第2話
その日の夕食でも、アーネストはどこか様子がおかしかった。
いつもより口数が少ない。
「……アーネスト様。婚礼のお料理、先ほど決めたものでよかったでしょうか?」
「ああ」
「海老は、お義父様がずいぶん推してくださったんですよ」
「ああ」
短い返事しか返ってこない。
私は少し考えて、別の話題を出してみた。
「王都でいただいた海老も、美味しかったですよね。また行きたいですね」
「そうだな」
「……」
アーネストは何事もなかったように、肉料理を切り分けている。
私はもう一度、話題を探した。
「そういえば、招待状をお送りした方は、皆様参加してくださるそうです。嬉しいですね」
「そうだな」
「それにしても驚きました。父の従兄弟と、アーネスト様がお知り合いだったなんて」
「そうか」
「はい。と言っても、私はほとんど会ったことがなくて……顔もおぼろげにしか覚えていないのですけど」
「そうか」
「……」
「……」
また、会話が途切れた。
アーネストはいつもと変わらない顔で、切り分けた肉を口へ運んでいる。
「アーネスト様、お疲れですか?」
「いや」
「……怒っています?」
そこでようやく、アーネストがこちらを見た。
「なぜそうなる」
「いえ……何となく、いつもよりお話しにならないので」
「別に怒っていない」
そう言うと、また料理へ視線を戻してしまった。
「……」
以前、義母から、アーネストは意外と分かりやすいところがあると聞いたことがある。
そのときは、本当にそうなのだろうかと思っていた。表情はほとんど変わらないし、言葉も多い方ではない。
でも、一緒に過ごす時間が増えて、少しずつ分かるようになってきた。
返事がいつもより短いとか。視線を合わせてくれないとか。肉を切る手が、ほんの少しだけ早いとか。
私は肉を一口食べながら、ちらりとアーネストを見る。
やっぱり、早く渡した方がいいかな。
でも、せっかくここまで隠したのだから、驚いてほしい。
私は膝の上で、そっと指先を握った。
◆
今夜の夜着は、以前アーネストが気に入ってくれたものにした。
リリアに髪を梳いてもらい、いつもより少し早めに寝室へ入る。
用意していた箱は、寝台の脇へ隠した。これなら、アーネストが入ってきても、すぐには気づかないはずだ。
あとは、いつものように待っていればいい。
「……」
私は扉を見る。
まだ来ない。
しばらく待ってから、時計へ目を向けた。
「……遅いなぁ」
いつもなら、そろそろ来てもよい頃なのに。
夕食のあと、仕事部屋へ戻っていたから、書類の続きをしているのだろうか。
私は寝台へ腰を下ろし、もう一度扉を見つめた。
◆
アーネストは、同じ書類を三度読み返していた。
内容は、ほとんど頭に入っていない。
「……」
卓上の時計を見る。
そろそろ寝室へ向かう時間だった。
それでも、立ち上がらない。
父上と母上には、贈り物があった。
別に、それがどうしたという話だ。
エリナが二人へ感謝を伝えたかった。ただ、それだけだ。
俺にないからといって、何の問題もない。
「……」
もう一度、時計を見る。
そもそも、贈り物など欲しいと思ったこともない。
必要なものなら、自分で用意できる。エリナから何かをもらわなければならない理由もない。
今日、父上があれほど得意げに見せてきたから、少し目についただけだ。
母上まで、わざわざ俺の前で胸飾りを手に取っていた。
それだけだ。
「……寝るか」
ようやく書類を閉じた。
浴室へ向かい、湯を浴びる。
その間にも、なぜか昼間に見た飾りが頭へ浮かんだ。
同じ原石から切り出した、二つの飾り。
二人が並んだときに、揃いだと分かるよう選んだらしい。
エリナが、二人のことを考えて選んだものだ。
「……」
別に、羨ましいわけではない。
そう結論づけ、寝間着へ着替えた。
いつもより少し遅れて、寝室の扉を開ける。
「アーネスト様」
足が止まった。
エリナが、寝台の端へ座っていた。
以前にも見た、藍色の夜着を身につけている。
襟元まできちんと覆われた控えめな意匠なのに、なぜか目を引く。
「まだ起きていたのか」
