↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@受賞・書籍化進行中
二十二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

170/194

第1話

鉱山へ送られてから、五日が経った。


初日はどうなることかと思ったが、仕事そのものにはすぐに慣れた。


私が任されたのは、火攻めを終え、熟練者が安全を確認したあとの坑道へ入り、決められた箇所を見て回る仕事だった。


火が完全に消えているか。煙や熱気が残っていないか。一通り確認し、異常がなければ監督へ報告する。


それだけだ。


鉱石を砕く必要もなければ、重い籠を背負って運ぶ必要もない。危険な仕事だと聞かされていたため、初めは身構えていたが、この程度なら大したことはなかった。


「今日も異常はありません」


坑道から戻り、監督へ告げる。


「そうか。では、三番坑道へ採掘班を入れる」


監督は短く答え、私の報告を帳面へ記した。


文字を読めない者も多い中、私は自分で確認結果を書き残すこともできる。そのためか、ほかの作業員よりも丁重に扱われていた。


食事の量も悪くない。給金も、想像していたよりずっとよかった。


鉱石を運ばされているレオンより、明らかに多い。


やはり、力だけを使う仕事と、状況を見て判断する仕事では価値が違うのだ。


私は、人に使われる側よりも、こうして状況を見て判断する仕事に向いている。


ここの者たちも、ようやく私の能力を理解したらしい。


「父上ばかり、なぜそんなに給金が高いんだ」


夕食の席で、レオンが不満そうに言った。手のひらには布が巻かれ、顔にも疲れが浮かんでいる。


「仕事には、それぞれ求められるものが違う」


私はパンをちぎりながら答えた。


「私の仕事は、状況を見て判断する必要がある。それだけ責任も重いということだ」


「坑道へ入って、見て戻るだけだろう」


「その判断を誤れば、何人もの作業員に影響が出る。責任の重さが違うのだ」


レオンは納得していない様子だったが、それ以上は言い返さなかった。


悪くない。


少なくとも、鉱石を運び続けるよりは、私にふさわしい仕事だった。


しかも四日目には、思いがけないこともあった。


「伯爵家からだ。今月は出鉱量が予定を上回ったから、働いている者全員へ臨時の手当が出る」


監督から渡された小さな革袋を受け取り、中を確かめる。


銀貨が数枚入っていた。


「これは伯爵からのご厚意だ。返済とは別に、好きに使っていいそうだ」


思わず袋を握り直した。


普段の給金はほとんど返済へ回されるが、こうして手元へ残る金もあるのなら、働くこと自体は思っていたほど悪くないと思えた。


ブラン伯爵も、働く者への配慮くらいはできるらしい。


もっとも、いつまでもここにいるつもりはない。


エリナが勝手に屋敷を茶房へ変えたことを思い出すと、今でも腹が立つ。何の相談もなく、商売のために造り替えるなど。


それもこれも、グラーフ伯爵の入れ知恵なのだろう。まったく、面倒な男に惚れてくれたものだ、エリナも。そんなところまで、フリージアに似なくてもよかったのに。


だが、茶房が利益を上げるというのなら、使い道はある。茶房までうまくいけば、領地から得られる金はさらに増えるはずだ。


それだけあれば、叔母上に立て替えてもらった分など、思っているより早く返せるのではないか。


問題は、どうやってエリナへ話を通すかだ。


ブラン伯爵からは、グラーフ伯爵家にもリュークハルト家にも近づくなと言われている。


手紙も勝手には出せない。鉱山の出入りも、思っていた以上に厳しく見られていた。


少し話をすれば済むことなのに、余計なことをしてくれる。


私は革袋を懐へしまった。


「まあいい」


ここで働きながら、方法を考えればいい。


そう思っていた。


翌日の昼までは。


「うわああっ!」


坑道の奥から、男の悲鳴が響いた。


周囲にいた作業員たちが、一斉に走り出す。


「布を持ってこい!」


「担架だ! 早くしろ!」


怒鳴り声が飛び交う中、数人の男に担がれた作業員が運び出されてきた。


脚が、不自然な方向へ曲がっている。破れた衣服の下から流れ出した血が、黒い地面へ落ちていく。


その男は、私と同じ確認作業をしていた者だった。


天井から剥がれ落ちた岩が、脚を押し潰したらしい。男は担架の上でも、喉が潰れそうな声で叫び続けていた。


私は、その場から動けなかった。


もし、岩が落ちたのが私の入った坑道だったら。あの担架に載せられていたのは、私だったかもしれない。


全身から血の気が引いた。


その日の仕事を終えると、私はすぐに監督のところへ向かった。


「仕事を替えていただきたい」


監督が、帳面から顔を上げる。


「何に替わりたい」


「地上の仕事で構いません。記録の整理や、資材の確認などであれば――」


「その仕事は足りている」


監督は即座に答えた。


「空きがあるのは、鉱石運びか選鉱だ」


「それでも構いません」


危険な坑道へ入らずに済むなら、重いものを運ぶ方がまだましだ。


「仕事を替えるには、伯爵家の許可が必要だ」


「では、すぐに許可を取ってください」


「賃金は大きく下がるぞ」


「人が怪我をしたのですよ!」


「鉱山で怪我人が出ることは、珍しくない」


あまりにも平然とした答えだった。


「……それなら、私はこの仕事を辞めます」


監督の目が細くなった。


「お前は、クレア様が立て替えた金を返すため、伯爵家の管理下でここへ送られてきた」


「私は囚人ではない!」


「ああ、そうだ。だから、仕事を替えたいという申し出はできる。だが、働かないという選択肢はない」


「っ……」


「借金を返すまでは、ここで働いてもらう。それがお前を受け入れる条件だ」


「こちらは、命がかかっているのですよ!」


「だから危険手当がついている。旦那様に感謝すべきだ。ここまで手当がいい場所なんて、そうそうない」


「では……危険の少ない仕事へ替われば、返済はどれほど長引くのです」


監督が帳面をめくる。


「今の仕事を続け、怪我も病気もなければ、完済まで十五年ほどだ」


「……十五年?」


聞き間違えたのかと思った。


「鉱石運びか選鉱へ移れば、三十年以上かかる」


「さ、三十年……」


私は、今年いくつになった。

十五年後には、いくつになっている?


その間、毎日この坑道へ入り続けるというのか。


「明日までに決めろ」


監督は帳面を閉じた。


「危険手当のつく仕事を続けるか、賃金の低い仕事へ替わるか。伯爵家には、こちらから申請しておく」


私はその場に立ち尽くした。


今日のような事故を目にしながら、十五年も。


少し前まで、この程度の仕事なら悪くないと思っていた。給金が高いのは、私の能力が認められたからだと思っていた。


治療小屋の方から、負傷した男の呻き声が聞こえてくる。


私は震える手を握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「ブラン伯爵も、働く者への配慮くらいはできるらしい。」ってお前はしごとおしつけてたエリナさんにそんな配慮した事もないのになんでそんなに偉そうに出来るんだ?(´・ω・`;)
とーちゃんの頭は相変わらずお花畑 条件がいいのに新参者が当てがわれる意味を自身の能力だと思えるなんて‥‥w
 クレアおばさんのやら菓子…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。