第1話
鉱山へ送られてから、五日が経った。
初日はどうなることかと思ったが、仕事そのものにはすぐに慣れた。
私が任されたのは、火攻めを終え、熟練者が安全を確認したあとの坑道へ入り、決められた箇所を見て回る仕事だった。
火が完全に消えているか。煙や熱気が残っていないか。一通り確認し、異常がなければ監督へ報告する。
それだけだ。
鉱石を砕く必要もなければ、重い籠を背負って運ぶ必要もない。危険な仕事だと聞かされていたため、初めは身構えていたが、この程度なら大したことはなかった。
「今日も異常はありません」
坑道から戻り、監督へ告げる。
「そうか。では、三番坑道へ採掘班を入れる」
監督は短く答え、私の報告を帳面へ記した。
文字を読めない者も多い中、私は自分で確認結果を書き残すこともできる。そのためか、ほかの作業員よりも丁重に扱われていた。
食事の量も悪くない。給金も、想像していたよりずっとよかった。
鉱石を運ばされているレオンより、明らかに多い。
やはり、力だけを使う仕事と、状況を見て判断する仕事では価値が違うのだ。
私は、人に使われる側よりも、こうして状況を見て判断する仕事に向いている。
ここの者たちも、ようやく私の能力を理解したらしい。
「父上ばかり、なぜそんなに給金が高いんだ」
夕食の席で、レオンが不満そうに言った。手のひらには布が巻かれ、顔にも疲れが浮かんでいる。
「仕事には、それぞれ求められるものが違う」
私はパンをちぎりながら答えた。
「私の仕事は、状況を見て判断する必要がある。それだけ責任も重いということだ」
「坑道へ入って、見て戻るだけだろう」
「その判断を誤れば、何人もの作業員に影響が出る。責任の重さが違うのだ」
レオンは納得していない様子だったが、それ以上は言い返さなかった。
悪くない。
少なくとも、鉱石を運び続けるよりは、私にふさわしい仕事だった。
しかも四日目には、思いがけないこともあった。
「伯爵家からだ。今月は出鉱量が予定を上回ったから、働いている者全員へ臨時の手当が出る」
監督から渡された小さな革袋を受け取り、中を確かめる。
銀貨が数枚入っていた。
「これは伯爵からのご厚意だ。返済とは別に、好きに使っていいそうだ」
思わず袋を握り直した。
普段の給金はほとんど返済へ回されるが、こうして手元へ残る金もあるのなら、働くこと自体は思っていたほど悪くないと思えた。
ブラン伯爵も、働く者への配慮くらいはできるらしい。
もっとも、いつまでもここにいるつもりはない。
エリナが勝手に屋敷を茶房へ変えたことを思い出すと、今でも腹が立つ。何の相談もなく、商売のために造り替えるなど。
それもこれも、グラーフ伯爵の入れ知恵なのだろう。まったく、面倒な男に惚れてくれたものだ、エリナも。そんなところまで、フリージアに似なくてもよかったのに。
だが、茶房が利益を上げるというのなら、使い道はある。茶房までうまくいけば、領地から得られる金はさらに増えるはずだ。
それだけあれば、叔母上に立て替えてもらった分など、思っているより早く返せるのではないか。
問題は、どうやってエリナへ話を通すかだ。
ブラン伯爵からは、グラーフ伯爵家にもリュークハルト家にも近づくなと言われている。
手紙も勝手には出せない。鉱山の出入りも、思っていた以上に厳しく見られていた。
少し話をすれば済むことなのに、余計なことをしてくれる。
私は革袋を懐へしまった。
「まあいい」
ここで働きながら、方法を考えればいい。
そう思っていた。
翌日の昼までは。
「うわああっ!」
坑道の奥から、男の悲鳴が響いた。
周囲にいた作業員たちが、一斉に走り出す。
「布を持ってこい!」
「担架だ! 早くしろ!」
怒鳴り声が飛び交う中、数人の男に担がれた作業員が運び出されてきた。
脚が、不自然な方向へ曲がっている。破れた衣服の下から流れ出した血が、黒い地面へ落ちていく。
その男は、私と同じ確認作業をしていた者だった。
天井から剥がれ落ちた岩が、脚を押し潰したらしい。男は担架の上でも、喉が潰れそうな声で叫び続けていた。
私は、その場から動けなかった。
もし、岩が落ちたのが私の入った坑道だったら。あの担架に載せられていたのは、私だったかもしれない。
全身から血の気が引いた。
その日の仕事を終えると、私はすぐに監督のところへ向かった。
「仕事を替えていただきたい」
監督が、帳面から顔を上げる。
「何に替わりたい」
「地上の仕事で構いません。記録の整理や、資材の確認などであれば――」
「その仕事は足りている」
監督は即座に答えた。
「空きがあるのは、鉱石運びか選鉱だ」
「それでも構いません」
危険な坑道へ入らずに済むなら、重いものを運ぶ方がまだましだ。
「仕事を替えるには、伯爵家の許可が必要だ」
「では、すぐに許可を取ってください」
「賃金は大きく下がるぞ」
「人が怪我をしたのですよ!」
「鉱山で怪我人が出ることは、珍しくない」
あまりにも平然とした答えだった。
「……それなら、私はこの仕事を辞めます」
監督の目が細くなった。
「お前は、クレア様が立て替えた金を返すため、伯爵家の管理下でここへ送られてきた」
「私は囚人ではない!」
「ああ、そうだ。だから、仕事を替えたいという申し出はできる。だが、働かないという選択肢はない」
「っ……」
「借金を返すまでは、ここで働いてもらう。それがお前を受け入れる条件だ」
「こちらは、命がかかっているのですよ!」
「だから危険手当がついている。旦那様に感謝すべきだ。ここまで手当がいい場所なんて、そうそうない」
「では……危険の少ない仕事へ替われば、返済はどれほど長引くのです」
監督が帳面をめくる。
「今の仕事を続け、怪我も病気もなければ、完済まで十五年ほどだ」
「……十五年?」
聞き間違えたのかと思った。
「鉱石運びか選鉱へ移れば、三十年以上かかる」
「さ、三十年……」
私は、今年いくつになった。
十五年後には、いくつになっている?
その間、毎日この坑道へ入り続けるというのか。
「明日までに決めろ」
監督は帳面を閉じた。
「危険手当のつく仕事を続けるか、賃金の低い仕事へ替わるか。伯爵家には、こちらから申請しておく」
私はその場に立ち尽くした。
今日のような事故を目にしながら、十五年も。
少し前まで、この程度の仕事なら悪くないと思っていた。給金が高いのは、私の能力が認められたからだと思っていた。
治療小屋の方から、負傷した男の呻き声が聞こえてくる。
私は震える手を握りしめた。




