↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳
二十章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

157/194

第4話

オルブライト子爵家との話し合いを終えた翌日。


私は本邸のティーサロンで、お茶をいただいていた。


「よかったわね。リディア嬢のご縁が続くことになって」


義母が、穏やかに微笑む。


「はい……正直なところ、受け入れていただけるとは思いませんでした」


父が伝えていた持参金や婚姻支度の条件は、ほとんど白紙になった。


オルブライト家と話し合う前、姉のために新たな支度金を用意しないことは、アーネストと決めていた。


「お姉様の支度金がないのは、少し可哀想な気もして……」


私が嫁いだあと、不自由なく暮らせているのは、グラーフ家がドレスや家具まで用意してくれたからだ。


当主となった以上、姉にも改めて支度金を用意するべきではないか。


そうアーネストに相談したところ、返事はすぐに返ってきた。


「それとこれとは別だ。君に用意したものは、伯爵夫人として必要だったから用意した」


「でも……」


姉が嫁入り支度を楽しみにしていたことは、私も知っている。だから、何も用意しないというのは、少し心苦しかった。


「君が当主になったからといって、前当主が約束した金まで肩代わりする必要はない。それに、リディア嬢のために残されていた持参金には手をつけていない」


きっぱりと言われ、私は口を閉じ頷いた。


当初予定されていた持参金を用意できなくなった以上、婚姻の条件そのものを見直す必要がある。それでもオルブライト子爵夫妻は、すぐに縁談を取り下げることはなかった。


婚礼や嫁入り支度の規模を抑え、改めて婚姻契約を結んだうえで、話を進めてくださるという。


向かいでは、アーネストが紅茶を口へ運んでいた。


「君がリュークハルト家の当主になり、グラーフ家とも縁ができた。持参金が減ったところで、縁談を断る理由はないだろう」


「なるほど……」


姉が望んでいた婚姻を失わずに済んだことには、安堵していた。


私は、皿の上に置かれた焼き菓子へ手を伸ばした。


薄く切った干し林檎が、生地の上に花びらのように並べられている。口へ運ぶと、バターの香りのあとから、林檎の甘酸っぱさが広がった。


「おいしい……」


「《銀葉亭》で出し始めた菓子だったな」


義父が、自分の皿から焼き菓子を持ち上げた。


「はい。まだ様子を見ながらですが」


気がつけば、木苺やさくらんぼの季節は終わっていた。


今、《銀葉亭》では、干し林檎を使った焼き菓子を試験的に出してもらっている。珍しいものを好む客が、時折注文してくださる程度だ。


けれど、店主のマルコは、初めはそのくらいで十分だと言っていた。


新しい菓子など、最初から誰もが手を伸ばすものではない。むしろ、すでに注文してくれる客がいるだけでも上出来なのだそうだ。


「この菓子なら、紅茶にもよく合うわね」


義母が、満足そうに頷いた。


「もう少しすれば、イチジクの季節でしょう? もともとリュークハルト家では、干しイチジクを作っていたのよね」


「はい。毎年楽しみにしてくださる方も多いので、その時期は忙しくなります」


「それは楽しみだな」


義父は、残っていた焼き菓子を一口で頬張った。


こうしてグラーフ家の皆と一緒に過ごすことも、ずいぶん増えた。


私は、この時間がとても好きだった。


家族でゆっくりお茶を飲みながら、他愛のない話をする。


母がいた頃も、それぞれが自分のことに忙しく、こんなふうに皆で過ごすことはあまりなかった。


そこで、ふと別のことを思い出し、手を止めた。


「……どうした?」


アーネストが尋ねる。


「屋敷を……どうしようかと思いまして」


父と兄が退去し、姉も近いうちにオルブライト子爵家へ移ることになる。


そうなれば、あの屋敷に暮らす家族はいなくなる。


「使用人たちには、できればこれまでどおり働いてもらいたいと思っていますが……」


義母が、カップを受け皿へ戻した。


「屋敷を維持するための者は必要でしょうけれど、全員を残すのは難しいでしょうね」


