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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@集英社WEB小説大賞金賞
二章

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第6話 

夕食の席で、父がふと思い出したように口を開いた。


「そういえばな」


スープに手を伸ばしながら、何でもない調子で言う。


「親戚の方から、別荘に来ないかと声をかけてもらった」


一瞬、手が止まった。


「えっ……クレア大叔母様の、ですか?」


思わず聞き返すと、父は頷いた。


ブラン伯爵――父の叔母にあたる人だ。裕福で、別荘を持っている少し遠い親戚。


「ああ、そうだ」


「へえ。久しぶりだな」


兄は手を止めないまま、ちらりと父を見る。


「向こうから声をかけてくるのは珍しいな」


姉も少しだけ顔を上げ、口元を緩めた。


「あの別荘、使わせてもらえるの? いいじゃない。景色がいいのよね。バカンスには最適だわ」


胸の奥が、ふっと軽くなった。


「大叔母様や大叔父様に会えるのも……楽しみ……」


言いかけて、はっとする。


「……お父様。いつですか?」


「来月だな」


「えっ……」


「どうした?」


「隣領と、水路協議の話し合いが……」


兄がすぐに反応する。


「水路協議? ああ、あれか。まあ、日程は調整すればいいだろ」


「それが……先方が、わざわざ日程を前倒ししてくださって……変更は難しいかと……」


姉がわずかに眉を寄せた。


「ずらせないの? せっかくのお誘いなのに」


姉の視線が父に向く。


「お父様……どうしましょう?」


父は一拍置いてから、スープを口にした。


「……そうだな。先方が動いてくれている話なら、こちらの都合で振り回すのもな……」


それから、結論を出すように続ける。


「どうするかは、エリナの判断でいい」


「……えっ」


思わず、目を見開く。


兄は少しだけ眉を上げてから、肩をすくめた。


「まあ……そうなるよな。水路の件をまとめてるのはエリナだろ。決めるのも、お前だ」


姉は、ふうと息を吐いた。


「そう……」


スプーンを置いて、こちらを見る。


「私には分からないから……あなたが決めたらいいわ」


――そんな。


具の少ないスープを見つめたまま、息を吸う。


せっかく隣領とうまくいっているのに、こちらの都合で断るなんて出来ない。だからといって、旅行をやめるなんて――大叔母様たちにも申し訳ない。


そっと顔を上げる。


父は皿へ視線を戻し、兄はワインを傾け、姉も再びスープに手をつけている。


三人とも、もう自分たちの食事に戻っていた。


誰も、何も言ってくれない。

私を見ようともしない。


食器の触れ合う音だけが聞こえる。


胸の奥が、きゅっと縮む。


……私が決めるしかない。


ゆっくりと息を吐いた。


「……分かりました」


スプーンを置く。


「私が残って、協議に参加します」


スープ皿に視線を落としたまま告げる。


「……そうか」


父は頷いた。


「分かった。では、三人で伺うと伝えておこう」


布巾で口元を拭う。


「協議の件は、お前に託すな」


兄は一瞬だけ考える素振りを見せてから、


「妥当な判断だ。ここで止める方が、後々面倒になる」


グラスのワインを口にしながら言う。


「大叔母様の方は……事情を話せば、分かってくれるだろ」


「……そう。残念だけど、仕方ないわね」


姉は少しだけ表情を和らげた。


「別荘の件は、私からもお詫びしておくわ。だから、気にしないで」


私は目を伏せたまま言った。


「……ご馳走様でした」


席を立ち、食堂を後にした。


◆


数日後。


昼下がり、屋敷から家族が出払っている時間だった。


玄関で使用人に呼び止められ、差し出された封筒と細長い箱を目にする。


……まただ。


差出人の名を確認するまでもなかった。この重さも、この包み方も覚えている。


「……ありがとう」


それだけ言って受け取る。


部屋に戻り、扉を閉めてから机の上に置いた。


今は、家の者は誰もいない。


――よかった。


封筒を開く。


文面は簡潔だった。余計な言葉はなく、次の会についての案内と日時だけが記されている。


視線が、自然と箱へ移った。


紐をほどき、蓋を開ける。


中に入っていたのは、青灰色のドレスだった。


前回とはまた違う、落ち着いたドレスだった。それでも、生地には品のいい艶があり、光を受けるたびに淡く表情を変える。


「……綺麗」


呟いた時、こらえていたものが、するりと零れた。


ぽとり、と一滴だけ机の上に落ちる。


慌てて、手の甲で拭った。


「今さらなのに……」


深呼吸をひとつする。


ドレスの箱を閉じ、封筒を脇へ寄せると、引き出しから便箋を取り出して返事を書く。


「……いいよね。行っても」


書き終えた手紙を手に、郵便箱へ向かう。


投函口へ差し入れようとして、一瞬だけ指が止まった。


兄の言葉が蘇る。


『家として、あの会に参加する必要はない』


胸の奥がざわついた。


でも――


小さく首を振る。


手紙を投函口へ入れた。


かさり、と音がして、もう手の届かないところへ落ちていく。


私はその音を聞いてから、踵を返した。

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― 新着の感想 ―
 単なる巣立ちの兆しなのか、家ぐるみの軋轢や処刑の準備段階なのか……目から零れた水滴一滴が、彼女を海原のように広い未来に続く大河につながるか、ダムの決壊の如く兄等を遠方の親族ともども溺水させる濁流とな…
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