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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@集英社WEB小説大賞金賞
二十三章

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最終話

婚礼当日。


支度を終えた私は、礼拝堂に設けられた控え室で、椅子に腰かけていた。


「これで大丈夫でございます」


リリアが背後から、ヴェールの位置をもう一度整える。


「ありがとう、リリア」


そう答えたものの、さっきから何度も膝の上で手を組み直していた。


向かいに座っていた義母が、そんな私を見て楽しそうに笑う。


「そんなに硬くならないで、と言っても難しいでしょうけれど」


「はい……」


分かってはいるけれど、胸の鼓動は先ほどから少しも収まってくれなかった。


やがて、礼拝堂へ向かう時間になった。


「では、私は先に行って待っているわね」


義母はそう言い残し、部屋を出ていった。


残ったリリアが、もう一度ドレスの裾を確かめる。


「参りましょう、エリナ様」


「はい」


私は椅子から立ち上がり、リリアとともに部屋を出た。


礼拝堂へ続く廊下を歩いていると、リリアが隣から私の顔を覗き込む。


「緊張していらっしゃいますか?」


「少し……」


答えてから、首を横へ振った。


「ううん。だいぶ」


リリアが小さく笑う。


「大丈夫でございますよ。今日お越しになっている方々は、皆様、エリナ様と伯爵様を祝福するためにいらしているのですから」


「……そっか」


その言葉を聞くと、少しだけ肩の力が抜けた。


やがて、礼拝堂の前へたどり着く。


大きな扉の前で、私は足を止めた。


「ここからは、エリナ様がお進みください」


「……分かったわ」


ゆっくりと扉が開いていく。


明るい光が差し込んだ。


その向こうには、たくさんの人たちがいた。


並んだ席には、これまで私たちと関わってきた方々の姿がある。


お義父様、お義母様。


ヴァルクレイン伯爵夫妻に、ハーゼルベルク子爵夫妻、《麦の鈴》の夫妻。


ミレーユとセシリアも、笑顔でこちらを見守ってくれている。


ルーカスとエルネスタ、マルティナやヴィオラの姿もあった。


ほかにも、茶会や仕事を通じて知り合った方々が、大勢集まっている。


皆から向けられる温かな視線を感じて、胸の奥がじんわりと温かくなった。


そして――。


礼拝堂の正面に、アーネストがいた。


黒を基調とした礼装に身を包み、まっすぐこちらを見ている。


私は、一人で歩き出した。


誰かに手を引かれることもなく、自分の足で、アーネストのもとへ向かう。


一歩ずつ近づくにつれ、彼の表情がよく見えるようになった。


いつもより、目を細めている。


やがて彼の前までたどり着くと、アーネストが私へ手を差し出した。


私は、その手を取る。


指先が触れた瞬間、先ほどまでの緊張が少しだけ和らいだ。


二人で司祭の前へ並ぶ。


「これより、お二人の婚礼の誓いを執り行います」


礼拝堂に、司祭の穏やかな声が響いた。


「アーネスト・グラーフ。これより先、生涯をともに歩み、喜びも苦しみも分かち合い、妻を大切にすることを誓いますか」


「誓う」


あまりにも間髪を入れない返事で、口元が緩みそうになった。


続いて、司祭が私を見る。


「エリナ・リュークハルト。これより先、生涯をともに歩み、喜びも苦しみも分かち合い、夫を大切にすることを誓いますか」


私は一度、ゆっくりと息を吐いた。


「誓います」


アーネストが私の手を取る。


そして、あの白銀の指輪を、ゆっくりと指へ通してくれた。


指輪が収まったのを見た途端、自然と顔がほころぶ。


今度は、私の番だった。


用意されていた指輪を手に取り、アーネストの手をそっと支える。少しだけ緊張しながら、その指へ指輪を通した。


司祭が私たちを見渡した。


「お二人の誓いは、ここに結ばれました。これより先、互いを支え、ともに歩まれますように」


礼拝堂に、拍手が広がった。


その音の中で、アーネストが私の方へ向き直る。


そっとヴェールが持ち上げられ、視界が明るくなった。


目が合う。


アーネストは、ただ、私を見つめていた。


「あの……アーネスト様?」


「……綺麗だ」


思わず目を瞬く。


「……こ、ここで仰るのですか?」


最後まで言えなかった。


アーネストの顔が近づき、唇がそっと重なった。


◆


婚礼の儀式を終えたあとは、グラーフ邸の大広間へ場所を移した。


