表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/27

第1話

――ん……。


ゆっくりと、意識が浮かび上がる。


なんだか、いい香りがした。

柔らかな布に包まれているような感覚。


……ふわふわしている。


無意識に、頬を擦り寄せた。

気持ちいい。


――あれ。


がばっと上体を起こす。


「えっ……ここ、どこ……!?」


見慣れない天井。

淡い布に囲われた、天蓋付きの大きなベッド。


広く、整えられた室内。

明らかに、自分の部屋ではなかった。


「え……ええっ……」


頭が、追いつかない。

昨夜の記憶を探ろうとして――うまく繋がらない。


そのとき。


控えめに、扉がノックされた。


「お目覚めでしょうか」


静かな声とともに、扉が開く。


侍女が一人、部屋に入ってきた。


「え……あ……おはようございます……?」


思わず、間の抜けた声が出る。


侍女は一瞬だけ表情を和らげ、静かに一礼した。


「おはようございます、エリナ様。

 本日は、お目覚めがよろしいようで」


「え……?」


呼ばれ方にも、状況にも戸惑っていると、

侍女は手にしていた衣装を、そっと椅子に掛けた。


「お支度に参りました」


「……あの……」


喉が、ひくりと鳴る。


「ここは……どこでしょうか……?」


侍女は驚いた様子を見せず、

淡々と答えた。


「こちらは、アーネスト様の屋敷でございます。

 客室として用意されたお部屋です」


「……え……?」


一拍遅れて、胸の奥がざわついた。


「わ、私……どうして……」


「昨夜、休憩室でお休みになられていました。

 そのままこちらへお運びするよう、

 アーネスト様から指示がありまして」


「……運ばれ……?」


「はい」


即答だった。


「お疲れのご様子でしたので。

 お目覚めになるまで、起こさぬようにと」


――私……あのまま、寝てしまったの?


「……」


言葉が、出てこない。


侍女は、穏やかに続けた。


「ご不安でしたら、

 すぐにアーネスト様へお伝えいたしますが」


「……い、いえ……だ、大丈夫です……」


何が大丈夫なのか、自分でも分からないまま、

反射的に首を振った。


「……支度、お願いします……」


「かしこまりました」


柔らかな所作で近づき、

身支度の準備を始める。


私は、まだ少しぼんやりしたまま、

侍女の動きを眺めていた。


着させてもらったワンピースは、淡い水色の花柄だった。


「……わぁ……」


柔らかな色合いで、

布地も軽く、動くたびに静かに揺れる。


――こんな可愛い服、着たことがない。


思わず、鏡の前で足を止めた。

ぐるりと回るわけでもなく、

ただ、じっと自分を眺めてしまう。


「エリナ様」


侍女に声をかけられ、はっとする。


「朝食の準備が整っております」


「……はい」


小さく頷き、扉を出た。



食堂に入った瞬間、

先にいる人影に気づく。


アーネストだった。


一瞬、身体が強張る。


「……っ」


びくりと肩が跳ね、

それから慌てて背筋を伸ばす。


「お、おはようございます……」


声が、少しだけ上ずった。


アーネストは椅子から立ち上がらず、

こちらを一瞥してから、短く頷く。


「おはよう」


席に近づきながら、

昨夜のことが、ふと頭をよぎる。


「……あの……」


気づけば、口を開いていた。


「大変、ご迷惑をおかけしてしまい……」


言い終わる前に、

アーネストが遮る。


「迷惑ではない」


淡々とした声だった。


「休憩室で眠っていた。

 それだけのことだ」


そう言って、視線を皿へ戻す。


「座ってくれ。

 冷める」


「……はい」


私はそう答えて、

勧められた席に腰を下ろした。


程なくして、使用人が料理を運んできた。


具だくさんのスープ。

それから、籠いっぱいのパン。


柔らかそうなものも、

表面が香ばしいものも、

形も色も、いろいろだ。


「お好きなものを」


そう言われて、思わず籠を覗き込む。


「……どうしよう……」


どれも、美味しそうだった。


そのとき、ふと気づく。

昨日の昼から、何も口にしていない。


少しだけ迷って、

甘そうなパンを一つ、取った。


「……いただきます」


ちぎって、口に運ぶ。


もぐもぐ……。


「……っ」


思わず、目を見開いた。


ふわふわで、

ほんのり甘い、はちみつかな?

それでいて、ちゃんと温かい。


「……おいしい……」


次に、スープを口に含む。


「……!」


思わず、息が漏れた。


肉はほろほろで、

野菜は、味が濃い。

どれも、身体に染み込んでくるようだった。


気づけば、黙々と食べている。


口元が、自然と緩んでいた。


向かいの席で、

アーネストはその様子を見ていた。

何も言わず、

視線を自分の皿へ戻す。


エリナは、気づかない。


静かな食堂に、

食器の音だけが、

穏やかに響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