第7話
「旦那様、オルブライト子爵家の馬車が到着しております。レオン様とリディア様がお見えでございます」
「何だと?」
ブラン伯爵が、ゆっくりとクレア叔母上へ顔を向ける。
叔母上は困ったように夫を見返した。
伯爵は眉間を押さえ、深く息を吐いた。
「……通せ」
ほどなくして、応接室の扉が開いた。
先に入ってきたのは、レオンだった。
髪は乱れ、上着には皺が寄っている。襟元も汚れ、とても貴族の令息とは思えないほど、ひどい身なりになっていた。
その後ろから入ってきたリディアも、顔色がよくない。
オルブライト子爵家の馬車で戻されたということは、あちらでも何か問題を起こしたのだろう。
まったく、こんなときに何をしているのだ。
「レオン、リディア。どうして二人ともここへ……」
私が尋ねるより早く、レオンが吐き捨てた。
「屋敷が改築されていたんだよ」
「改築?」
「茶房にするらしい。俺たちが暮らしていた屋敷をだぞ!」
耳を疑った。
「私の屋敷を、茶房に?」
「父上の屋敷じゃないだろう」
レオンが苛立たしげに言い返した。
「何だと?」
「法院で決まったじゃないか。父上は当主でも領主でもなかった」
胸の奥が大きく揺れた。
息子にまで、そのようなことを言われるとは思っていなかった。
「誰に向かって、その口を利いている!」
「借金を作っておきながら、領主のつもりでいた男に、どんな敬意を払えというんだ!」
「二人とも、いい加減にしろ」
ブラン伯爵の低い声が響いた。
「大叔父上。こいつのせいで、俺まで家を失ったんです」
「お前の事情も聞く。まず座れ」
命じられ、レオンは不満そうに長椅子へ腰を下ろした。
リディアは何も言わず、クレア叔母上の隣に座る。
「俺は、家督を取り戻す」
レオンが身を乗り出した。
「新しい代理人を雇い、もう一度法院へ申し立てるつもりだ」
その言葉に、胸の内が明るくなった。
やはり、レオンも同じことを考えていたのだ。
「大叔父上。代理人を雇う費用を貸していただきたい。家督を取り戻せば、必ず返します」
「私からもお願いします」
すぐに続けた。
「レオンが家督を取り戻せば、借金の返済にもめどが立ちます。すべて、元の形へ――」
ブラン伯爵は、私の言葉を最後まで聞かなかった。
「お前に家督を争うための金は貸さん」
レオンが勢いよく立ち上がった。
「なぜです! 取り戻せば、大叔父上にとっても悪い話ではないでしょう!」
「すでに法院が判断したことだ。それ以前に、お前は母親の遺言で後継者に指定されてすらいない」
「あの裁判は、最初から条件が違っていたんです! グラーフ家は腕の立つ代理人を立て、こちらにはまともな代理人すらいなかった! でなければ、これまで後継者として務めてきた実績を、あそこまで無視されるはずがないでしょう!」
ブラン伯爵はレオンへ答えず、私を見た。
「……お前も同じか」
それから、しばらく私とレオンを見比べたあと、控えていた執事へ顔を向ける。
「二人まとめて働かせられる場所はあるか」
「領内の鉱山で、ちょうど住み込みの人手を求めております」
「明朝にでも送り届けられるか?」
「もちろんでございます」
「待ってください!」
ブラン伯爵が視線を送ると、部屋の外に控えていた二人の男が入ってきた。
一人が私の腕を取り、もう一人がレオンを押さえる。
「何をする! 離しなさい!」
「離せ! 俺はリュークハルト家の嫡男だぞ!」
レオンがクレア叔母上へ顔を向けた。
「大叔母上! 何とか言ってください!」
私も続ける。
「クレア叔母上! 私はあなたの甥ですよ!」
叔母上は、困ったように私を見た。
いつものように、夫を説得してくださるはずだ。
そう思ったのに、その唇はなかなか開かなかった。
「クレア叔母上!」
叔母上は膝の上で両手を握りしめたまま、目を伏せた。
「……ごめんなさい、ローレンス」
「叔母上?」
それ以上、叔母上は何も言わなかった。
「今夜は使用人棟の空き部屋へ入れろ。明日の朝、鉱山へ送る」
「かしこまりました」
警備の男たちが、私とレオンを扉の方へ促す。
「待て! 私はまだ話を――」
「離せ! 俺は大叔父上へ金を借りに来ただけだ!」
私たちは、そのまま応接室から連れ出された。
「父上! 何とかしろ!」
「私に言うな! お前が余計なことを言うからだろう!」
「また俺のせいにするのか!」
背後から、ブラン伯爵の声が響く。
「静かにさせろ」
腕をつかむ力が強くなった。
私はもう一度、クレア叔母上を振り返った。
叔母上は長椅子に座ったまま、こちらを見ようともしなかった。
ほんのしばらく身を寄せれば、すべて元に戻る。
そう思っていた。
それなのに、なぜ私が、明日から鉱山で働くことになっているのだ。
まさかの鉱山行きに草と思われた方、感想お待ちしております。




