第7話
商会を辞めたあと、すぐに次の仕事を探した。
二か月以上、問題なく帳場の仕事をしていたのだ。あの商会で揉めたとはいえ、ほかへ行けばいくらでも働き口はあると思っていた。
だが、思ったようにはいかなかった。
最初に訪ねた商会では、前にどこで働いていたのかを聞かれた。答えると、相手は少し考えたあと、「確認してから返事をする」と言った。
翌日、断られた。
次の商会でも似たようなものだった。
「帳場の仕事は、今は人が足りているので」
そう言われたが、募集の張り紙はまだ入口に出ていた。三軒目でも、四軒目でも同じだった。
「……話が回っているのか?」
大きな商会だったから、取引のある商人も多い。おそらく、余計なことまで話しているのだろう。
あいつらが自分たちの失敗を俺へ押しつけた挙げ句、今度は次の仕事まで邪魔するつもりなのか。
それでも、何もしなければ宿代も食費も減っていく。
仕方なく、日ごとに人を募集している荷運びや、荷車の積み下ろしをするようになった。
鉱山を出たというのに、また身体を使う仕事だ。
「くそ……」
その日も仕事を終え、宿の一階にある酒場へ入る。
「いつものか?」
「……ああ。それと、もう一杯」
以前は一杯飲めば十分だった。最近は、それでは足りない日が増えている。
一日中荷物を運び、商会を回っては断られる。その苛立ちを抱えたまま部屋へ戻る気にはなれなかった。
杯を空にし、二杯目へ手を伸ばしたところで、聞き覚えのある声がした。
「いたいた」
顔を上げる。
「……お前」
父の従兄弟が、笑いながらこちらへ歩いてきた。
相変わらず、仕立てのよい服を着ている。
「聞いたよ。仕事探し、苦戦してるんだって?」
「……誰から聞いた」
「この辺りの商会とは取引があるからね。前に働いていたところからも、すぐ話が入ったよ」
「なら……どうして何も言わなかった!」
「え? 何を?」
「俺が次の仕事を探していることを知っていたんだろう!? だったら、仕事くらい紹介してくれてもいいだろう!」
「うーん」
向かいの椅子へ勝手に腰を下ろし、俺を見る。
「でも、リュークハルト領の倉庫がどう管理されているかも知らなかった人には、任せられる仕事がないな」
「……何のことだ?」
「覚えてない? グラーフ邸で開かれた実務者会。私もあの場にいたんだよ。気づかなかった?」
少し思い出すように目を細める。
「エリナ嬢はすごかったな……修繕費を積み立てるだけじゃない。先に新しい倉庫を建てて、古い倉庫は補修して貸し出す。そこから費用を回収する方法まで、その場で考えていた」
「当たり前だ」
杯を卓へ置く。
「あいつには、領地の細かな仕事を任せていたのだからな」
「そう。そこなんだよ」
そう言って、俺を指差す。
「現場の確認や、報告をまとめるところは、エリナ嬢に任せていたんだろう?」
「お前だって、報告書を読むだけだろう!」
「まあ、そうだな」
あっさり認められ、言葉に勢いがつく。
「そうだろう? 俺と何が違う!」
「うーん。そうだな……報告書を見るときは、まず、なぜこの数字になったのか、前の月と比べて何が変わったのかを見る。書かれていないことで確認する必要はないかも考えるし、分からなければ担当者に聞く。そのくらいはするよ」
「そんなものは、報告する側が正しくまとめるべきだろう!」
「報告が間違っている場合もあるだろ?」
「それは下の者が無能だからだ!」
小さく息を吐く。
「下の者が必ず正しい報告を上げてくれるなら、君は何のためにいるの?」
「……は?」
「ねえ。報告に抜けがあったとき、それに気づいて確認してくれる者と、『書いていなかったから知らない』で済ませる者。君なら、どちらに仕事を任せたい?」
「っ……俺は、報告を読んで、必要な判断をしていた!」
「でも今回、その判断で上の人が慌てて別口の品を手配することになったんだろう?」
「あれは俺の判断のせいじゃない! 最初の報告に不備があったからだ!」
「うん。だから、報告を確認する人がいるんだろう?」
「……」
「私なら、エリナ嬢みたいな人が下にいてくれたらありがたいけどなあ」
「何がエリナだ……」
どうしてこいつもエリナなんだ。
「あいつは、俺とは違う! 後継者として家を背負う責任も、その重さも知らなかった!」
父の従兄弟が眉を上げる。
「そうだ……あいつが好きに現場へ出て、細かなことまで見て回れたのは、俺が上にいたからだ。何かあったとき、最後に責任を負うのは俺だったんだからな!」
「なるほど……一理あるな」
やっと分かったか。
顎へ手を添え、少し考えるように目を細める。
「じゃあ、実際に家が苦しくなったとき、穴を埋めるために動いていたのは誰だった?」
「……何?」
「君の父親が借金を作ったときだよ。家の金が足りなくなって、領地のことも家のことも回さなきゃならなくなった。そのとき、具体的に動いていたのは誰?」
「それは……」
言葉が続かなかった。
俺を見て、にこりと笑う。
「なんだ。答えは出てるじゃないか」
言葉が止まる。
しばらく俺を見ていたが、やがて立ち上がった。
「まあ、いいや。邪魔して悪かったよ」
そして店主へ顔を向ける。
「彼の今日の分は、私につけておいてくれ。私のおごりだ」
「馬鹿にしているのか!」
「そんなつもりはないよ」
にこりと笑う。
「日雇いの仕事が、明日もあるんだろう? 頑張って」
「おい!」
軽く手を振り、そのまま酒場を出ていく。
俺は卓の上の杯を睨んだ。
どいつもこいつも、エリナばかり評価する。あいつは、余計なところまで手を出していただけなのに。
そうだ。
俺が悪かったわけではない。
杯を掴み、残っていた酒を一息に飲み干した。
「……もう一杯」
店主へ声をかける。
明日もまた、荷運びの仕事がある。
俺は空になった杯を、乱暴に卓へ置いた。