長い卓には料理が並び、私とアーネストを囲むように招待客たちが席についている。


皆の杯に酒が行き渡ったところで、義父が立ち上がった。


「今日こうして、二人の門出を皆とともに祝えることを嬉しく思う。アーネスト、エリナさん。これからも二人で支え合って歩んでいきなさい」


「はい」


「……ああ」


義父が笑い、杯を掲げる。


「では、二人のこれからに。乾杯!」


「「「乾杯!」」」


いくつもの杯が掲げられた。


私も杯を持ち上げる。隣を見ると、アーネストと目が合った。


互いに杯を掲げ、口をつける。


冷たい飲み物が喉を通ると、ようやく一息つけたような気がした。


食事が一段落すると、大広間の脇には菓子や果物、軽い酒や茶が用意された。


席を立つ人も増え、先ほどまでよりずっと気楽な雰囲気で、あちこちに会話の輪ができている。


私とアーネストも席を立ち、皆へ挨拶して回ることになった。


真っ先にこちらへやってきたのは、ミレーユとセシリアだった。


「エリナ様、本当におめでとうございます! 呼んでいただけて嬉しかったです」


「こんな素敵な婚礼に参加できるなんて、私たちまで幸せな気分になりました」


「ありがとうございます。お二人にも来ていただけて嬉しいです」


セシリアが、私の婚礼衣装を眺める。


「その婚礼衣装、《フィル・ブラン》に仕立ててもらったものですよね? 本当によくお似合いです」


「まるで最初から、エリナ様のために考えられた意匠みたいです」


「そう言っていただけると嬉しいです。お二人の今日のドレスも、とても素敵ですよ」


「本当ですか? この日のために仕立てたんですよ」


二人は嬉しそうに笑った。それから、ふと顔を見合わせる。


「それにしても……思ったとおりでしたね」


「ええ。本当に」


「……何がですか?」


ミレーユが、ちらりと隣のアーネストを見る。


「だって、あの熱い眼差し」


「あんなに分かりやすかったのに、エリナ様ったら全然気づいていなかったでしょう?」


「そ、そうでしょうか……?」


「そうですよ。あのときだって、不思議そうに首を傾げていらしたじゃないですか」


セシリアが身を寄せ、私の耳元へ顔を近づける。


「ですから、もう少し詳しく、お二人の出会いについて――」


そのとき、アーネストが私の手を取った。


「まだ挨拶する相手がいる」


「え? あ、はい」


そのまま促され、私は二人の前から連れ出された。


背後から、こらえきれないような笑い声が聞こえてくる。


「放っておけ」


そう言うアーネストの歩みは、いつもより少しだけ速かった。


次に声をかけてくださったのは、《麦の鈴》の夫妻だった。


「エリナさん、おめでとう」


夫人が嬉しそうに杯を掲げる。


「私、思っていたよりずっと早くて驚いたわ。もう少し婚姻まで時間がかかると思っていたもの」


「そうなのですか?」


「僕は、案外早いと思ってたけどね」


ご主人が笑った。


「グラーフ伯爵、分かりやすかったから」


アーネストが黙る。


私はそっと杯へ口をつけた。


……もしかして、気づいていなかったのは私だけだったのかしら。


「……次へ行くぞ」


「は、はい……」


また手を引かれ、その場を離れる。


少し離れたところでは、サラ夫妻とカレン伯爵夫人が、卓に並べられた焼き菓子や干し果実を囲んでいた。


「この焼き菓子、美味しいわ。干し林檎のバランスがいいのね」


サラが、小さく切った焼き菓子を眺めている。


「最近、干し果物を使った菓子をよく見かけるようになったわね……今度の茶会で、わたくしも出してみようかしら」


カレン伯爵夫人が興味深そうに皿へ目を向けた。


「でしたら、菓子にするだけではなく、木の実と合わせても面白いですよ」


「まあ。それなら、ほかの茶会とも差をつけられそうね」


カレン伯爵夫人の目が輝いた。


そのまま三人で、どの果実を使うのがよいか話し始める。


どうやら、しばらく止まりそうになかった。


その向こうでは、ユリウスがオルブライト子爵夫妻と話していた。


先ほど子爵夫人から、姉は現在もブラン伯爵家で花嫁修業を続けているため、今日は出席していないと聞いている。


ブラン伯爵夫妻も領地を離れられず、代わりに嫡男であるはとこが家を代表して参列していた。


ちょうど目が合う。


彼はにこりと笑い、こちらへ片手を上げた。


私も笑って、小さく手を振り返す。


少し離れたところでは、義父とハインツが杯を手に、何やら楽しそうに笑っていた。ずいぶん話が弾んでいるらしい。


義母はハーゼルベルク子爵夫妻と話している。こちらも楽しそうで、時折三人の笑い声が聞こえてきた。


