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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@受賞・書籍化進行中
二十二章

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第2話

婚礼の日取りと場所が決まり、準備が始まっていた。


まだ決めなければならないことは多い。今日は、婚礼へ招く方々について、アーネストと相談していた。


グラーフ家から招くのは、親しく付き合いのある貴族や近隣の領主、領地経営に関わる方々。それに、アーネスト自身が付き合いを続けている友人や知人だ。


もっと大勢になるのかと思っていたけれど、アーネスト自身が招きたいという方は、思っていたよりずっと少なかった。


それでも。


「……」


手渡された名簿を見つめたまま、私はアーネストの膝の上でしばらく動けなかった。


「どうした」


「いえ……」


知っている名前が、いくつも並んでいる。もちろん、直接お会いしたことがあるという意味ではない。


侯爵家や伯爵家の当主、王宮で要職に就いている方。貴族の娘として覚えるよう教えられた名前や、グラーフ家へ来てから改めて教わった名前が、当たり前のように並んでいた。


「……この方々をお招きするのですか?」


「そのつもりだが」


私はもう一度名簿へ目を落とした。


これだけの方々が一堂に集まるのかと思うと、今から緊張してしまう。


「気にする必要はない」


「そう言われましても……」


「俺が付き合いのある者を呼ぶだけだ」


アーネストは、本当に何でもないことのように言った。


私は小さく息を吐き、ふと一つの名前に目が止まった。


クラウゼン子爵家。


その下には、ヴィオラの名前もある。


「……ヴィオラ様も、お招きするのですね」


「ああ。クラウゼン子爵家とは付き合いがあるからな」


お会いするのは、あの茶会以来になる。


私たちの婚礼に招かれて、彼女はどう思うのだろう。


「何だ」


「いえ……ヴィオラ様は、いらっしゃるでしょうか」


「来るかどうかは向こうが決めることだ」


「……そうですね」


そう答えながら、私はちらりとアーネストを見上げた。


ヴィオラは、家柄も申し分なく、美しい方だ。


……アーネストは、ヴィオラのことをどう思っていたのだろう。


「まだ何かあるのか」


「いえ、その……ヴィオラ様は、とても素敵な方ですよね」


「そうだな」


あっさり肯定されて、胸の奥がほんの少しだけざわついた。


確かに、その通りなのだけれど。


「では、どうして……」


「何がだ」


口にしかけて、私は止まった。


こんなことを尋ねるのは、おかしいだろうか。


「……何でもありません」


「エリナ」


名前を呼ばれ、仕方なく顔を上げる。


アーネストはしばらく私を見つめたあと、口を開いた。


「ヴィオラ嬢を妻にしたいと思ったことはない」


「えっ」


「聞きたいのは、それだろう」


「そ、それは……」


否定できずにいると、アーネストがわずかに目を細めた。


「彼女に何か問題があるという意味ではない。家柄も、令嬢としての振る舞いも申し分ないと思う」


「では、なぜ……」


「理由が必要なのか」


「そういうわけではありませんけれど……」


アーネストは少しだけ考え、それから私の腰へ回していた腕に力を込めた。


「君ではなかった。それだけだ」


一瞬、意味が分からなかった。


けれど、理解した途端、胸の奥がきゅっと甘く締めつけられる。


私はアーネストの胸元へ、そっと身を寄せた。腰へ回されていた腕が、少しだけ強くなる。


「……それで、君が呼びたい者は決まったか?」


「あ……はい」


慌てて帳面へ目を戻した。


「《小麦の鐘》のご夫妻と……カイルさん。それから、マルコさん……ええと、それから……」


「呼べばいい」


アーネストは、私の肩越しに手元を覗き込んだ。


「俺たちの婚礼だ。呼びたいだけ呼んだらいい」


「……はい」


私は頷き、さらに名前を書き足した。


少し前まで、知り合いと呼べる相手は、ほんのわずかしかいなかった。それなのに、いつの間にか、婚礼へ招きたいと思える人がこんなにも増えていた。


「全員を式へお招きするのは、難しいですよね」


「礼拝堂に入れる人数には限りがあるからな」


「そうですよね。うう、線引きが難しい……あ。あの、婚礼とは別に、領地の皆さんにもご報告したいのですけれど……」


「何か考えているのか」


