↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@受賞・書籍化進行中
二十一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

169/194

第8話

数週間前。


「婚礼衣装をお願いする仕立て屋なんだけれどね、ようやく予約が取れたのよ」


義母が、嬉しそうに言った。


「せっかくなら、あなたに一番似合うものを作ってもらいたいと思って。今は紹介客しか受けていないそうなのだけれど、伝手を頼って、なんとかお願いできたのよ」


以前から目をつけていたという、王都でも評判の仕立て屋らしい。


ただ、その店はずいぶん先まで予約が埋まっていた。


そしてようやく今日、仕立て師がグラーフ邸まで来てくれることになったのだった。


「お待たせいたしました。《フィル・ブラン》より参りました」


応接室へ入ってきた女性が、深く頭を下げた。


その後ろには、一人の助手が控えている。大きな布包みや箱は、荷運びのために雇われた男たちが運び込んでいた。


店の名を聞いたとき、どこかで耳にしたことがあると思っていた。


そして今になって思い出した。


以前、姉が話していた店だ。


王都で評判になっていて、一度ドレスを仕立ててみたいのだと、何度か父へ頼んでいた。


なかなか予約が取れないことまで、残念そうに話していた気がする。


「わざわざお越しくださって、ありがとうございます」


「こちらこそ、大切な婚礼衣装をお任せいただけること、光栄に存じます」


荷物が運び込まれると、助手が布を取り出し、卓の上へ並べていく。


「まずは、お顔映りのよいお色から選ばせていただきます」


仕立て師が、一枚目の布を広げた。


白だった。


けれど、次に広げられた布も、その次も白い。


雪のように澄んだ白に、わずかに青みを帯びた白、淡く黄みを含んだ白、やわらかな乳白色。


「こんなに違うのですね……」


思わず身を乗り出して見てしまう。


「白は、並べてみると違いがよく分かります。肌や髪のお色によっても、似合うものが変わりますので」


仕立て師は一枚ずつ、私の肩元へ布を当てていった。


「こちらは、少し色が強すぎますね」


「あら。綺麗だけれど、少し冷たく見えるかしら」


「こちらは少し黄みが強く、お顔が沈んで見えますね」


「そうねえ。他のお色は?」


次の布が肩へかけられる。


「あら、いいわね」


やわらかな乳白色だった。


「ええ。こちらが一番、お顔がやわらかく見えます」


鏡を見る。


確かに、先ほどまでの白よりも肌になじんで見えた。


「エリナさんは、どう?」


「はい。私も、これが好き――」


そう答えかけて、ふと卓の端に置かれたもう一枚の布が目に入った。


同じ乳白色だったが、先ほどのものより、少し光沢がある。


「こちらは?」


尋ねると、仕立て師がその布を広げた。


「同じ乳白色ですが、織り方が異なります。光の当たり方によって、少し表情が変わる生地でございます」


肩へ当ててもらう。


鏡の中で、布がやわらかく光った。


「……こちらが好きです」


「いいわね。では、それにしましょう」


「ええ。とてもよくお似合いです」


生地が決まると、次は意匠だった。


仕立て師が一冊の大きな見本帳を取り出し、卓の上で開く。さらに助手が、小さな箱をその隣へ置いた。


箱の中には、実際に刺繍を施した布片や、飾りの見本が収められている。


「まあ……」


義母が、楽しそうに身を乗り出した。


私も見本帳を覗き込む。


「すごい……」


見本帳には、ドレスそのものの形まで、私がこれまで見たことのないものがいくつも描かれていた。


腰から裾へ大きくふくらむ、まるで物語に出てくる姫君が着るようなもの。


反対に、腰から膝のあたりまでは身体の線に沿わせ、そこから裾だけを大きく広げたもの。


後ろの裾だけを長く引くものもあれば、薄い布を何枚も重ね、歩くたびに揺れるように仕立てたものもある。


どれも、これまで夜会で見てきたドレスとは、どこか違っていた。


なるほど、姉が仕立てたがっていたはずだ。


「こんな形のドレス、見たことがありません……」


「噂どおりね。こちらも素敵だわ」


義母は、楽しそうに一つずつ見比べている。


「ええ……どうしましょう……」


どれも素敵で、なかなか一つに決められない。


気づけば、私は眉間に皺を寄せたまま、真剣に見本帳を睨んでいた。


「こちら、本当に着られるのですか?」


思わず尋ねると、仕立て師が微笑んだ。


「もちろんでございます」


「物語の中でしか見られないものだと思っていました……」


隣を見ると、義母もいつの間にか黙り込み、見本帳を眺めていた。


しばらく頁をめくっていると、ふと一枚の絵に目が止まった。


「……これ」


それまでとは、少し雰囲気の違うドレスだった。


首元は高く、そこから胸元、肩にかけて、細かな草花模様のレースで覆われている。


同じレースを使った細身の袖が、手首まで続いていた。


腰まわりはすっきりとしているのに、そこから下は大きく広がっている。


「素敵……」


隣から何も聞こえないので顔を上げると、義母も同じ頁をじっと見つめていた。


「……」


「お義母様?」


「これ、いいわね」


「こちらは、最近お作りした新しい意匠でございます」


「あら……」


義母が、また見本帳へ顔を近づけた。


私も同じように、その頁をじっと見つめる。


「エリナさん。これ、気に入った?」


「……はい。とても」


もう一度ほかの頁へ戻ろうとは思わなかった。


「では、こちらの意匠でお願いできますか?」


「もちろんでございます」


仕立て師は、もう一度その頁へ目を落とした。


「こちらの意匠をもとに、レースの使い方や刺繍の配置など、ご希望に合わせて変更することもできます」


「例えば、どのようにですか?」


「そうですね……エリナ様でしたら、総レースのお仕立てもよくお似合いになるかと存じます」


仕立て師は、見本帳のドレスを指でなぞった。


「こちらの見本では、首元から胸元、それから袖にだけレースを使っておりますが、同じ意匠を身頃から裾まで広げる形でございます」


「あら……素敵ね。そちらの方がいいじゃない」


義母が、ぱっと顔を明るくした。


私も、もう一度見本帳の絵を見る。


首元や袖に使われている草花のレースが、ドレス全体へ広がった姿を想像する。


「……はい。総レースでお願いしたいです」


「かしこまりました」


仕立て師が微笑む。


私は、もう一度見本帳へ目を落とした。


これが、私のための一着になる。


そう思うと、胸が弾んだ。

落差えぐっと思われた方、感想お待ちしております☆彡

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
8/13の怒濤の更新でしばらくはお休みかとのんびり構えていたら……又も又もの怒涛の更新!にびっくり。 ありがとうございます。 やっぱりママンが甘やかしの筆頭。 親不知子不知の断崖絶壁の道に立たされ…
とても素敵な展開にワクワクします。 エリナのこれまでの苦労が本当に報われましたね。 しかし、父も兄も姉も知ってはいたけど、どうしようもない人間ですね。 悪いことはすべてエリナがいたらないからで、自分が…
エリナちゃんはもう十分一人で頑張ったのでずっとふわふわハッピーターンでいいです!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。