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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@受賞・書籍化進行中
二十二章

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第4話

「ずいぶん、やわらかくなりましたね」


リリアは、私の手のひらへ香油をなじませながら言った。


婚礼の日取りが決まってから、義母の勧めで、毎晩こうして手入れをしてもらっている。


いくつか用意された香油の中から、白い花の香りがするものを選んでくれたのは、リリアだった。


初めの頃に比べると、乾燥して硬くなっていた指先はずいぶんやわらかくなり、爪にもつやが出ている。


「これなら、指輪もよく映えますね」


リリアが楽しそうに微笑んだ。


「えっ……そ、そうかな」


思わず、左手の薬指へ目を落とす。


アーネストから贈られた指輪は、婚礼の儀で改めてはめてもらうため、今は義母に預かっていただいている。


あの指輪を、もう一度アーネストにはめてもらえる。


そう思うだけで、胸が弾んだ。


「婚礼が楽しみですね」


「……うん」


小さく頷きながら、ふと思う。


アーネストは、私のために指輪を選んでくれた。


義父と義母にも、茶房のことをはじめ、これまでたくさん助けていただいている。


それなのに、私はいただいてばかりだ。


「ねえ、リリア。少し相談してもいい?」


「もちろんでございます」


「アーネスト様と、お義父様、それからお義母様へ……私からも何か贈りたいの」


リリアの顔が、ぱっと明るくなった。


「まあ。それは皆様、お喜びになると思います」


「でも、あまり大したものは贈れないし……」


「高価なものでなくてもよろしいのではないでしょうか。奥様が皆様のために選ばれたものでしたら、それだけで十分かと」


「そうかな……」


何がいいだろう。


菓子や茶葉、果実酒。


いつもの私なら、きっと食べたり飲んだりすればなくなるものを選んでいただろう。その方が、相手にも負担にならない。


けれど――。


私は、香油のなじんだ自分の手を見つめた。


アーネストから贈られた指輪は、これからもずっと私の手元に残る。


「……残るものが、いいかなと思うの」


リリアが、やわらかく微笑んだ。


「よろしいと思います。ご家族への贈り物なのですから、形に残るものを選ばれても」


「家族なら……そっか、そうよね。でも、そういうものって、どこで探せばいいのかしら」


宝飾品や小物を扱う店なら、王都にもいくつもあるのは知っている。ただ、私はそうした店に詳しいわけではないし、王都まで出かければ数日はかかる。


そうなれば、贈り物のこともアーネストたちに知られてしまうだろう。


「でしたら、商人をお呼びいたしましょうか」


「知り合いがいるの?」


「グラーフ家と長くお付き合いのある商人がおります。贈り物をお探しだと伝えれば、いくつか品を持って参りますよ」


思わず顔が明るくなる。


「お願いしてもいい?」


「かしこまりました。贈るお相手と、おおよそのご予算を伝えておきますね」


「ありがとう、リリア」


何を選ぼう。


義父には、何が似合うだろう。


義母なら。


それから、アーネストには――。


考え始めると、自然と頬が緩んだ。


そのとき、はっと思い出す。


「そういえば……私、伯爵夫人になってから、自由に使っていいお金をいただいているのよね?」


「はい。もちろんでございます」


そうだった。


婚姻したあと、家令から説明を受けた。


衣装や身の回りの品、個人的な贈答などに使えるよう、私個人の費用が用意されている。今のところ必要な支払いはすべて家令が処理してくれているので、自分で使った覚えがほとんどない。


