第5話
茶房でどれほどの収益が見込めるのか、現時点ではまだ分からない。
そのため、開店に必要な品を初めからすべて買い揃えるのではなく、まずはリュークハルト家にあるものと、グラーフ家で使われていないものから見繕うことになった。
リリアが、テーブルの上へ茶器を並べてくれた。
「いかがでしょうか」
リュークハルト家の屋敷から運んできたものの中でも、比較的状態がよく、茶房でも使えそうな品を選んでもらっている。
白磁のカップと受け皿に、細い金彩が施されたポットや、小さな花模様の入った菓子皿。どれも、リュークハルト家では大切に扱われてきた品だ。
以前の私なら、十分に立派な茶器だと思っただろう。
けれど、茶房でお客様を迎える場面を思い浮かべると、どこか寂しく見えてしまう。
「悪くはないわね」
義母がカップを一つ手に取った。
光へかざし、縁や底を丁寧に確かめている。
「欠けもないし、普段使いなら十分でしょう。ただ、これだけでは少し寂しいかもしれないわね」
「そうですよね……。あ、でも、この茶器を使う席には、華やかなテーブルクロスを合わせてはいかがでしょうか?」
義母はカップを元の場所へ戻すと、少し考えるように茶器を眺めた。
「それならよさそうね。茶器が控えめな分、布や花で季節感を出すこともできるわ」
向かいに座っていた義父が菓子皿を持ち上げた。
「それに、白い皿なら菓子も映える。干し果物を使った菓子は色が濃いからな」
「あら、あなたも助言してくださるの?」
「出資者だからな。お前ほどではないが、このくらいは言えるぞ」
「では、一度、濃い色の布を合わせてみましょうか」
リリアが棚から濃紺の布を取り出し、テーブルの上へ広げる。
「あら、綺麗ね」
義母が嬉しそうに目を細めた。
私も白いカップを布の上へ置いてみる。
「壁紙が若草色ですから、紺色がよく映えますね。それに、白い茶器も引き立ちます」
「ええ。もう少し明るい雰囲気にしたい席なら、生成りや淡い黄色でもよさそうね」
「季節によって変えるのも楽しそうです」
話しているうちに、次々と試してみたいことが浮かんでくる。
テーブルの上には、ほかにも銀の縁取りが入ったカップや、淡い青色のポットが並んでいる。グラーフ家の倉から出してもらったものだ。
使われていない品と聞いていたけれど、リュークハルト家の茶器より、ずっと華やかだった。
「こちらの青い茶器は、果実茶に合いそうですね」
私が言うと、義母が嬉しそうに頷いた。
「そうでしょう? 昔、気に入って揃えたのだけれど、今はほとんど使っていないの」
「茶房で使ってもよろしいのですか?」
「もちろんよ。しまったままにしておく方が、もったいないでしょう」
義父も大きく頷いた。
「むしろ使ってくれる方がありがたい。作った職人も、倉で眠らせておくより喜ぶだろう」
「ありがとうございます」
茶器を一通り見終えると、今度は家具について話が移った。
義母は椅子に張る布の色まで考え始め、義父は庭がよく見える位置に席を置くべきだと譲らない。
「こちらの椅子には、深い緑の布が合うと思うの」
「いや、少し暗すぎないか? もっと菓子がうまそうに見える色がいい」
「まずは部屋の雰囲気が重要ですよ」
「茶房なのだから、菓子が映えるのも重要だろう」
二人のやり取りを聞きながら、私は帳面へ書き留めていく。
まだ改装が始まったばかりなのに、どんな店になるのか、少しずつ形が見えてくるようだった。
楽しい。
そう思っている自分に気づき、私は小さく笑った。
「それにしても……本当に、周辺の店や人通りを調べ終える前に、工事を始めてよかったのでしょうか」
私が客層や周辺の店を調べ、収支の見通しを立てるより先に、工事の手配は進められていた。
義父は、気にした様子もなく手を振った。
「心配はいらん。あの一帯には、落ち着いて茶を飲める店がほとんどない。商談に使える場所も少ないからな」
「ですが、必ずお客様が来てくださるとは……」
「難しければ、定期的にあなたが茶房でお茶会を開けばいいのよ」
義母が穏やかに微笑む。
「わたくしも利用しますし、知人にも声をかけるわ。まずは、足を運んでもらうきっかけを作ればいいのよ」
「実際に使っていただいて、店のよさを知っていただけばいいのですね」
言われたことを帳面に書き留めていたとき、扉の近くに人の気配を感じた。
顔を上げると、アーネストが入口に立っていた。
「アーネスト様」
声をかけても、すぐには返事がない。
こちらを見たまま、なぜか動こうとしなかった。
「どうかなさいましたか?」
私が尋ねると、アーネストはわずかに目を伏せた。
「……いや」
それから、何事もなかったように部屋へ入ってくる。
「何でもない」
そう言った口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
義母が、そんな息子を見て微笑む。
義父が、空いている椅子を軽く叩いた。
「ちょうどいい。お前も選べ」
「俺が?」
「この青い茶器と、白い茶器だ。どちらがいい」
アーネストは、テーブルの上へ視線を落とした。
「どちらでもいい」
「それが一番困る答えでしょう」
義母が言うと、アーネストはこちらを見た。
「君が選んだ方でいい」
今度は、義母の笑みが少しだけ深くなった。
私は首を傾げ、再び茶器へ視線を落とした。




