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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@集英社WEB小説大賞金賞
二十三章

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第5話

鉱山へ来てから、三か月が過ぎた。


私は今日も、火攻めを終えた坑道の前に立っていた。


「……待て」


中へ入ろうとしていた鉱夫たちを呼び止める。


「右側の支柱を増やせ。それから、あの亀裂ももう一度確認した方がいい」


「またか?」


「昨日は問題なかったぞ」


「昨日と今日が同じだという保証はない」


鉱夫たちは顔を見合わせた。


「分かったよ。あんたが言うなら、止めておく」


以前なら、不満そうな顔をされた。だが今では、私が止めれば、鉱夫たちは素直に従うようになっていた。


少し前にも、私が作業を止めた坑道で、夜のうちに岩が崩れたことがある。それ以来、監督も私の判断を重く見るようになった。


仕事ぶりを認められている。それ自体は、悪いことではない。


だが――。


坑道の奥で、小石が転がる音がした。


全身が強張る。思わず天井を見上げ、灯りを握る手へ力を込めた。


ただの小石だ。


そう分かっても、心臓の鼓動はすぐには収まらなかった。


いつ岩が落ちてくるか分からない場所へ入り、命を懸けて安全を確かめる。


私は、本来このような仕事をする人間ではない。領地を治め、人を動かす側の人間だったのだ。


何度か、人目を避けてエリナへ手紙を出そうとした。だが、リュークハルト家やグラーフ伯爵家宛ての手紙は受け取ってもらえなかった。


一度など、臨時の手当で買った品を娘への贈り物として送り、その中へ手紙を忍ばせようとしたこともある。それすら、見つかって止められた。


別に、借金を代わりに返せと頼むつもりではない。ただ、私が今どのような場所で、どのような仕事をさせられているのか、それを知らせたいだけなのだ。


エリナだって、父親が毎日命の危険がある坑道へ入っていると知れば、さすがに放ってはおかないだろう。


問題は、その事実を伝える手段がないことだった。


ブラン伯爵は、いったいどこまで私を縛るつもりなのだ。


「ローレンス殿!」


坑道を出ると、明るい声をかけられた。


ブラン伯爵家の嫡男が、監督と並んで立っている。


「聞きましたよ。ずいぶん評判がいいそうじゃないですか」


「何の話だ……」


「慎重で、見落としが少ない。鉱夫たちも、あなたが確認したあとなら安心して入れると言っているそうです」


彼は楽しそうに笑った。


「まさか、これほど向いているとは思いませんでした」


「ちょうどよかった。少し、話したいことがある」


私は彼へ近づき、声を落とした。


「もう、この仕事を辞めたいのだ」


「どうしてです? 皆、あなたを高く評価していますよ」


「こんな危険な仕事は、私がすべきものではない!」


思わず声が大きくなる。


「私は長年、領地経営に関わってきた人間だ。せめて、そちらに関わる仕事へ移してくれ」


彼は少しだけ首を傾げた。


「ですが、領地を担保にしてまで作った借金について、ほとんど返済の準備をしていなかったのでしょう?」


息が止まった。


「……なぜ、それを」


「父上が、母上の保証に関わる書類をすべて確認しましたから」


彼はあっさりと答えた。


「長い猶予があったのに十分な対策をせず、最後には、当主でもないのに領地を差し出そうとしたと聞いています」


「返済のために、エリナにも働かせていた!」


「その事業を始めるよう、ローレンス殿が命じたのですか?」


「……いや。あれはエリナが自分で始めたものだ」


「でしたら、それはエリナ嬢の実績では?」


「違う!」


腹の奥が熱くなる。


「それを家のために続けさせたのは私だ。あの子が結果を出せたのも、私が事業を続けることを認めてやったからだ!」


「なるほど」


彼は妙に納得したように頷いた。


「あなたの考え方は、よく分かりました」


「そうだろう。人を使い、結果を出させるのも、上に立つ者の――」


「あなたは、他人が出した結果を、自分の実績にされる方なのですね」


「……何?」


「少なくとも、私はあなたに領地経営を任せたいとは思いません」


「なぜそうなる……私は、それぞれ得意な仕事を任せていただけだ。適材適所というものだろう」


「ええ、仰る通り。適材適所は大切です。この仕事では、あなたは本当に優秀だそうですよ」


彼は、私の肩を軽く叩く。


「せっかく天職を見つけたのです。頑張ってください」


「待て!」


立ち去ろうとする彼を呼び止める。


「せめて、エリナに伝えてくれ! 私が、このような危険な仕事をさせられていると!」


「それは無理ですね」


「なぜだ! 借金を代わりに返せと言っているのではない。ただ、伝えてくれれば――」


「あなた方からの連絡は取り次がないよう頼まれていますから」


「やはり、グラーフ家が噛んでいたか……」


思わず歯を食いしばる。


「なぜ、グラーフ伯爵にそんなことを決める権限がある!」


「今はお忙しいですからね。余計な心配事を増やすのもよくないからでしょう」


「何が忙しいというのだ! グラーフ家で何不自由なく暮らしているだけだろう!」


「婚礼の準備がありますから――あ」


「……婚礼?」


彼が口を閉じた。


「エリナが、式を挙げるのか?」


「……」


「いつだ……いつ挙げるんだ! なぜ私には何の連絡もない!」


彼は困ったように笑っただけだった。


「まさか、お前たちが知らせを止めているのではないだろうな!」


「では、引き続き仕事を頑張ってください」


「待て!」


彼は振り返らず、片手だけを上げた。監督とともに、そのまま歩き去っていく。


「待て! エリナに会わせてくれ!」


追いかけようとしたところで、鉱夫に肩をつかまれた。


「ローレンス、何をしている。次の確認を頼む」


「待ってくれ……娘が婚礼を挙げるらしいのだ。話を聞かなければ……」


「そりゃ、めでたいな」


「行かなければならない。手を離してくれ!」


「行きたければ、借金を返し終えてからにしろ。さあ、仕事だ」


肩を押され、再び坑道の入口へ向かわされる。


「待ってくれ……娘のもとへ行かせてくれ……!」


暗い穴の奥から、小石が転がる音が聞こえた。


足が止まりそうになる。それでも後ろから促され、私は暗い坑道へ足を踏み入れた。


「……私は、こんな仕事をする人間ではないのに……」


その呟きに答える者はなく、坑道の奥から響く槌の音にかき消された。

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― 新着の感想 ―
すごい…こんなに周りの人が噛み砕いて、自分が何をしたのか(しなかったのか)懇切丁寧に教えてくれているというのに、何一つ響いていない…( 'ᵕ' ; )
凄い!まだ言ってる! 反省しない人ってずっと反省しないんだなぁ。
カイジみたいになってきてる父w
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