第7話
「どなたがお選びになったの?」
不意に振られ、言葉が喉で詰まる。
一瞬、アーネストへ視線を向けかけて――すぐに伏せた。
だめ。
ひとつ息を吸い、跳ねた鼓動を押し戻す。
「……自分で、選びました」
顔を上げ、微笑む。
嘘ではない。
令嬢の装いへ目をやる。淡い灰紫のドレス。胸元には繊細な刺繍が施され、その細かな仕立てには見覚えがあった。
「素敵なお仕立てですね。王都の……カミラ織工舎でしょうか」
少しだけ首を傾げる。
「仕立てが丁寧で、型崩れしにくいと聞きました」
「まあ……お詳しいのね。王都にいらしたことが?」
「いいえ」
首を横に振る。
「姉が以前、王都でお世話になりまして。とても丁寧な仕立てだと聞いていました」
令嬢のまつげが、わずかに揺れた。
「……そうでしたの」
その瞬間、
「祭りのお話でしたね」
アーネストが穏やかに言葉を継いだ。
「春の市では、織物も多く並びます。王都とはまた違う趣がございますよ」
話題は祭りへと戻り、笑い声が穏やかに重なる。
私はその流れを追いながら、周囲の会話に耳を傾けた。
ふと、隣から低い声が落ちる。
「織物はお好きですか」
突然アーネストに尋ねられ、息が止まった。
「……はい」
「祭りでもよく並びます」
「そうなのですね」
「機会があれば、ご覧になるといい」
それだけ言うと、彼はまた会話へ戻っていく。
機会があれば。
その一言が、胸の奥に残った。
そのとき、別の輪の中からリディアがこちらを見ていることに気づいた。
妹が輪の内側に立っている姿を、じっと見つめている。
◆
馬車が石畳の上を揺れていく。
私は窓の外をぼんやりと眺めていた。
「中央の輪にいたわね」
姉の声は、いつもと変わらない。
「……え?」
「落ち着いていたじゃない」
「そう……? なら、よかった……」
少しの沈黙が落ちる。
「アーネスト様と話していたわよね」
「えっ……うん」
「そう」
姉は手袋を外しながら続けた。
「あの方、ああいう場では余計なことを仰らないの。だから、変に構えなくていいわ」
「……うん」
「誰にでも、ああなのよ」
「そうなの?」
「ええ」
姉はそれだけ言って、窓の外へ視線を戻した。
私は膝の上の自分の指先を見つめる。
◆
部屋に戻ると、背後で扉が閉まった。
侍女に手伝われてドレスを脱ぐと、布が肩から離れた途端、全身から力が抜けた。
『誰にでも、ああなのよ』
姉の声がよみがえる。
「誰にでも……か」
鏡の前で足を止める。
今夜、彼の隣に立っていた自分を思い出すと、胸の奥にはまだ少しだけ熱が残っていた。
私はそのまま灯りを落とした。
◆
屋敷へ戻ると、侍従がアーネストの上着を受け取った。
「お疲れさまでした」
短く頷き、書斎へ入る。
扉が閉まると、周囲から人の気配が消えた。
机の上の書簡へ手を伸ばしかけ――止まる。
エリナ。
あの場で動揺はしていた。
それでも、誰の名も出さなかった。
社交に慣れない令嬢なら、家名や誰かの名に頼るところだ。
彼女は、自分の言葉で立った。
アーネストの口元が、わずかに緩む。
「……悪くない」
◆
次の実務者会の日。
私は鏡の前に立ち、自分の姿をもう一度確かめた。
淡い花柄のドレスには細やかな刺繍が入り、光を受けてやわらかく浮かび上がっている。それに合わせた髪飾りと薄い化粧のおかげか、鏡の中の自分がいつもより少しだけ明るく見えた。
胸の奥が、かすかに弾む。
扉を開けて廊下へ出る。
角を曲がったところで、姉とすれ違った。
その視線が、私の胸元の刺繍をひと撫でする。
「似合っているじゃない」
「……ありがとう」
私はそのまま階段を下りた。
玄関では使用人が扉を開けて待っている。外から差し込む光を見て、小さく息を吸った。
招待状を手に、屋敷を出た。




