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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@集英社WEB小説大賞金賞
二十三章

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第6話

婚礼を数日後に控えた午後。


完成した婚礼衣装が、グラーフ邸へ届けられた。


「では、こちらへお立ちください」


仕立て師に促され、私は部屋の中央へ進む。少し離れたところでは、義母とリリアが待っていた。


あの日、一緒に生地と意匠を選んでから、何度か仮縫いはしていたけれど、すべてが完成した姿を見るのは今日が初めてだった。


「……なんだか、緊張します」


「まあ。今さら?」


義母が楽しそうに笑う。


「だって……あんなに素敵なドレスを、私が着るなんて……」


「だからこそ、婚礼衣装を着るのが楽しみなのよ」


その横で、仕立て師の助手も、布包みを抱えながら何度も頷いていた。


「私も楽しみです。最後の仕上げをしている間、ずっと見ていましたから」


「では、始めましょうか」


仕立て師が手を叩く。


私はリリアと助手に手伝ってもらいながら、婚礼衣装へ袖を通した。


乳白色の生地が身体を包んでいく。その上へ、細かな草花模様のレースが重ねられた。


袖を通し、背中を留めてもらい、腰まわりを整えてもらう。最後に大きく広がった裾を、仕立て師が一枚ずつ丁寧に整えていった。


「少しだけ、お待ちくださいね」


私は動かないようにしながら、そっと息を吐いた。


仕立て師が裾を整え、助手が最後にレースの重なりを確認する。


そして。


「……よし」


仕立て師が一歩下がった。


「できました」


その声を聞いて、義母がこちらを見る。


「まあ……!」


思わず、そちらへ顔を向ける。


義母は両手を胸元で合わせたまま、目を大きくしていた。助手も、ぽかんと口を開けている。


「……綺麗……」


「そ、そうですか?」


「は、はい! 仮縫いのときも素敵でしたけれど、全部仕上がると全然違います!」


仕立て師は何も言わず、少し離れたところで腕を組み、完成したドレスをじっと見つめていた。


やがて、長い息を吐く。


「……やりきりました」


「え?」


「思い残すことはございません」


「まあ、そんな大げさな」


義母が笑う。


「でも、本当に素晴らしいわ。こんな婚礼衣装、今まで見たことがないもの」


「ありがとうございます。このレースを裾まできれいに合わせるのが、なかなか大変でございまして……」


「そ、そうだったのですね。ありがとうございます」


私が頭を下げると、仕立て師は満足そうに微笑んだ。


「さて……今度はこちらね」


義母がリリアへ目を向ける。


リリアが、箱をいくつか持ってきた。


「エリナさん、開けてみて」


言われるまま、一つ目の箱を開く。


「……あ」


息が止まった。


中に収められていたのは、髪飾りだった。繊細な細工の中に、見覚えのある飾りが使われている。


「これは……お母様の……?」


「ええ」


義母が微笑んだ。


婚礼の準備を始めた頃、母が残したわずかな装飾品を、義母へ預けていた。


「そのまま使うことも考えたのだけれどね」


義母が箱の中を覗き込む。


「せっかくなら、あなたの婚礼衣装に合う形にした方がいいと思って、少し手を入れてもらったの」


もう一つの箱を開く。そこには、髪飾りと揃いになるよう仕立てられた耳飾りが入っていた。


「……」


しばらく、言葉が出なかった。


「勝手なことをしてしまったかしら?」


私は慌てて首を横へ振る。


「いいえ……すごく、嬉しいです。ありがとうございます、お義母様」


「ならよかったわ」


義母が、満足そうに頷いた。


「では、合わせてみましょう」


リリアが私の髪を持ち上げる。


仕立て師も近づき、首元から肩へかけて何度か視線を動かした。


「首元までレースがございますので、首飾りはない方がよろしいですね」


「やっぱりそうよね。髪飾りを少し高い位置につけたらいいかしら」


「はい。耳飾りを合わせる方が、ドレスを邪魔いたしません」


「では、そうしましょう。リリア、髪をお願いできる?」


「もちろんでございます」


仮にまとめてもらった髪へ、髪飾りが留められる。続けて、耳飾りもつけてもらった。


「最後はこちらね」


リリアが、別の箱からヴェールを取り出す。


薄く、やわらかなヴェールには、縁にだけ細かな刺繍が施されていた。


「こちらへ」


リリアが髪飾りへヴェールを留める。ふわりと、薄い布が肩から背中へ落ちた。


「さあ、見てごらんなさい」


私は、ゆっくりと鏡へ顔を向けた。


「……」


一瞬、そこに映っているのが、自分だと分からなかった。


物語の挿絵に描かれていた、花嫁姿のヒロインみたいだった。


「……ふぁ……」


変な声が出た。


義母が吹き出す。


「……私……花嫁さんみたい……」


「あら。当然でしょう?」


笑いながら言われ、ようやく自分でもおかしなことを言ったと気づいた。


鏡へ近づき、もう一度自分を見る。少し動けば、乳白色の生地が光を受け、やわらかく表情を変える。


「すごい……」


思わず、鏡の中の自分を見つめた。


「こんな素敵なドレスを着て……婚礼ができるなんて……」


「そうよ。もうすぐね」


義母も鏡越しに私を見つめる。


「ああ、楽しみだわ。皆、きっと驚くでしょうね」


「伯爵様も、あまりのお美しさに驚かれるでしょうね」


リリアが楽しそうに言った。


「驚きはするでしょうけれど、あの子はきっと――」


義母が答えかけた、そのとき。


扉の向こうから声がした。


「母上」


アーネストだった。


義母が扉を見る。私も、そちらへ顔を向けた。


「母上。いるのか」


「おりますけれど、何かしら?」


「少し確認したいことがある」


「今でなくてはいけないこと?」


「……婚礼についてだ」


「まあ。具体的には?」


「……」


沈黙した。


「アーネスト?」


義母が促す。


「……招待客について、少し」


「それなら、先日確認したでしょう?」


「……」


義母は、ちらりと私を見る。


それから、とても楽しそうな顔になった。


「今は入ってきては駄目よ」


「……なぜだ」


「エリナさんが、婚礼衣装を着ているの」


「……」


今までで一番長い沈黙だった。


「あの……アーネスト様、何か急ぎのご用事なのでは……?」


「大丈夫よ」


義母は即答した。


「でも――」


扉の向こうから、低い声がした。


「……そうか」


「ええ。そういうことだから、用事はあとで聞くわ」


「分かった」


足音が聞こえる。けれど、数歩進んだところで止まった。


「母上」


「まだ何か?」


「……いや」


再び足音が聞こえ、今度こそ遠ざかっていった。


私は扉を見たまま首を傾げる。


「結局、何のご用事だったのでしょう?」


「さあ?」


その横で、リリアが口元を押さえている。助手まで俯いて、肩を震わせていた。


「……?」


なぜ皆、笑っているのだろう。


「まあ、いいわ」


義母が、もう一度私を鏡の方へ向かせた。ヴェールを整え、満足そうに私の姿を見る。


「ますます、アーネストに見せるのが楽しみになったわね」


私は鏡の中の自分を見つめた。


「……はい」


今度は、少しだけ照れながら頷いた。

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― 新着の感想 ―
アーネストwwwさんwww(*´艸`*)
(三 )・・・ /三 |ソワソワ
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