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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@受賞・書籍化進行中
二十二章

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第3話

鉱山へ送られてから、十日ほどが経った。


「なぜ俺が、使用人どもと一緒に働かなければならないんだ……」


鉱石を詰めた籠を背負いながら、声を潜めて呟く。


周囲にいるのは、ブラン伯爵家の下働きや、領内から集められた鉱夫ばかりだった。


ついこの間まで、俺はリュークハルト家の後継者だったのだ。本来なら、こいつらへ指示を出す側の人間だった。


それが今では、汗と土にまみれ、同じ服を着て、同じ坑道を行き来している。


耐えろ。今だけだ。


家督を取り戻せば、すべて元どおりになる。勝手に改築された屋敷も、すぐに元へ戻させる。


「何を止まっている!」


怒鳴り声に、現実へ引き戻された。


振り返ると、監督が険しい顔でこちらを睨んでいる。


「後ろがつかえているだろう! さっさと運べ!」


「今、行こうとしていた」


「口を動かす前に足を動かせ!」


周囲から、押し殺した笑い声が聞こえた。


「……くそっ」


歯を食いしばり、再び歩き出す。籠の紐が肩へ食い込み、背中には汗が流れていた。


しばらくして、坑道の外がわずかに騒がしくなった。


何事かと思って顔を上げると、身なりのよい若い男が、鉱山の管理人とともに歩いてくる。


ブラン伯爵の息子――父の従兄弟にあたる男だった。


領内の仕事を見て回っているらしい。


こちらに気づくと、奴は明るい顔で片手を上げた。


「レオン、頑張っているな!」


「……」


「慣れるまでは大変だろうが、頑張れよ」


そう言って、笑顔のまま通り過ぎていく。


あいつは汚れ一つない服を着て、管理人から説明を受けている。


同じ貴族の血を引いているというのに、なぜ俺だけが鉱石を運んでいるのだ。


「領地さえ取り戻せたら……!」


「何をしている! 次を運べ!」


再び監督の声が飛んできた。


◆


待ち望んでいた給金日が来た。


これまでの働きで、どれほど貯まっただろう。


一度の給金で代理人を雇えるとは思っていない。それでも、何度か受け取れば、申し立てを始めるための金くらいにはなるはずだ。


名前を呼ばれ、帳面を置いた机の前へ進む。


係の男から渡されたのは、小さな革袋だった。


手に載せた瞬間、眉を寄せる。


――軽い。


袋を開き、中を確かめた。


「……これだけか?」


「そうだ」


「何かの間違いだろう。俺は毎日休まず働いたんだぞ」


係の男が、帳面へ目を落とす。


「食費、宿舎代、作業着代を引いている。それから、残りの一部はローレンス殿の借金返済へ回されている」


「……は?」


思わず顔を上げた。


「なぜ俺の給金から払うんだ! 俺には関係ないだろう!」


声を荒らげると、周囲の者たちがこちらを見る。


係の男は、顔色一つ変えなかった。


「鉱山へ来る前に、ブラン伯爵から説明を受けなかったのか。生活に必要な分を除き、給金は返済へ回すと」


「借金を作ったのは父上だ! 俺には返済義務などない!」


「俺に言われても知らん。旦那様の指示だ」


「……大叔父上は、今どこにいる」


「屋敷へ戻られているはずだが」


俺は革袋を握りしめた。


「話をしてくる」


このままでは、いつまで経っても金が貯まらない。こんな馬鹿げた話を認められるものか。


◆


大叔父上の前へ通されるなり、俺は革袋を卓の上へ置いた。


「大叔父上。どういうことですか」


大叔父上は書類から顔を上げた。


「何がだ」


「俺の給金です。なぜ父上の借金返済へ回されているんです」


「ああ。そのことか」


あまりにも平然とした返事に、苛立ちが増した。


「俺は父上の保証人でも何でもない。なぜ俺が返さなければならないんですか」


「お前の父親が言っていたからだ。家族なのだから、困っている者を助けるのは当然だ、と」


言葉に詰まる。


「自分の借金も、家族で力を合わせて返せばよいそうだ。ならば、お前にも協力してもらおうと思ってな」


「ふざけないでください!」


思わず卓へ手をついた。


「あんな男の借金など、俺には関係ありません!」


「父親だろう」