視線を移すと、ヴィオラがいた。


隣に立っているのは、由緒ある子爵家の令息だった。


ヴィオラが何かを話すたび、彼は興味深そうに何度も頷いている。


私と目が合うと、ヴィオラはいつもと変わらない優雅な笑みを浮かべ、杯を掲げた。


私も杯を上げて応える。


その間も、隣の男性はヴィオラの次の言葉を待つように、彼女を見つめていた。


別の一角では、マルセルとカイルが、何やら真剣な顔で話している。


「でしたら、リュークハルト領を経由した方が運送費を抑えられるのでは?」


「ただ、荷の積み替えが一度増えるからな。その分を考えると――」


婚礼の席だというのに、いつの間にか仕事の話になっているらしい。


……でも、その話は少し気になる。


あとで聞いてみようかしら。


そう思った、そのとき。


「エリナ様」


声をかけられ、振り返る。


ヴァルクレイン伯爵夫妻だった。


「……いえ」


伯爵夫人が、いたずらっぽく笑う。


「もう、グラーフ伯爵夫人とお呼びするべきね。本日は、本当におめでとうございます」


「ありがとうございます」


「料理も素晴らしい。海老が特に美味しかった」


伯爵も杯を掲げる。


「料理人お勧めの海老でしたから。喜んでいただけて、よかったです」


そう答えると、伯爵夫人が私の顔をじっと見つめた。


「ふふ……こうしていると、初めてお会いした夜会を思い出すわ」


「あのときは、本当に何も分からず……ご迷惑をおかけしました」


「違うのよ。あのときから、あなたは光っていたわ。だから声をかけたの」


伯爵夫人は夫へ視線を向けた。


「わたくしの見る目も、なかなかだったと思っているのよ」


すると、伯爵が横から笑った。


「それを言うなら、グラーフ伯爵の方が先だったんじゃないか?」


「……アーネスト様が?」


私は隣を見る。


アーネストは、なぜか視線を逸らした。


「覚えていないかい? 倉庫の修繕について話していたとき、君へわざわざ話しかけに行った男がいただろう?」


「……」


記憶の奥から、あの夜の光景が蘇る。


私の話を途中まで聞いて、


――そこまで考えているなら、悪くない。


そう言って、立ち去っていった人。


私はゆっくりと、隣を見上げた。


「……あれは、アーネスト様だったのですか」


伯爵夫人が楽しそうに笑う。


「しかも、あの夜会が終わってすぐだったわよね。この方、わたくしたちのところへ来たのよ」


「……」


アーネストの眉が、わずかに動いた。


「何をお話しになったのですか?」


「夫人」


アーネストが低い声で遮る。


「あら。別にいいでしょう?」


伯爵が杯を傾けながら、あっさりと言った。


「『あの令嬢は誰だ』って」


「……!」


思わず、アーネストを見上げる。


「本当ですか?」


「……昔の話だ」


アーネストは視線を逸らしたままだった。


けれど、その耳が少しだけ赤くなっている。


ヴァルクレイン伯爵夫妻が、楽しそうに笑う。


私はそんなアーネストの横顔を見つめて――とうとう、こらえきれずに笑ってしまった。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!


ここまでエリナの物語を読んでいただけたこと、とても嬉しく思います。


少しでも「面白かった!」「最後まで読んでよかった!」と思っていただけましたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、とても励みになります!


ブックマークや感想も大歓迎です。


最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!

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エリナさんおめでとう!!(´°̥̥̥ω°̥̥̥`) 気になってたヴィオラさんもお幸せそうでよかった お久しぶりのヴァルクレイン伯爵家夫妻!この方達は本当に恩人ですよね 初めての夜会で右往左往してたエ…
完結!素敵な物語をありがとうございます\(^o^)/ そして、この短期間にチョコチョコ書いてるコメントにお返事ありがたいです!楽しかったぁ! まだ続くようなので楽しんで読みます!
完結おめでとうございます。 エレナはとにかく感謝の心を忘れない、真心を忘れないいい子でした。プレゼントを自分で選べたのはすごく成長したんだなーと思いました。 父のおかげで隠れてるけども母も相当屑だと思…
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