↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@受賞・書籍化進行中
二十一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

166/194

第5話

茶房でどれほどの収益が見込めるのか、現時点ではまだ分からない。


そのため、開店に必要な品を初めからすべて買い揃えるのではなく、まずはリュークハルト家にあるものと、グラーフ家で使われていないものから見繕うことになった。


リリアが、テーブルの上へ茶器を並べてくれた。


「いかがでしょうか」


リュークハルト家の屋敷から運んできたものの中でも、比較的状態がよく、茶房でも使えそうな品を選んでもらっている。


白磁のカップと受け皿に、細い金彩が施されたポットや、小さな花模様の入った菓子皿。どれも、リュークハルト家では大切に扱われてきた品だ。


以前の私なら、十分に立派な茶器だと思っただろう。


けれど、茶房でお客様を迎える場面を思い浮かべると、どこか寂しく見えてしまう。


「悪くはないわね」


義母がカップを一つ手に取った。


光へかざし、縁や底を丁寧に確かめている。


「欠けもないし、普段使いなら十分でしょう。ただ、これだけでは少し寂しいかもしれないわね」


「そうですよね……。あ、でも、この茶器を使う席には、華やかなテーブルクロスを合わせてはいかがでしょうか?」


義母はカップを元の場所へ戻すと、少し考えるように茶器を眺めた。


「それならよさそうね。茶器が控えめな分、布や花で季節感を出すこともできるわ」


向かいに座っていた義父が菓子皿を持ち上げた。


「それに、白い皿なら菓子も映える。干し果物を使った菓子は色が濃いからな」


「あら、あなたも助言してくださるの?」


「出資者だからな。お前ほどではないが、このくらいは言えるぞ」


「では、一度、濃い色の布を合わせてみましょうか」


リリアが棚から濃紺の布を取り出し、テーブルの上へ広げる。


「あら、綺麗ね」


義母が嬉しそうに目を細めた。


私も白いカップを布の上へ置いてみる。


「壁紙が若草色ですから、紺色がよく映えますね。それに、白い茶器も引き立ちます」


「ええ。もう少し明るい雰囲気にしたい席なら、生成りや淡い黄色でもよさそうね」


「季節によって変えるのも楽しそうです」


話しているうちに、次々と試してみたいことが浮かんでくる。


テーブルの上には、ほかにも銀の縁取りが入ったカップや、淡い青色のポットが並んでいる。グラーフ家の倉から出してもらったものだ。


使われていない品と聞いていたけれど、リュークハルト家の茶器より、ずっと華やかだった。


「こちらの青い茶器は、果実茶に合いそうですね」


私が言うと、義母が嬉しそうに頷いた。


「そうでしょう? 昔、気に入って揃えたのだけれど、今はほとんど使っていないの」


「茶房で使ってもよろしいのですか?」


「もちろんよ。しまったままにしておく方が、もったいないでしょう」


義父も大きく頷いた。


「むしろ使ってくれる方がありがたい。作った職人も、倉で眠らせておくより喜ぶだろう」


「ありがとうございます」


茶器を一通り見終えると、今度は家具について話が移った。


義母は椅子に張る布の色まで考え始め、義父は庭がよく見える位置に席を置くべきだと譲らない。


「こちらの椅子には、深い緑の布が合うと思うの」


「いや、少し暗すぎないか? もっと菓子がうまそうに見える色がいい」


「まずは部屋の雰囲気が重要ですよ」


「茶房なのだから、菓子が映えるのも重要だろう」


二人のやり取りを聞きながら、私は帳面へ書き留めていく。


まだ改装が始まったばかりなのに、どんな店になるのか、少しずつ形が見えてくるようだった。


楽しい。


そう思っている自分に気づき、私は小さく笑った。


「それにしても……本当に、周辺の店や人通りを調べ終える前に、工事を始めてよかったのでしょうか」


私が客層や周辺の店を調べ、収支の見通しを立てるより先に、工事の手配は進められていた。


義父は、気にした様子もなく手を振った。


「心配はいらん。あの一帯には、落ち着いて茶を飲める店がほとんどない。商談に使える場所も少ないからな」


「ですが、必ずお客様が来てくださるとは……」


「難しければ、定期的にあなたが茶房でお茶会を開けばいいのよ」


義母が穏やかに微笑む。


「わたくしも利用しますし、知人にも声をかけるわ。まずは、足を運んでもらうきっかけを作ればいいのよ」


「実際に使っていただいて、店のよさを知っていただけばいいのですね」


言われたことを帳面に書き留めていたとき、扉の近くに人の気配を感じた。


顔を上げると、アーネストが入口に立っていた。


「アーネスト様」


声をかけても、すぐには返事がない。


こちらを見たまま、なぜか動こうとしなかった。


「どうかなさいましたか?」


私が尋ねると、アーネストはわずかに目を伏せた。


「……いや」


それから、何事もなかったように部屋へ入ってくる。


「何でもない」


そう言った口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。


義母が、そんな息子を見て微笑む。


義父が、空いている椅子を軽く叩いた。


「ちょうどいい。お前も選べ」


「俺が?」


「この青い茶器と、白い茶器だ。どちらがいい」


アーネストは、テーブルの上へ視線を落とした。


「どちらでもいい」


「それが一番困る答えでしょう」


義母が言うと、アーネストはこちらを見た。


「君が選んだ方でいい」


今度は、義母の笑みが少しだけ深くなった。


私は首を傾げ、再び茶器へ視線を落とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。