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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳
二十章

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第5話

――レオン、エリナを助けてあげて。


母上が亡くなる前に、そう言われたことがある。


けれど、当時の俺には意味が分からなかった。なぜ、俺がエリナを助けなければならないのか。


次期当主になるのは俺だ。なら、俺を支えるのがエリナの役目ではないのか。


そう思っていた。



「グラーフ伯爵……余計なことをしてくれた……」


歩きながら、吐き捨てるように呟いた。


あの男がエリナへ求婚などしなければ、ここまで話が拗れることもなかったはずだ。


エリナもエリナだ。何がそれほど不満だったというのだろう。あいつの立場も考え、事業を続けることまで認める相手だった。それなのに、最後には家そのものから離れていった。


グラーフ伯爵と関わるようになってから、エリナは変わった。


若年実務者会へ出入りし、家の外に知り合いを増やし、それまでなら受け入れていたことにも異を唱えるようになった。


余計な考えを吹き込まれたのだろう。


……だが、まだすべてを失ったわけではない。


前回の審理では、こちらには法務代理人すらいなかった。一方で、グラーフ家は貴族訴訟を専門とする代理人を用意していた。


最初から条件が違っていたのだ。


今度はこちらも腕の立つ代理人を雇い、改めて申し立てればいい。そのためにも、手元の金はなるべく残しておかなければならない。


「さて……誰を頼るか……」


夜会や、若い貴族が集まる場で何度か話した相手ならいる。


これまで築いてきた付き合いが、まったく役に立たないということもないだろう。


最初に訪ねたのは、夜会で何度か言葉を交わしたことのある子爵家だった。


顔を合わせれば向こうから挨拶をしてきたし、俺がリュークハルト家の後継者だと知った上で付き合っていた相手だ。


突然訪ねるのは気が引けたが、事情を説明すれば、数日くらい身を寄せることはできるだろう。


門番へ名を告げると、屋敷の中へ通された。


廊下を歩く間、使用人たちがちらちらとこちらを見ている。髪は十分に整えられず、上着にも皺が残っていた。


腹立たしくはあったが、今は仕方がない。


案内された応接室で待っていると、しばらくして扉が開いた。


「久しぶりだな。突然訪ねてすまない」


立ち上がって声をかける。


「……ああ。久しぶりだな」


相手はわずかに間を置いて答え、向かいの椅子へ腰を下ろした。


茶が運ばれるのを待たず、俺は口を開いた。


「少し、聞いてほしいことがあるんだ」


「どうしたんだ? 急に……」


「実は……俺は、父上に騙されていたんだ」


俺は、母上の遺言について説明した。


父上が遺言を隠していたこと。必要な手続きを行わず、俺を後継者として扱い続けていたこと。


口にすればするほど、改めて腹が立つ。


相手はしばらく黙って聞いていたが、やがて眉を寄せた。


「それは……気の毒だったな。お前自身は何も知らなかったんだろう?」


「そうなんだ」


胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ軽くなった。


「母上の意思は、分かっている。だが、俺はずっと、自分が家を継ぐものだと思って生きてきたんだ」


それなのに、ある日突然、すべてが違っていたと言われた。


「遺言があるから、それですべて決まりだと言われても、俺には受け入れられない」


俺は身を乗り出した。


「それに、確かにエリナは領地の実務には詳しい。だが、それだけだ」


俺は続けた。


「あいつは、家の代表として外に立つ務めをほとんど知らない。エリナに領地を任せるなんて、無理がある」


「……それで、今日は何をしに来たんだ?」


「しばらく、ここへ置いてほしい。それから、できれば金も貸してもらいたい」


相手が、驚いたように俺を見る。


「金がないのか?」


「父上が、他人の借金の保証人になっていたんだ。相手が返せなくなり、こちらが返済することになったせいで、家の蓄えはほとんど残っていない」


「それは難儀な話だな……」


こんな話は家の恥だ。本来なら、他人へ語りたくなどない。だが、金を借りる以上、事情を説明しないわけにもいかなかった。


相手は少し考え込んだあと、顔を上げた。