「はい。お待ちしていました」
エリナがこちらを見て笑う。
「お仕事の続きをなさっていたのですか?」
「……少しな」
嘘ではない。
仕事部屋にはいた。仕事が進んでいたかどうかは別だ。
「そうだったのですね。お疲れ様です」
なぜか、エリナはまだ笑っている。
「……なぜ笑っている?」
「え?」
エリナが目を瞬いた。
「あれ、私、笑っていますか?」
「ああ」
「そ、そんなつもりはなかったのに……」
両手で自分の頬を押さえる。
「うう……」
それでも口元は緩んだままだった。
何をそんなに嬉しそうにしているのか。
そう思って見ていると、エリナが寝台の脇へ回り込んだ。そして、そこに隠していたらしい細長い箱を取り出す。
「……?」
箱を両手で抱え、こちらへ戻ってくる。
俺の前まで来ると、なぜか少し落ち着かない様子で指先を動かした。
「あの……アーネスト様。いつも、私のことを大切にしてくださって、ありがとうございます」
エリナが箱を差し出した。
「私が選びました」
「……」
思わず、エリナの顔を見る。
次に、差し出された箱を見る。
「……俺にもあるのか」
口に出した直後、しまったと思った。
エリナが目を見開く。
そして。
「ふふっ」
笑った。
「笑うな」
「すみません。でも……嬉しくて」
「何がだ」
「アーネスト様が、私からの贈り物を欲しいと思ってくださったことが」
「欲しいとは言っていない」
「そうですね」
明らかに信じていない返事だった。
エリナは嬉しそうな顔のまま、もう一度箱をこちらへ差し出す。
「開けてくださいますか?」
俺は箱を受け取った。
蓋へ指をかけながら、エリナを見る。
目の前の彼女は、俺がどんな顔をするのか待っているようだった。
どうやら今日一日隠していたのは、俺を驚かせるためだったらしい。
それを知った途端、昼から胸の奥に引っかかっていたものが、あっさり消えた。
「……エリナ」
「はい?」
「ありがとう」
俺は、箱の蓋を開いた。
中に収められていたのは、懐中時計につけるための細い鎖だった。
銀色の鎖の途中に、小さな石が一つだけ留められている。
淡い緑色。
「……これは」
エリナの顔を見る。
目が合った途端、彼女は少し頬を赤くした。
「その……指輪の石と似た色のものを、探してもらったんです」
「……」
「お揃いにしちゃいました……」
言い終える頃には、耳まで赤くなっていた。
「あ、で、でも」
慌てたように言葉を続ける。
「これくらいなら目立たなくていいと思って。懐中時計の鎖なら、お仕事のときにも差し支えないかな、と。それに――」
最後まで聞く前に、腕を伸ばした。
「きゃっ」
腰を抱き寄せる。
エリナの身体が、そのまま胸元へ収まった。
「ア、アーネスト様?」
「目立つかどうかは、どうでもいい」
「え?」
「君が選んだんだろう。指輪に合わせて」
「……はい」
エリナが、俺のために何がいいかを考えた。
俺の指輪と揃いになるよう、石まで選んだ。
それを今日一日、俺に見つからないよう隠していた。
その事実だけで、どうしようもなく嬉しい。
「使う」
「本当ですか? ……よかった」
「毎日使う」
エリナの顔が、ぱっと明るくなる。
「そうしたら、毎日お揃いですね」
「……ああ」
嬉しそうに笑う顔を見ていると、昼間から自分が何を気にしていたのか、馬鹿らしくなってきた。
父上と母上にはあって、俺にはない。
そんなことで一日中引っかかっていたなど、本人には絶対に言えない。
「……エリナ」
「はい?」
顔を上げたエリナへ、口づける。
一度唇を離すと、彼女は少し驚いた顔でこちらを見た。
それから、照れたように笑う。
その顔を見た途端、もう一度唇を重ねた。
「ん……」
腰を抱いたまま、その身体を寝台へ預けさせる。
俺も隣へ身体を沈めると、エリナがこちらを見上げた。
寝台の脇には、開いたままの箱が置かれている。
中には、まだ一度も使っていない新しい鎖。
明日から使えばいい。
これから毎日、使う。
今は、それよりも――。
「アーネスト様……?」
俺は答える代わりに、もう一度エリナを抱き寄せた。




