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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@受賞・書籍化進行中
二十二章

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第7話

ブラン伯爵家へ身を寄せてから、一ヶ月が過ぎた。


「どうして私が……」


誰にも聞こえないよう、小さく呟く。


目の前には、食料庫から運び出された袋や瓶が並んでいた。小麦粉や干した豆、塩に蜂蜜、香辛料。それぞれの残量を確認し、帳面へ書き込まなければならない。


しかも、ただ数を書けばよいわけではなかった。前回の記録と見比べ、減り方に不自然なところがないかまで確かめるよう言われている。


「こんなこと、家政とは関係ないでしょう……」


私が学ぶべきなのは、子爵夫人として使用人をまとめ、客人をもてなし、家を取り仕切る方法のはずだ。


そう訴えたところ、家政を教えている女中頭から返ってきたのは、冷たい言葉だった。


――使用人が何をしているかも知らずに、どうやって指示を出すおつもりですか。


だからといって、実際に使用人の真似事までさせる必要があるのだろうか。私には、もっと花嫁らしい学び方があるはずだ。


「いたっ……」


ペンを置き、手を開く。指の一部が赤くなり、硬くなりかけていた。


こんな手では、次にエドウィン様とお会いしたとき、驚かれてしまうかもしれない。


「誰か」


近くで瓶を並べていた侍女へ声をかける。


「あとで、手に香油を塗ってくれないかしら。指が痛むの」


侍女が顔を上げるより早く、女中頭がこちらを見た。


「香油なら、お部屋に置いてございます」


「ええ。ですから、あとで誰かに塗ってもらおうかと」


「ご自分でお塗りください」


思わず目を瞬いた。


「でも、手当てをするのも侍女の仕事でしょう?」


「こちらで侍女をお付けするのは、正式な客人として滞在なさる方です」


女中頭は、わずかにも表情を変えなかった。


「リディア様は現在、家政を学ぶための実習中でございます。身の回りのことも、できる限りご自分でなさるよう、旦那様から申しつけられております」


「……そこまで徹底しなくても」


私は、いずれオルブライト子爵家へ嫁ぐ身なのだ。本来なら、子爵家の使用人たちから奥方として仕えられる立場になるのに、今は侍女から香油を塗ることさえ断られている。


部屋だってそうだ。一人で使わせてもらっているだけ、使用人よりはましなのかもしれない。


寝台と小さな机、衣装箱が一つ置かれているだけの狭い部屋だった。壁を飾る絵もなければ、花を生けるための花瓶すらない。


伯爵家へ身を寄せているというのに、どうしてこのような扱いを受けなければならないのだろう。


食事も使用人たちと同じものだった。さすがに伯爵家だけあり、料理はまずくない。肉も野菜も十分に使われ、パンもリュークハルト家で出されていたものより上質なくらいだった。


