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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@受賞・書籍化進行中
二十二章

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第8話

以前の私は、婚礼の料理なんて、皆が食べられるものなら何でもよいと思っていた。


でも、グラーフ家へ来てから、その考えは変わった。同じ肉でも、焼き方やソースによって、まったく味が違う。季節の野菜も、料理の仕方ひとつで驚くほど美味しくなる。


食事の時間そのものを楽しみにすることも、以前よりずっと増えた。


「……料理って、大切なのね」


思わず呟くと、向かいに座っていた義母が目を瞬いたあと、笑った。


「ようやく気づいたのね」


「こちらで美味しい料理をいただいたおかげです」


「あなた、いつも本当に美味しそうに食べるもの。料理長たちも喜んでいるわよ」


「そうなのですか?」


考えてみれば、初めて心から美味しいと思える料理をいただいたのも、このグラーフ邸だった。


今日は、婚礼の日に出す料理を決めるため、義母と料理長に相談することになっている。料理長は、すでにいくつかの献立を考えてくれていた。卓の上には、それを書き記した紙が何枚も並べられている。


「まず、こちらが一つ目の案でございます」


料理長が、一枚の紙を私の前へ置いた。


前菜に始まり、スープ、魚料理、肉料理。さらに野菜を使った料理や、最後に出す菓子まで書かれている。


私は上から順に目で追っていった。


「……こんなに出すのですか?」


普段の食事より、ずいぶん品数が多い。


「婚礼の宴ですもの」


義母が当然のように答える。


「とはいえ、一皿ごとの量は、普段のお食事より控えめにいたします」


料理長が説明を加えた。


「なるほど……」


それなら、すべて食べても動けなくなることはなさそうだ。


私はもう一度、献立へ目を落とした。


「こちらのお魚は、以前いただいたことがあります」


「はい。奥様がお気に召していたと伺いましたので、候補に入れさせていただきました」


「覚えていてくださったのですね」


その下には、別の魚を使った料理も書かれていた。


「こちらは?」


「今の時期によく捕れる魚でございます。淡白な味ですので、少し濃いめのソースを合わせる予定でおります」


「では、その次にお肉をいただいても、重くなりすぎない?」


「はい。そのように考えております」


説明を聞きながら、一つずつ見ていく。


自分だけで考えていたら、何を基準に選べばよいのかも分からなかっただろう。でも、料理長が理由を説明してくれると、少しずつ違いが分かってくる。


そのとき。


「大ぶりの海老もあるぞ」


突然、横から声がした。


顔を上げると、いつの間にか義父が献立を覗き込んでいた。


「あなた……ご予定があったのでは?」


「さっき終わった。エリナさんも前に美味しそうに食べていただろう」


義父は空いている椅子へ腰を下ろすと、当然のように献立を手に取った。


「あなたの婚礼ではありませんのよ」


「客としての意見だ。祝いの席なのだから、豪華な方がいいだろう」


思わず笑いそうになり、口元を押さえる。料理長は慣れているのか、何事もなかったように待っていた。


「エリナさんは、魚と海老ならどちらがいい?」


「ええと……」


私は献立へ目を落とし、少し考える。


「両方を少しずつ、というのは難しいでしょうか?」


「可能でございます」


料理長がすぐに答えた。


「魚料理を少し軽めにし、大ぶりの海老を添える形でしたら、その後の肉料理にも差し支えないかと存じます」


「では、それがいいです」


「ほら見ろ。海老も必要だっただろう」


「あなたが食べたいだけでしょう」


義母が呆れたように返した。


その後も、二人と料理長の話を聞きながら、一つずつ料理を決めていった。


「――では、料理につきましては、ひとまずこちらでよろしいでしょうか」


「はい。お願いします」


「承知いたしました。細かな調整につきましては、改めてご相談させていただきます」


料理長が一礼し、献立をまとめて部屋を出ていった。


「思っていたより、決めることが多いのですね」


私が息を吐くと、義母が笑った。


「まだ終わりではないわよ。実際に出す料理の試食もしなくては」


「あ……それは、ちょっと楽しみです」


「そうだろう」


そのとき、私はふと部屋の中を見回した。


アーネストはいない。今日は朝から用事があり、しばらく戻らないと聞いている。


今なら――。


「あの……お二人に、お渡ししたいものがあるんです」


義父が目を瞬いた。義母も、不思議そうに私を見る。


私は控えていたリリアへ目を向けた。リリアが頷き、用意していた細長い箱を持ってきてくれる。


それを受け取り、二人の前へ置いた。


「これまで、家のことも、婚礼のことも……本当にたくさん助けていただきました」


二人の顔を見る。


「ですから、何かお二人に贈りたいと思ったんです」


「まあ……」


義母の顔が明るくなる。


「開けてもよろしい?」


「はい」


義母が箱の蓋を開いた。


「これは……」


義母が、そっと胸飾りを手に取る。義父も、その隣に収められていたクラバット用の飾りを持ち上げた。


二人はそれぞれ手元の品を眺めたあと、ほとんど同時に相手のものへ目を向けた。


「あら」


「……同じ石なのか?」


「はい。同じ原石から切り出されたものだそうです」


私は少しだけ笑った。


「お二人が並んだときに、少しだけお揃いだと分かるものがいいなと思って」


二人が顔を見合わせる。


こうして並んでいる姿を見ると、やっぱりこの品を選んでよかったと思う。


「もちろん、無理に使っていただかなくても――」


「使うわ」


義母がすぐに答えた。


「とても素敵ですもの。ありがとう、エリナさん」


胸飾りを見つめながら、嬉しそうに微笑んでいる。


義父も、自分の飾りをしげしげと眺めた。


「私にも似合いそうだな」


「あなた、自分で言うのですか?」


「似合うものは仕方ないだろう」


義母が笑う。


その様子を見ているうちに、胸の奥がじんわりと温かくなった。


よかった。贈ってよかった。


「大切に使わせてもらうよ」


「……はい」


嬉しくなって、私も笑った。


そのとき、扉が開いた。


「何をしている」


聞き慣れた声に、肩が跳ねる。


振り返ると、アーネストが立っていた。


「え? お、お帰りなさいませ、アーネスト様」


早い。もう少し遅くなると思っていたのに。


「ああ」


アーネストはこちらへ歩いてくる。そして途中で、義母の手元にある胸飾りへ視線を止めた。


次に、義父が手にしているクラバットの飾りを見る。


「……それは?」


「いいだろう?」


義父が、どこか得意げに飾りを見せた。


義母も嬉しそうに胸飾りへ触れる。


「エリナさんからいただいたのよ」


「……そうか」


アーネストが、こちらを見た。


「……」


どうしよう。でも、せっかくなら驚いてほしい。


「……何だ」


「えっ」


「何か言いたそうだが」


「な、何でもありません」


「そうか?」


じっと見られ、私は慌てて義母の胸飾りへ視線を移した。


アーネストは、それ以上何も聞かなかった。ただ、しばらくしてから義父の手元へ、もう一度だけ視線を向けていた。

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― 新着の感想 ―
お義父さま意外と茶目っ気あって面白いですよね(笑) 義両親、息子の嫁の時点で滅茶苦茶可愛がってるんだから孫が産まれた日には…www
パッパとママンに喜んでもらえてよかったですね。 僕のは?と次の行にあるかと思わず探しました。 実は知り合いの子どもの口癖です。 伯爵様も口癖になるかも?
アーネスト、ちょっとヤキモチ? でも自分へのプレゼントで愛しさ大爆発するがいい〜。
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