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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳
二十章

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第1話

「……」


取り残されてしまった。


私はしばらくその場に立っていたけれど、やがて恐る恐る寝台へ近づき、端へ腰を下ろした。


柔らかい。


少し身体を動かすだけで、寝台がゆっくり沈む。


私は膝の上で両手を握った。


大丈夫。


ただ、一緒に眠るだけだ。


そうよ。


たとえ私が寝言を言ったとしても、もし寝相が悪かったとしても、彼ならきっと受け入れてくれるはず。


それに、私がこんなに緊張していたら、アーネストまで気を遣ってしまう。


落ち着くのよ、エリナ。


すう、と大きく息を吸う。


そのとき、扉が開いた。


「何をしている」


「ひゃっ!?」


肩を跳ねさせ、慌てて振り返る。


そこには、アーネストが立っていた。


「……」


思わず、見つめてしまう。


寝間着姿のアーネストを見るのは、初めてだった。


いつもきっちりと撫でつけられている髪も、今は下ろされている。額にかかった髪のせいか、普段より少し若く見えた。


――いつもより、ずっと近い人に見える。


「……アーネスト様」


呼びかけても、返事がない。


「?」


不思議に思って顔を上げる。


アーネストは、扉の前に立ったまま動いていなかった。視線だけが、こちらへ向けられている。


「アーネスト様?」


もう一度呼ぶと、ようやく彼が瞬きをした。


「……何だ」


「いえ……あ」


もしかして、この夜着が。


「似合いませんか……?」


「……なぜそうなる」


「だって、ずっと見ていらっしゃるので……」


「似合っている」


少し間を置いてから、アーネストが答えた。


「よく似合っている」


「本当ですか?」


ほっとして胸を撫で下ろす。


「よかった……いつも着ているものとは少し違うので、似合っていないのかと思いました」


「……そういう意味で見ていたわけではない」


「え?」


アーネストは答えず、こちらへ歩いてくる。


寝台の端に座ったまま見上げていると、目の前で足を止めた。


「香りも違うな」


「えっ……あ……リリアが、香油をつけてくれたんです」


「そうか」


「アーネスト様も、この香り、好きですか?」


「ああ」


短く答えたあと、アーネストが少し身を屈めた。


「……っ」


私の首元へ顔を寄せ、確かめるように息をつく。


「君に合っている」


耳の近くで声がして、肩がぴくりと跳ねた。


「そ、そうですか……?」


離れてはくれない。


これも、求婚されるまで気づかなかったけれど、アーネストは意外と触れ合うことが好きなのかもしれない。


私はそっと、アーネストの頬へ自分の頬を寄せた。


「……」


アーネストの動きが止まった。


「どうかなさいました?」


返事がない。


少し顔を離すと、彼はじっと私を見ていた。


「……君は」


アーネストが何か言いかけて、口を閉じる。


次の瞬間、腰へ腕を回され、ぐっと引き寄せられた。


「きゃっ」


彼の胸へすっぽりと収まる。


「……自分から寄ってきておいて、驚くな」


「だって、急に……」


「君が先だ」


「……嫌でしたか?」


「嬉しいから困っている」


そう言われ、頬が緩んだ。


私が触れることを、アーネストも嬉しいと思ってくれる。


すると、アーネストの手が頬へ触れた。


「……エリナ」


名前を呼ばれ、顔を上げる。


次の瞬間、唇が重なった。


「……っ」


すぐに目を閉じた。


これまでにも、口づけを交わしたことはある。


けれど、今日のそれは、いつもより少し長かった。


唇が離れても、アーネストの顔はすぐ近くにある。胸が苦しいくらいに鳴っていた。


「……アーネスト様」


呼ぶと、もう一度、短く唇を重ねられる。


「ん……」


腰へ回された腕に、さらに力がこもった。


恥ずかしい。


でも、嫌ではなかった。


むしろ、もっと近くにいたいと思ってしまう。


私は彼の背中へ、そっと手を添えた。


その途端、アーネストが動きを止めた。


「……エリナ。君は、今夜のことを分かっているのか?」


「今夜……? 一緒に眠ること、ですか?」


「……」


アーネストがまた黙った。


しかも、とても長い沈黙だった。


「……それだけだと思っていたのか」


それだけ。


何が。


きょとんとしていると、アーネストが額へ手を当てた。


「エリナ……婚姻した夫婦が、寝室を共にする意味を、誰かから聞いたことはあるか?」


「意味……?」


寝室を共にすることに、ほかにも何か意味があるのだろうか。


「母君や、侍女から何も?」


「お母様からは……聞いたことがありません。侍女からも……」


そう答えると、アーネストは黙り込んだ。


腰へ回されていた腕の力が、ゆっくりと緩む。


「……分かった」


「何がですか?」


アーネストは私から少し身体を離した。


さっきまであれほど近かったのに、急に距離ができて、少しだけ寂しく感じる。


アーネストは何やら難しい顔をしていた。


「今日は、寝るだけにしよう」


私は目を瞬かせた。


「君が何も知らないまま、先へ進むつもりはない」


アーネストは深く息を吐いた。


なぜか、とても疲れたように見える。


「私……おかしなことを言いましたか?」


「いや。君は何も悪くない」


すぐにそう返される。


そのまま、アーネストの手が私の頭へ伸びてきた。


「明日、リリアからきちんと聞いてくれ」


「何をですか?」


「……夫婦についてだ」


どうして、わざわざリリアから聞かなければならないのだろう。


「あの、アーネスト様は教えてくださらないのですか?」


「……俺が?」


「はい。ご存じなのですよね?」


なぜ、そんなに困った顔をするのだろう。


「説明することはできる」


「でしたら――」


「だが、俺から教えて、そのまま今夜先へ進むのは嫌だ」


「……嫌?」


思わず聞き返す。


彼が、自分の気持ちをそんなふうにはっきり口にするのは珍しい。


「君が何も知らない状態で、俺の言葉だけを聞いて決めることになる」


「でも、私はアーネスト様を信頼していますし……」


アーネストが額を押さえた。


「……頼むから、今はそれ以上言うな」


「えっ」


「俺にも限界がある」


ますます分からない。


アーネストの手が伸びてきた。


「わっ」


「寝るぞ」


身体を引き寄せられ、そのまま寝台へ倒れ込む。


「今日は、それだけだ」


有無を言わせないような口調だった。


ただ、抱きしめる腕はやさしい。


私は彼の胸元へ頬を寄せた。


「……こうして眠るのですか?」


「ああ」


「これから……ずっと?」


「嫌か?」


「いえ」


さっきまであれほど緊張していたのに、こうして抱きしめられていると、不思議なくらい落ち着く。


「アーネスト様」


「何だ」


「幸せです」


「……そうか」


私は小さく笑って、目を閉じた。


今日一日の緊張がほどけたせいか、すぐに眠気が押し寄せてくる。


「おやすみなさい、アーネスト様」


「……ああ。おやすみ」


その声を聞きながら、私は彼の腕の中で眠りについた。

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― 新着の感想 ―
今まで散々焦らしたんだから、焦らさせたらいいよアーネスト!
こういった教育全くなしに後妻として嫁がせようとしてたのか、父親が鬼畜すぎる…。姉は社交してたからさすがに自分で知っているんでしょうか。
あーーーーー(汗) が、がんばれ!アーネストさま! 今夜を耐えたのは、偉いデス(T-T)
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