「そこから、贈り物のお金を出してもいいのかしら」


「奥様のために用意されているものですから、もちろんでございます」


「よかった……いくらあるか知りたいのだけど」


「家令に確認して参ります」


しばらくして、リリアが一枚の書付を手に戻ってきた。


「こちらが、現在奥様がお使いになれる額でございます」


「ありがとう」


私は何気なく書付へ目を落とした。


そして。


「……」


書かれている数字を、もう一度見る。


「……え?」


思わず、書付へ顔を近づけた。


見間違いかと思った。けれど、何度見ても桁は変わらない。


「リリア……これ……私が使っていいお金なの?」


「もちろんでございます」


「……ひえ……」


思わず、変な声が出た。


◆


数日後。


私は、改装の様子を確認するという名目で、リュークハルト邸を訪れていた。


今日はここへ、リリアが手配してくれた商人に来てもらうことになっている。


グラーフ邸へ呼べば、アーネストたちに気づかれてしまうかもしれない。そのため、改装の確認に合わせて、こちらで会うことにしたのだった。


馬車が門をくぐったところで、私は思わず窓へ顔を寄せた。


「わあ……」


屋敷が、明るい。


長い年月で薄汚れていた外壁は、きれいな白に塗り直されている。黒ずんでいた窓枠も補修され、木部には新しく塗料が塗られていた。


「かわいい……」


以前とは、まるで印象が違う。


馬車が玄関前へ到着し、私は差し出された手を取って降りた。


「お待ちしておりました、当主様」


玄関前で待っていたセバスが、深く頭を下げる。


「お疲れ様。外から見るだけでも、ずいぶん変わったわね」


「外壁は、ほぼ作業を終えております」


「花壇は、これからなのね」


「はい。植える花につきましては季節もございますので、庭師と相談しながら進めております」


セバスの視線を追う。


庭では、何人もの庭師が花壇の土を掘り返していた。


以前から花壇はあったけれど、ここ数年は最低限の手入れしかされていなかった。枯れた株が残り、低木も伸びたままになっていた場所が、今はきれいに整理されている。


どんな庭になるのだろう。


茶房のお客様が、窓から庭を眺めながらお茶を飲む。


そんな光景を想像すると、自然と頬が緩んだ。


セバスに案内され、屋敷へ入る。


玄関広間の壁には、淡い若草色の壁紙が張られていた。腰の高さまである木部も磨き直され、床にもつやが戻っている。


「うん。お義父様のおっしゃったとおり、若草色にしてよかった」


そのとき、廊下の向こうから声が聞こえてきた。


「もう少し窓側へお願いします」


見ると、二人の従僕が小さな丸卓を運んでいる。


その横では、以前からこの屋敷に仕えている侍女が、置く位置を指示していた。別の侍女たちは、新しく届いたらしいテーブルクロスを一枚ずつ広げ、汚れやほつれがないか確認している。


「皆、忙しそうね」


「はい。開店へ向けて、それぞれ担当を決めておりますので」


「……でも」


私は、働く使用人たちを見回した。


忙しそうなのに、以前とは少し違う。


「前より、皆楽しそう」


「ええ。新しい仕事を覚えることを、楽しみにしている者も多いようでございます」


「そう……」


少し前まで、この屋敷がどうなるのか、誰にも分からなかった。ここで働き続けられるのかさえ、不安だったはずだ。


それが今は、皆が新しい仕事へ向けて動いている。


やっぱり、この屋敷を茶房にすることにしてよかった。


庭に面した応接室へ入る。


「もう、すっかり客席らしくなったわね」


窓辺には丸卓と椅子が置かれ、壁際には小さな飾り棚が並んでいる。


私は窓辺へ近づいた。


「こちらの席からなら、庭がよく見えるわ」


「お義父様が、庭の見える席は多くした方がよいと」


「そうだったわね」


義父は、最後までそこだけは譲らなかった。


それを思い出して、少し笑ってしまう。


「では、こちらへ」


セバスに案内され、さらに奥へ進んだ。


廊下では従僕が椅子を運び、侍女がカーテンの丈を確認している。厨房の近くでは、料理人たちが新しく入った棚へ器具を並べていた。


「あ……」


一つの扉の前で、足が止まった。

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― 新着の感想 ―
クズ'sたちとの落差がエグいw エリナの預かり知らぬ所で、どんどん転がり落ちていくクズたち。 いまだに何が悪かったのか分かって無いところが救いようがない‥‥
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