「もしかして、エリナ嬢の乾燥事業は、その借金を返すために始めたのか?」


「そうだ。借金を返すために、エリナが始めた」


「その事業は……お前がエリナ嬢へ命じて始めさせたのか?」


「いや。あれはエリナが自分で始めた」


俺は続けた。


「最初は、どれほど利益になるかも分からなかった。だが、実際に収入が増え始めたからな。家の役に立つのならと、そのまま続けさせたんだ」


「そうか……では、借金はどうするつもりだったんだ?」


さっきから、ずいぶん細かいところまで聞いてくる。だが、金を貸すかどうかを考えているのなら、気になるのも仕方がないのだろう。


「特に大きく方針を変える必要はないと思っていた。エリナの事業も軌道に乗り始めていたし、あいつには縁談の話もあったからな」


「縁談? エリナ嬢にか?」


「ああ。相手方が、婚姻の条件として借金を引き受ける話だった。まとまれば、家の負担も軽くなるはずだった」


そこまで話して、また腹の底が熱くなる。


「なのに……エリナはその縁談を断った。あろうことか、グラーフ伯爵からの求婚を勝手に受け入れたんだ」


「……あのグラーフ伯爵に、エリナ嬢は求婚されたのか?」


「そうだ。しかも、グラーフ伯爵は家を通さず、エリナへ直接求婚した。こっちは男爵家だぞ。伯爵家との婚姻なら、普通はまず家同士で話を通すものだろう。それを二人だけで決めて……こちらがどれだけ困ったと思っている」


相手はしばらく黙り込み、ひと呼吸置いてから口を開いた。


「……お前の事情は分かった」


その言葉に、肩の力が抜ける。


やはり、きちんと話せば分かってもらえるのだ。


「悪いが、お前には関われない」


「……何?」


「もう一度、貴族法院へ申し立てるつもりなんだろう?」


「……なぜ、そう思う」


「さっき、自分には受け入れられないと言っただろう。その状態のお前を屋敷へ置いて、金まで貸せば、俺がお前を支持していると思われる」


「それの何が困る? ……グラーフ伯爵を恐れているのか?」


「グラーフ家は、うちの大切な取引相手だ」


ここにも、グラーフ家の名前が届いているのか。


「俺たちだって、以前から付き合いがあっただろう」


「……付き合い? 夜会で何度か話しただけだろう」


「っ……」


言葉に詰まった。


確かに、互いの屋敷を行き来するほど親しかったわけではない。


だが、夜会で顔を合わせれば話していたし、向こうから声をかけてきたことだってある。


「お前も貴族なら分かってくれ」


「なら……お前だって分かるだろう? 急に後継者ではなかったと知らされた俺の立場が……」


「レオン殿がお帰りだ」


相手が、扉の外へ声をかけた。


すぐに扉が開き、使用人が入ってくる。


「ま、待ってくれ……!」


相手はもう、こちらを見ようともしなかった。


「門までご案内しろ」


「かしこまりました」


使用人が俺のそばまで来て、一礼する。


「こちらへどうぞ」


「本気なのか? ……少しくらい置いてくれてもいいだろう。金だって、必ず返す」


「悪いが、できない」


ようやく返ってきたのは、それだけだった。


俺はしばらくその場に立っていた。


だが、相手が考えを変える様子はない。これ以上ここにいても、使用人たちの前で恥をかくだけだ。


「……分かった」


奥歯を噛みしめ、踵を返す。


廊下を歩きながらも、胸の奥に苛立ちが膨らんでいく。


あれだけ普通に話していたのに。俺がリュークハルト家の後継者だった頃は、向こうから声をかけてきたことだってあった。それが、立場を失った途端にこれか。


門を出ると、背後で扉が閉まった。


「……くそっ」


一人に断られただけだ。知人なら、まだほかにもいる。全員が同じ考えとは限らない。


俺は上着を羽織ると、次の屋敷へ向かって歩き出した。

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― 新着の感想 ―
借金を返すために何かしてたかと言われれば、エレナを売り飛ばす算段しかしてなかったってことだよなぁ
「相手方が、婚姻の条件として借金を引き受ける話だった」 やっぱり!持参金だけじゃなかった!クズ子爵が金でエリナを買う話だった!借金返済を優先させ社交を制限して支出を抑えていたら、それなりに返済出来て…
 プライドだけの実務能力皆無な男に居座られてもなぁ。一念発起、なんて無理そうだな。
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