「だから何だというんです! 俺は父上のせいで、すべてを失ったんですよ!」


声が部屋へ響いた。


「俺は犠牲者なんです! まだあの男に奪われなければならないんですか!? あんな男、もう家族でも何でもない!」


大叔父上が、しばらく俺を見た。


「……家族ではない、か。そうか」


それだけ言うと、再び書類へ視線を落とす。


「だが、私には関係ない」


「……何ですって?」


「私の妻が、お前の父親の借金を背負わされているのだぞ。お前たちが互いを家族と思っているかどうかなど、私の知ったことではない」


「……大叔父上のお気持ちも分かりますが――」


「私は夫として、その返済を求める立場にある」


大叔父上が顔を上げる。


「本人だけで足りないというのなら、家族で返すべきだという本人の言葉どおり、お前たちにも協力してもらうまでだ」


ずいぶんなこじつけだ。


そんな理屈で、なぜ俺の給金まで取られなければならない……!


「……なら、ここを出ます」


手を強く握る。


「こんな不当な扱い、受け入れられない」


「そうか」


大叔父上は、あっさりと書類へ視線を戻した。


「なら、好きにしろ」


あまりにも簡単に言われ、思わず目を瞬いた。


「それだけですか」


「ほかに何がある」


「俺がここを出ても、構わないと?」


「止める理由がない。お前は成人している。自分で生きると言うのなら、勝手にすればいい。ただし、今後こちらへ金を借りに来るな。クレアを頼ることも許さん」


腹の底が熱くなる。


「分かりました……こんなところ、こちらから願い下げです」


大叔父上はもう俺を見ていなかった。


俺がまだ何か言おうとしているのに、書類へ目を落としている。


「俺は、必ず家督を取り戻しますから」


それでも、大叔父上は顔を上げなかった。


俺は扉を開け、そのまま部屋を出た。


許せない。


父上も、大叔父上も。


俺の人生を勝手に決めやがって!


こうなったら、自分の力でリュークハルト家を取り戻すしかない。そうすれば、誰が正しかったのか分かるはずだ。


廊下を歩いていると、向こうから男が一人やってきた。


はとこだった。


今日も仕立てのよい上着を着て、いかにも機嫌よさそうな顔をしている。


「おや、レオン」


こちらに気づくと、笑顔で片手を上げた。


「父上に会いに来たの?」


「……ああ」


すれ違いかけて、足を止める。


こいつは昔から、どこか軽い。


領地の仕事はしているらしいが、いつ会っても妙に楽しそうで、真面目に物事を考えているようには見えなかった。


正直、あまり好きではない。


だが――自由にできる金くらい、持っているだろう。


「少しいいか」


「何?」


「金を貸してくれないか」


「え? 嫌だけど」


あまりにも早い返事に、耳を疑った。


「……まだ金額も言っていないぞ」


「金額の問題じゃないからね」


「必ず返す」


「そう言われてもなあ」


はとこは困った様子もなく笑っている。


「私は、勝ち目のない勝負に金を出さない主義なんだ」


「……勝ち目がないだと?」


「違うの? 貴族法院へ再審を申し立てるためなんじゃないの?」


「そうだが、なぜそれで勝ち目がないことになるんだ!」


「だって判決が出て、遺言が認められたんだろう?」


「遺言だけがすべてではないはずだ! 過去には遺言が認められなかった事例だってある! 俺は長年、後継者として領地の仕事をしてきた。その実績を主張すれば――」


「でもさ」


はとこが、笑ったまま首を傾げた。


「まともな代理人なら、そもそも引き受けないんじゃない?」


「……何?」


「審議は長引かなかったんだろう? 私なら受けないなあ」


「……金さえあれば、必ず見つけられる」


「そっか。そうかもね」


にこりと笑う。


「じゃあ、頑張れ。応援してるよ」


「……お前」


「悪いね、私は父上に用があるから」


軽く手を振り、そのまま大叔父上の部屋へ向かっていく。


俺はしばらく、その背中を睨んでいた。


……いいだろう。必ず見返してやる。


俺は革袋を握り直し、自分の荷物をまとめるために歩き出した。

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― 新着の感想 ―
まぁ、そう。兄に関しては他に仕事探せばええやんとは思う。出来るかは知らんがなw
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