「茶房が完成したら、そこで改めてお披露目の場を設けるのはどうでしょうか」


私は顔を上げた。


「領地の方や、これまで事業を支えてくださった皆さんをお招きして、茶房の開店のお披露目も兼ねて、ささやかな宴を開けたらと……」


アーネストは、少し考えるように目を細めた。


「いいと思う」


「本当ですか? ……でも、二度も宴を開くとなると、アーネスト様がお疲れになるのでは……」


「俺のことはいい」


「ですが、忙しくなりますよ?」


「……俺の心配をしているのか」


「え? もちろんです」


少し照れくさくなって、私は帳面へ視線を落とした。


「……大切な方ですもの」


そう口にした途端、腰へ回されていた腕に力がこもった。


「きゃ……」


不意に身体を引き寄せられ、私は目を瞬く。


婚姻してから、アーネストはときどき、こうして何の前触れもなく距離を縮めてくる。


私はアーネストの肩へ、そっと頭を預けた。


……幸せ。


アーネストの腕の中にいると、何度もそう思う。できることなら、ずっとこのままでいたいくらいだった。


ぼんやりそんなことを考えていると、腰へ回されていた腕の力がわずかに緩んだ。


アーネストが私の左手を取る。


「どうかなさいましたか?」


答えはない。


長い指が私の指の間へゆっくりと入り込み、そっと握られる。


指を絡めたいのだろうか。


そう思っていると、アーネストのもう一方の手が上着の内側へ伸びた。


取り出したのは、小さな箱だった。


「これは……?」


アーネストが箱を開く。


中には、白銀の細い指輪が収められていた。


表面には繊細な蔓草の模様が刻まれ、正面には小さな淡い緑色の石が埋め込まれている。光を受けるたび、若葉のような柔らかな輝きが揺れた。


「君の指輪だ」


「私の……」


アーネストは私の左手を支えたまま、指輪を手に取った。


「思ったより、時間がかかった」


私は指輪を見つめたまま、言葉を返せなかった。


「……好みではなかったか?」


不安そうな声に、私は慌てて首を横へ振る。


「いいえ。とても……とても素敵です」


アーネストは私の薬指へ視線を落とした。


指輪が、ゆっくりと指を通っていく。


「……ぴったり」


私は、指輪とアーネストを交互に見る。


「どうして、私の指の大きさを?」


「君が眠っている間に測った」


「えっ」


「起こせば、気づかれると思った」


胸がいっぱいで、今にも涙がこぼれそうだったのに、夜中に真剣な顔をして、私の指へ糸を巻いているアーネストの姿を想像してしまう。


「ふふっ……」


こらえきれずに笑うと、アーネストが眉を寄せた。


「なぜ笑う」


「すみません……でも、眠っている私の指を測っていたのかと思うと……」


「仕方がないだろう。驚かせたかった」


少し不満そうな声に、ますます笑みがこぼれた。


「はい……とても、驚きました」


私は、指輪のはまった手を胸元へ寄せる。


淡い緑色の石が、小さく光った。


「ありがとうございます。大切にします」


それだけでは足りない気がして、私はアーネストの胸へ抱きついた。


一瞬、アーネストの体が固まったが、すぐに両腕が私の背へ回された。


思っていたより強く抱き締められ、胸がまた大きく鳴る。


やがて、アーネストの手が私の頬へ触れた。


「エリナ」


「はい?」


顔を上げた途端、唇が重なった。


一度、離れる。


けれど、すぐにもう一度。


「ア、アーネスト様……?」


返事の代わりに、また唇を塞がれた。


気づけば、身体がゆっくりと傾いている。


背中が長椅子へ沈んだ。


見上げると、アーネストがすぐ近くにいる。


「……あの」


「嫌か?」


「い、嫌ではありませんけど……」


答えた途端、アーネストの目が細くなった。

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― 新着の感想 ―
あま────い!!!"(ノ*>∀<)ノ ヴィオラさんもどうしてるかな?って気になってたので久々にお名前聞けてよかった あの茶房でのお茶会はどう見てもグラーフ家のお嫁さん内定のお披露目のお茶会でしたよ…
浮かれポンチですね! 某静かな魔女さんの物語の精霊メイドの声が頭に出てきました!
きゃぁ…最初からずっとこの会話中膝上だった(*´▽`*)!最後まで甘い°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
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