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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@集英社WEB小説大賞金賞
四章

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第7話

「どなたがお選びになったの?」


不意に振られ、言葉が喉で詰まる。


一瞬、アーネストへ視線を向けかけて――すぐに伏せた。


だめ。


ひとつ息を吸い、跳ねた鼓動を押し戻す。


「……自分で、選びました」


顔を上げ、微笑む。


嘘ではない。


令嬢の装いへ目をやる。淡い灰紫のドレス。胸元には繊細な刺繍が施され、その細かな仕立てには見覚えがあった。


「素敵なお仕立てですね。王都の……カミラ織工舎でしょうか」


少しだけ首を傾げる。


「仕立てが丁寧で、型崩れしにくいと聞きました」


「まあ……お詳しいのね。王都にいらしたことが?」


「いいえ」


首を横に振る。


「姉が以前、王都でお世話になりまして。とても丁寧な仕立てだと聞いていました」


令嬢のまつげが、わずかに揺れた。


「……そうでしたの」


その瞬間、


「祭りのお話でしたね」


アーネストが穏やかに言葉を継いだ。


「春の市では、織物も多く並びます。王都とはまた違う趣がございますよ」


話題は祭りへと戻り、笑い声が穏やかに重なる。


私はその流れを追いながら、周囲の会話に耳を傾けた。


ふと、隣から低い声が落ちる。


「織物はお好きですか」


突然アーネストに尋ねられ、息が止まった。


「……はい」


「祭りでもよく並びます」


「そうなのですね」


「機会があれば、ご覧になるといい」


それだけ言うと、彼はまた会話へ戻っていく。


機会があれば。


その一言が、胸の奥に残った。


そのとき、別の輪の中からリディアがこちらを見ていることに気づいた。


妹が輪の内側に立っている姿を、じっと見つめている。


◆


馬車が石畳の上を揺れていく。


私は窓の外をぼんやりと眺めていた。


「中央の輪にいたわね」


姉の声は、いつもと変わらない。


「……え?」


「落ち着いていたじゃない」


「そう……? なら、よかった……」


少しの沈黙が落ちる。


「アーネスト様と話していたわよね」


「えっ……うん」


「そう」


姉は手袋を外しながら続けた。


「あの方、ああいう場では余計なことを仰らないの。だから、変に構えなくていいわ」


「……うん」


「誰にでも、ああなのよ」


「そうなの?」


「ええ」


姉はそれだけ言って、窓の外へ視線を戻した。


私は膝の上の自分の指先を見つめる。


◆


部屋に戻ると、背後で扉が閉まった。


侍女に手伝われてドレスを脱ぐと、布が肩から離れた途端、全身から力が抜けた。


『誰にでも、ああなのよ』


姉の声がよみがえる。


「誰にでも……か」


鏡の前で足を止める。


今夜、彼の隣に立っていた自分を思い出すと、胸の奥にはまだ少しだけ熱が残っていた。


私はそのまま灯りを落とした。


◆


屋敷へ戻ると、侍従がアーネストの上着を受け取った。


「お疲れさまでした」


短く頷き、書斎へ入る。


扉が閉まると、周囲から人の気配が消えた。


机の上の書簡へ手を伸ばしかけ――止まる。


エリナ。


あの場で動揺はしていた。


それでも、誰の名も出さなかった。


社交に慣れない令嬢なら、家名や誰かの名に頼るところだ。


彼女は、自分の言葉で立った。


アーネストの口元が、わずかに緩む。


「……悪くない」


◆


次の実務者会の日。


私は鏡の前に立ち、自分の姿をもう一度確かめた。


淡い花柄のドレスには細やかな刺繍が入り、光を受けてやわらかく浮かび上がっている。それに合わせた髪飾りと薄い化粧のおかげか、鏡の中の自分がいつもより少しだけ明るく見えた。


胸の奥が、かすかに弾む。


扉を開けて廊下へ出る。


角を曲がったところで、姉とすれ違った。


その視線が、私の胸元の刺繍をひと撫でする。


「似合っているじゃない」


「……ありがとう」


私はそのまま階段を下りた。


玄関では使用人が扉を開けて待っている。外から差し込む光を見て、小さく息を吸った。


招待状を手に、屋敷を出た。

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― 新着の感想 ―
 服の話題に少し動揺するものの、アーネストさんに頼りきりになるでもなく、自分なりに答えていき、姉にもある程度評価されるエリナさん。夜会への自主参加はプラスに傾く要素があってなによりです。あと、リディア…
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