【番外編】マリタ視点①
リディアが花嫁修業のためオルブライト家に訪れた時の話です。
「噂には聞いていたけれど、本当にお美しい方よね」
「感じもよさそうだったわ。気位の高い方でなくて、安心したでしょう?」
「エドウィン様も、ずいぶん夢中でいらっしゃるそうよ」
洗い上がった布を畳みながら、侍女たちが口々に話している。
数日前、エドウィン様の婚約者であるリディア様が、花嫁修業のためにオルブライト子爵家へ移ってこられた。それ以来、使用人たちの間では、その話でもちきりだった。
「マリタがリディア様の担当になるとはね」
「うらやましいわ。毎日あの方のお顔を見られるのだもの」
皆の視線が、私へ集まった。
私も初めてお会いしたとき、噂以上に美しい方だと思った。明るい金色の髪も、整った顔立ちも、まるで絵姿のようだった。
「本日よりお世話を担当いたします、マリタと申します」
そう名乗った私に、リディア様は微笑んだ。
「リディア・フォン・リュークハルトです。これから、お世話になります」
こちらを見下すようなところもない。
荷物を運んだ者にも礼を言い、私が衣装を片づけていると、
「急がなくても大丈夫よ。あと、こちらをどうぞ。よかったら、皆さんで召し上がって」
そう言って、持参した菓子までくださった。
ほかの侍女たちは喜んで礼を述べ、私も菓子の箱を受け取って頭を下げた。
感じのよい方だと、私も初めはそう考えていた。
「でも、持参金はずいぶん少なくなったのでしょう?」
侍女の一人が、声を潜める。
「妹君が出してくださらなかったとか」
「お気の毒よね。お父上とお兄上まで、屋敷を出ることになったのでしょう?」
皆が同情するのも無理はない。
リディア様ご本人から聞いた話も、それとよく似ていた。
◆
こちらへいらした日の夜。
髪を梳いていると、鏡越しにリディア様が小さく息を吐いた。
「お疲れでございますか?」
尋ねると、リディア様は少し迷ったあと、寂しそうに微笑んだ。
「ごめんなさい。こちらへ来られたことは、うれしいのよ。ただ……家のことを思い出してしまって」
「ご家族のことでございますか?」
「ええ……妹が、リュークハルト家を継ぐことになったの。私はずっと家族だと思っていたのだけれど……あの子にとっては、違ったのかもしれないわね」
「それは……おつらいことでございましたね」
リディア様は、安心したように目を伏せた。
「それに、婚姻支度も、本当ならもう少し用意できるはずだったの。妹が事業で利益を出すようになったから、不足する分はそこから補ってもらえると、お父様から聞いていたのだけれど……」
そこで一度、言葉を切る。
「エリナから出してもらうことが難しくなって……」
「そうでございましたか……」
それだけを聞けば、妹君が家を継いだ途端、それまで家族のために使うはずだった金を惜しんだようにも聞こえる。
ところが、運び込まれた荷を開けたときから、私には気になることがあった。
衣装箱は五つもある。
夜会用のドレスだけでも、色や意匠の異なるものが何着も入っていた。刺繍には金糸が使われ、袖や胸元には細かな真珠が縫いつけられている。
宝石箱を開ければ、首飾りや耳飾り、髪飾りが幾重にも収められていた。どれも安価な品ではない。
子爵夫人でさえ、これほど多くの宝飾品を一度に並べることはなかった。
これだけの品をすでに持っている方を、果たして支度が足りずに困っている令嬢と呼ぶのだろうか。
さらに、エドウィン様から渡された好みの一覧には、高価な茶葉や香水、王都で人気の菓子店まで記されていた。
私が最初に抱いた印象は、
――ずいぶんお金のかかりそうな方だ。
というものだった。
◆
数日が過ぎても、リディア様の話は変わらなかった。
ご自分から家族の話を持ち出すことはほとんどない。誰かに尋ねられれば、少し迷ったあとで寂しそうに語るのだ。
話を聞くたびに、リディア様は妹君の変化を嘆いた。悲しそうな目で話されれば、ほかの侍女たちが同情するのも分かる。
皆は何度でもリディア様の話を聞き、そのたびに慰めていた。
それは正直、助かった。
同じ話が聞こえてくるたび、油断すれば、ため息が漏れそうになっていたからだ。
花嫁修業が始まったのは、その翌週だった。
子爵夫人はリディア様と向かい合い、支出台帳を机の上へ広げていた。
「では、こちらの支出を、項目ごとに分けてみてください」
夫人に促され、リディア様は支出台帳へ目を落とした。しばらく金額を追ったあと、困ったように眉を下げる。
「……申し訳ございません。こうした支出台帳には、あまり慣れておりませんの」
「ご実家では、どなたが管理なさっていたの?」
「父と兄です」
「あなたは、家政に関わることはなかったのかしら」
「妹がしてくれていましたので」
リディア様は、少し寂しそうに微笑んだ。
「あの子は、私に苦労をさせたくなかったのだと思います。私が何かしようとすると、すぐに自分で引き受けてしまって」
「まあ、そうだったの」
夫人は、それ以上何も言わなかった。
ただ、その日の午後から、予定が変更された。
衣装や食料品にどれだけの費用がかかるのか、リディア様ご自身で計算することになったのだ。
答えが合うまで、何度も。
リディア様は疲れた様子だったが、不満を口にすることはなかった。教えられたことには真面目に取り組んでいる。その点については、私も感心していた。