それでも、長い卓へ使用人たちと並んで座り、同じ大皿から料理を取ることには慣れなかった。


私が着席しても、誰も椅子を引いてくれない。茶が欲しければ、自分で注がなければならない。


皆が私をリディア様と呼ぶのに、その扱いは少しも令嬢らしくなかった。


「手が止まっております」


女中頭の声に、慌ててペンを取り直す。


「昼までに、こちらの棚を終わらせてください」


返事をせず、帳面へ目を落とした。


今は耐えるしかない。真面目に取り組んでいることが伝われば、オルブライト子爵ご夫妻も考え直してくださるはずだ。


その日の夜、私は机へ向かっていた。


便箋の上へ、慎重に言葉を書き連ねていく。


――親愛なるエドウィン様。


こちらへ戻ってからも、私は花嫁修業を続けております。


食料庫の在庫を調べ、帳面と照らし合わせる方法も学びました。


衣類の管理や、使用人の仕事についても、以前より理解できるようになったと思います。


慣れないことも多くございますが、エドウィン様の妻として恥ずかしくない者になれるよう、毎日努力しております。


書き上げた文章を読み返し、満足して頷いた。


つらい、帰りたいと訴えるよりも、努力している姿を見せる方がよい。私がどれほど真面目に取り組んでいるか分かれば、エドウィン様もご両親へ話してくださるだろう。


最後に、またお会いできる日を楽しみにしております、と書き加える。


封を閉じ、翌朝、使用人へ託した。


これでいい。


エドウィン様なら、きっと分かってくださる。


◆


仕事を終えて廊下を歩いていると、使用人たちが一室の前へ並んでいるのが見えた。


一人ずつ中へ入り、小さな革袋を受け取っている。どうやら、給金日らしい。


受け取った袋を手の中で確かめ、うれしそうに笑う者もいた。


私は足を止めた。


そういえば、私も毎日働いている。食料庫の確認だけではない。衣類の仕分けや帳面の書き写し、銀器の数を確認する仕事まで任されるようになった。


初めより、できることも増えている。


給金とまではいかなくとも、少しくらい褒美があってもよいのではないだろうか。


その日の夕食後、私はクレア大叔母様を訪ねた。


「大叔母様。少し、お願いがあるのですが」


「何かしら?」


「私、毎日きちんと家政を学んでおりますよね? 食料庫の管理も、以前より早くできるようになりました」


大叔母様は、わずかに表情をやわらげた。


「そうね。女中頭からも、初めより手が止まらなくなったと聞いているわ」


褒められたことがうれしく、自然と笑みが浮かぶ。


「それで……少しだけ、お小遣いをいただけないでしょうか。私も、毎日頑張っていますし」


大叔母様の顔から、笑みが消えた。


「あなたは働きに来ているのではないでしょう。家政を学ばせてもらっているのよ」


「ですが、実際に仕事もしております」


「部屋も食事も、こちらで用意しています」


「それは、身内なのですから当然では……」


言ったあと、大叔母様がわずかに目を伏せた。


「そうね……実習中とはいえ、あなたが行った作業にも、本来ならわずかな手当は出ているわ」


「では――」


「でも、あなたの滞在にかかる費用を差し引いた残りは、お父様の借金の返済へ回しているの」


「……え?」


「夫がそう決めたのよ」


「私は……そのような話を聞いておりません」


「そうでしょうね」


「どうして私のお金まで、お父様の借金へ回されるのですか? そもそも、こんなことになったのは、お父様とレオンの管理が甘かったせいでしょう?」


大叔母様は、すぐには答えなかった。


「……今は、きちんと家政を学びなさい。あなたが本当に自分の役目を果たせるようになれば、そのとき改めて考えましょう」


それだけ言うと、大叔母様は立ち上がった。


「大叔母様?」


返事はなかった。


大叔母様はそのまま部屋を出ていった。


私は重い足取りで自室へ戻り、狭い寝台へ腰を下ろした。


指には、今日も鈍い痛みが残っていた。香油を塗りながら呟く。


「どうして、私まで……」


なぜ、私が返さなければならないのだろう。

大叔母に処罰なし!?

と思われた方、彼女は夫からお小遣いをカットされております。


ただ、クズ家族(笑)と違って、伯爵夫人としての実績はありましたので(だからこそ一括返済できるだけの蓄えもあった)、こんな結果となりました。

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― 新着の感想 ―
あとがき、とても参考になります。まさに思っていたことでした。 伯爵が、真っ当な方で良かった。どうしてこんな方の妻として、大叔母が成り立つのだろう、と思っていましたが、甥の過度な甘やかし以外は、自分の勤…
やっぱり姉もそちら側だね。お嬢様は自分だけでよかったって思ってそう。妹に対しても施しを与えたって感じかな。矯正できるのかな?
 甥(クズ父)への甘やかし以外はちゃんとしていたからか…まあ、妻への愛情とかは薄れたかもだが、放り出さないあたりまだ穏当だよな。
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