「やはり、そうですよね……」


必要な人数だけを残し、ほかの者には新しい勤め先を探す。それが普通なのだろう。とはいえ、家族の事情で仕事まで失わせることには抵抗があった。


「そういえば」


義父が、焼き菓子を見つめながら口を開いた。


「エリナさんの誕生日は、もう少しだったかな」


「え?」


突然話が変わり、私は瞬きをした。


それに、私の誕生日はまだ先である。


「何を贈ろうかと考えていたんだ」


「そ、そんな。お気遣いなく――」


義父にはこれまでにもいろいろなものをいただいている。


婚約祝いには馬車を贈ってもらったし、婚姻祝いには宝飾品、男爵位を継いだ祝いには茶器一式など、十分すぎるほどよくしていただいた。


「いっそのこと、あの屋敷を茶房にしてはどうだ?」


「……茶房?」


「干し果物を使った菓子や料理を出す。屋敷で働いていた者たちなら、客を迎えることにも慣れているだろう」


思わず身を乗り出しそうになった。


あの屋敷を商いに使うという発想は、これまで一度もなかった。


応接室や食堂は、客席として使える。庭を眺めながら、干し果物を使った菓子を楽しんでもらうこともできる。


それだけではない。


領内の商品を並べ、商人や客へ紹介する場所にもできるのではないだろうか。


兄や姉が使っていた部屋も、予約客向けの個室に変えられるかもしれない。


それなら、屋敷そのものが収入を生み、使用人たちの仕事も残せる。


けれど――。


「屋敷は……ずいぶん傷んでいます」


私は慎重に言葉を選んだ。


「お客様をお迎えするなら、かなり手を入れなければならないと思います。厨房も、今のままでは難しいかと……」


「改装費用は、私からの誕生日祝いにしよう」


「そんな……大きなものをいただくわけには――」


「では、出資ということにすればいい」


義父は、軽い調子で言った。


「商売がうまくいけば、利益から少しずつ返してもらう。それなら問題はないだろう?」


「でも、まだ見込みも分かりませんし……」


「まあ、素敵ね」


義母が、楽しそうに手を合わせた。


「では、内装と食器は私が出しましょう。せっかくですもの。女性が何度でも訪れたくなるような場所にしたいわ」


「母上」


アーネストが、わずかに眉を寄せる。


「何かしら?」


「出資額を決める前に、改装の見積もりが必要だ」


そう言いながら、アーネストは私へ視線を向けた。


「厨房設備と、開店までの運転資金は俺が出す」


「アーネスト様まで……」


「必要な投資だ」


当然のことのように言われ、私は言葉を失った。


「でも、皆様にそこまでしていただくなんて……」


「エリナさん」


義父が、少しだけ真面目な顔になる。


「これは君一人のためではない。リュークハルト領が栄えれば、グラーフ家にとっても悪い話ではないだろう」


「……はい」


「それに、もう息子の妻なのだから、身内だ」


義父はそう言って、カップを口へ運ぶ。


その向かいで、義母とアーネストも、ほとんど同時に紅茶を口へ運んだ。


私はもう一度、皿の上の焼き菓子へ視線を落とした。


「……トマさんに、焼き菓子や料理のことを相談してみてもよろしいでしょうか」


「もちろんよ。きっと喜ぶわ」


義母が、にこやかに答えた。


「ありがとうございます」


茶房にするなら、ほかの店も視察した方がいいだろうか。王都の店も見ておいた方がいいかもしれない。


どんな客を想定するのか。商品を並べるなら、どこがいいだろう。


考え始めると、次々にやることが浮かんでくる。


ふと顔を上げると、三人がそろってこちらを見ていた。


「……ど、どうかしましたか?」


そう尋ねると、三人はそろって目を細めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
福嶋先生、こんなに連続連投大丈夫ですか? 読み手にとっては嬉しい限りですが、この暑さの中でお身体が心配です。物語を紡ぐのには想像を絶するエネルギーが必要だと思うからです。 エリナの成長を描いたこの作…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。