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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳
十九章

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第7話

「では、まずはお部屋へご案内いたします」


リリアに続き、アーネストとともに屋敷へ入った。


すれ違う使用人たちが足を止め、私へ向かって「奥様」と頭を下げるたび、慣れない呼び方に肩へ力が入る。


階段を上がり、廊下の奥まで進んだところで、リリアが一つの扉の前に立った。


「こちらが、奥様の私室でございます」


扉が開かれる。


中へ足を踏み入れた私は、思わず立ち止まった。


――広い。


それに、とても可愛い。


白を基調とした室内には、淡い薔薇色の長椅子と、揃いの椅子が置かれていた。窓辺の卓には、白い花に淡い桃色の花を添えた花瓶が飾られている。


「素敵……」


思わず、声がこぼれた。


壁際には書棚と飾り棚が並び、奥には衣装室へ続く扉も見える。


「こちらは、前伯爵夫人がご用意くださいました」


リリアが説明する。


「奥様がおくつろぎになれるよう、家具に使う布や、花の色まで選ばれたそうです」


「お義母様が……」


部屋の中へ進みながら、改めて辺りを見回す。


「あっ……」


書棚に並ぶ本が目に入り、思わず近づいた。


何冊もの小説が並んでいる。


「どれも読んだことがないものばかり……」


一冊ずつ背表紙を眺めていると、読む楽しみまで用意していただいたようで、胸が温かくなった。


「こんなに素敵なお部屋を、用意してくださるなんて……」


長椅子へ近づき、窓辺へ歩き、また書棚へ戻る。


どこを見ても、私のために考えて選んでくださったことが伝わってきた。


ふと振り返ると、アーネストは扉の近くに立ったまま、こちらを見ていた。


部屋ではなく、私の顔を見ている。


「……気に入ったか」


どこか確かめるような尋ね方だった。


「はい。とても」


私が頷くと、アーネストの口元が少しだけ緩んだ。


「そうか……母上も喜ぶ」


「あとで、お礼を申し上げなければなりませんね」


「そうだな」


アーネストはそう答えると、ようやく部屋の中へ入ってきた。


「あちらが衣装室でございます」


リリアに促され、奥の扉へ目を向ける。


私は、てっきり私室の一部なのだと思っていた。


リリアが扉を開く。


中を覗いた私は、思わず目を見開いた。


両側の壁には、天井近くまで届く衣装棚が並んでいた。中央には装飾品や手袋を置くための小卓があり、奥には全身を映せる大きな姿見が置かれている。


お姉様が使っていた衣装部屋よりも、ずっと広い。


「こんなに広いお部屋を……私が使うのですか?」


「伯爵夫人の衣装室でございますから」


恐る恐る、中へ足を踏み入れる。


衣装棚には、すでに何着ものドレスが並べられていた。


アーネストから贈られたドレス。パン工房の夫人から譲っていただき、私の身体に合わせて手直しした衣装。以前から持っていた数少ないドレスも、布を足し、飾りを替え、今の私に合うよう仕立て直されている。元の面影を残しながらも、まるで別の衣装のように生まれ変わっていた。


それだけではない。


義母と選んだ、茶会で着るためのドレス。正式な晩餐会にも使える、深い青の衣装。婚姻後の挨拶回りのために仕立てたものや、夜会用のドレスも、すでにいくつか出来上がっている。


別の棚には季節ごとの外套が掛けられ、靴や帽子、手袋も、それぞれ決められた場所へ収められていた。


「これが……すべて、私の……」


これまでの私なら、一生かけても持つことのなかった数だ。


それなのに、広い衣装室には、まだいくつもの空いた棚が残っている。


「これだけあるのに、まだ余っているのですね……」


「これから必要に応じて、少しずつお揃えになればよろしいかと存じます」


「まだ増えるのですか?」


「伯爵夫人として出席する場も増える。必要になるだろう」


扉の近くに立っていたアーネストが答えた。


私はもう一度、並んだ衣装を見回した。


「こんなに用意していただいて……」


申し訳ない。


そう口にしかけて、言葉を止める。


伯爵夫人として人前に立つ以上、必要になるものなのだ。


私はアーネストへ向き直った。


「……でしたら、私も伯爵夫人として、きちんと務めを果たさなければなりませんね」


アーネストが、わずかに目を見開いた。


彼は、今までどおりでいいと言ってくれた。


けれど、アーネストがグラーフ家を背負うように、これからは私も、その隣に立つのだ。


気負いすぎる必要はない。


それでも、私にできることはしたい。


微笑むと、アーネストはしばらく私を見つめていた。


「……だが、無理はするな」


短い言葉だったけれど、その声はどこかやわらかかった。


ふと、アーネストの後ろに、もう一つ扉があることに気づいた。


「あちらは?」


私が尋ねると、アーネストが扉へ視線を向けた。


「俺たちの寝室だ」


「俺たちの……?」


言葉を繰り返した直後、その意味に気づく。


「……っ!」


一気に顔が熱くなった。


そうだった。


夫婦なのだから、同じ寝室を使うなんて、当たり前のことなのかもしれない。


そもそも、この私室には寝台がない。衣装室の向こうに寝室があるのなら、私は今夜から、そこで――。


「こ、今夜からですか?」


思わず尋ねると、アーネストがわずかに眉を寄せた。


「今夜からでなければ、いつからなんだ」


「そ、それは、そうですけれど……」


どうして、そんなに落ち着いていられるのだろう。


私はまだ、今日から同じ屋敷で暮らすということさえ、うまく実感できていないのに。


……眠れるのだろうか。


朝、目を覚ましたとき、すぐ隣にアーネストがいるということだろうか。


考えれば考えるほど、顔が熱くなっていく。


「奥様?」


「い、いえ……何でもありません」


慌てて答えると、リリアの視線が、私とアーネストの間をゆっくりと往復した。


その口元が、少しだけ緩んだように見える。


「では、私はこれで失礼いたします」


リリアは丁寧に一礼した。けれど、顔を上げたとき、その口元にはやはりわずかな笑みが浮かんでいた。


「何かございましたら、お呼びくださいませ」


そう言い残し、リリアは衣装室を出ていく。


扉が閉じられた。


「え……」


本当に、二人きりにされてしまった。

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