴィオラは小さく胸を張る。


「それは頼もしい」


楽団が再び舞台に現れる。

ざわめきが静まり、指揮棒が上がる。


「今度はぜひ、伯爵様の領地も拝見したいですわ」


ヴィオラは小さく首を傾げた。


アーネストは一拍だけ置き、静かに答えた。


「市場は朝が早い。足元もあまり良くない」


穏やかな微笑みのまま続ける。


「王都の催しの方が、ヴィオラ嬢には似合うだろう」


令嬢は一瞬目を瞬かせ、それから笑みを作った。


「まあ……そうですの?」


「また良い催しがあれば案内する」


第二部が始まる。

弦が鋭く立ち上がり、空気を裂いた。


音が、周囲のざわめきを押し流す。

アーネストは舞台へ視線を戻した。

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乙女ゲームの侍女に転生したので、モブお嬢様の恋を応援した結果

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― 新着の感想 ―
⋯ちょっと1話に戻って読んでみたのですが、やっぱり家族怠け者ですよね。 生前は母親が家を支えてたのかなと思ってましたが、 母親死んですぐあれこれできるようになる訳もなく、てことは母親生きてる時から主人…
主人公がチートでトントン拍子に進んでいくお話が好きなのですが、等身大の主人公が壁にぶち当たって痛い目に遭ったり後戻りしたり、周囲の人の手を借りながら道を探し進んでいくお話も読み応えがあって続きが気にな…
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