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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
二章

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第7話

出発当日。


玄関先には、すでに馬車が用意されていた。


姉は帽子の角度を直しながら、楽しげに言う。


「あちらの仕立て屋、素敵なお店があるのよ。

 前に行ったとき、入れなかったの。

 今回は寄れたらいいわね」


兄は外套の襟を整えながら、笑う。


「久々に羽を伸ばせそうだな。

 向こうの湖畔、朝が気持ちいいんだ」


父は軽く頷くだけだった。

外套の裾が、弾むように揺れる。


私は、その様子を黙って見ていた。


父は外套を羽織りながら、こちらを振り返る。


「留守の間、家のことは頼んだぞ」


そう言って、歩き出した。


兄は手袋を整えていた。


「水路の協議が終わったら、報告書を残しておいてくれ」


そして、事務的に続けた。


「一人だからって、気を抜くなよ」


姉は一拍置いてから、私の方を見る。


「ごめんね。

 本当は一緒に行けたらよかったんだけど」


そう言って、すぐに言葉を重ねる。


「でも、あなたが残ってくれるなら安心だわ」


私は、少しだけ息を吸った。


「……クレア叔母様に、よろしくお伝えください……」


かろうじて口角を上げ、手を振る。


父は外套の留め具を整えながら、ふと思い出したように言った。


「ああ、それと――

 私宛の客が来ても、不在だと伝えておいてくれ」


それだけ言って、先に馬車へ向かう。


兄と姉も続いた。


そのまま馬車に乗り込む。

扉が閉まり、御者が合図を出す。


馬車が動き出しても――

誰も、こちらを振り返らなかった。


私は、去っていく背を見送りながら、ゆっくりと息を吐いた。


「……準備しよ……」


呟いてから、踵を返す。


重たい足取りで、静まり返った屋敷の中へ戻っていった。



協議は、驚くほどスムーズに終わった。


「では、この内容で進めましょう」


隣領伯爵家代官、マルセルが書類を閉じる。


「毎年、担当を交代する。

 責任の所在も、金の流れも明確になる。

……合理的ですな」


私は、息を整えて頷く。


「そう仰っていただけて、ありがたいです……」


マルセルは、椅子にもたれかかりながら、こちらを見る。


「……若い方ほど、

 勢いで押し切ろうとするものですが」


そこで、視線が合った。


「あなたは、そういうやり方を取らない」


私は、どう返していいか分からず、

困ったように微笑んだ。


すると、マルセルは言葉を続ける。


「……だからでしょうな」


マルセルは少し首を傾げた。


「こちらも、

 話をきちんと詰めようと思える」


胸の奥が、少し軽くなる。


「……ありがとうございます」


マルセルは短く頷いた。


「では、今後とも。

 よろしくお願いします」


「……はい。こちらこそ」


握手を交わし、

正式に、協議は終わった。



屋敷に戻ると、いつもより静かに感じられた。


「……順調に進められて、よかった……」


誰に向けたでもない独り言が、廊下に溶ける。


自室へ戻り、扉を閉めた。


「私が残って、正解よね……うん……」


自分に言い聞かせるように呟いてから、

小さく息を吐いた。


「……準備しないと……」


枕元の呼び鈴を鳴らす。


ほどなくして、侍女が入ってきた。

手際よく衣装が用意され、私はされるがままに袖を通す。


ドレスに着替えながら、ふと気づく。


――落ち着いている。


前は、もっと緊張していた。

胸が詰まって、息が浅くなって、

何をするにも落ち着かなかったはずなのに。


今は――何も感じない。


鏡の前に立つ。


映った自分は、きちんと整っている。

ドレスも綺麗で、着崩れもない。


それなのに。


「……」


何も、湧いてこない。


「……大丈夫、よね」


誰に確認するでもなく、小さく呟く。


侍女に礼を言い、

私は部屋を出た。

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