第4話
父には、返済できるだけの個人資産がなかった。
そこで、父と貸主との間に入り、返済条件をまとめた人物がいた。
ブラン伯爵夫人――クレア大叔母様だった。
クレア夫人は、父はいずれリュークハルト家を継ぐ人間であり、領地の収益から返済できるのだと説明し、自らも返済契約の保証人として署名した。
それでも貸主は、領地を担保とする契約の有効性に不安を抱いていた。
正式な権限を持たない者との契約だったからこそ、高い利息と厳しい返済条件が付けられていたのだ。
「クレア夫人」
判事に名を呼ばれ、クレア夫人が証言台へ進み出た。
最初のうち、クレア夫人は、父から相談を受け、困っている甥を助けるために貸主との交渉へ加わっただけだと、慎重に言葉を選んでいた。
だが、ハインツ先生が問いを重ねるにつれ、その声には苛立ちが混じり始めた。
「ローレンス殿が、正式な当主ではないことはご存じでしたか?」
「……知っていました」
「それでも貸主へ、ローレンス殿はいずれ家を継ぐ者だと説明した」
「それの何が悪いのです!」
ついに、クレア夫人が声を上げた。
「ローレンスは……叔母として、見ていて可哀想だったのですっ……長男として生まれたのに、家を継ぐことも許されず……」
クレア夫人は、父を庇うように身体を向けた。
「ようやく家長を名乗れるようになったのですよ……叔母として助けたくなるのは当然でしょう?」
「正確には、家長を自称するようになった、ですが」
先生が小さく付け加えた。そして、私の方へわずかに身を寄せる。
「あなたのお父上は、自分と同じ目に、息子を遭わせたくなかったのでしょうね」
「……そうなのですか?」
「おそらくは。それとも、息子を当主にすることで、自分が得られなかったものを埋め合わせたかったのかもしれません」
私には分からなかった。ただ、どちらであっても、父のしたことが許されるわけではない。
すべての証言と書類が確認されたあと、判事が判断を言い渡した。
母フリージアの遺言は、現在も正式な効力を持つものと認められた。
私は、リュークハルト家の正統な後継者として認められた。
父が連帯保証人として負った返済義務は、有効とされた。
けれど、領地とその収益を返済へ充てる部分については、当時の当主であった母の承認も、父への委任も存在しないため、無効とされた。
返済義務は、父個人に残る。そして、返済契約の保証人として署名したクレア大叔母もまた、返済についてその責任を負うことになった。
最後に判事が、私へ視線を向けた。
「エリナ・リュークハルト。リュークハルト家を継承し、その責任を負う意思に変わりはありませんか」
私は一度だけ、隣にいるハインツ先生を見る。
その向こうには、アーネストがいる。
私は小さく頷き、判事に向き合った。
「変わりません」
まっすぐに判事を見つめる。
「リュークハルト家は、私が継ぎます」
◆
「――このまま正面から出れば、間違いなく呼び止められますからね」
ハインツ先生が法院の職員へ目配せすると、壁際にある扉が開かれた。
判事や職員が使うための通路らしく、その先には人の少ない細い回廊が続いている。
父がこちらへ近づいてくるより先に、先生は私を扉の向こうへ通した。
「ありがとうございます」
「これも仕事のうちですよ」
扉が閉じると、法廷内のざわめきも、父の姿も見えなくなった。
先生は廊下を歩きながら眼鏡を押し上げる。
「しかし、楽な審理でした」
楽しそうに笑った。
回廊を抜けると、先に外へ出ていた義父とアーネストが待っていた。
「ご苦労だったな」
「いえいえ。ほとんど勝手に崩れてくださいましたので」
「まあ、確かにな」
義父は笑い、それから腹の辺りを押さえた。
「では、飯にしよう。朝から何も食べておらん。近くにうまい店があるから、予約しておいた」
「それはありがたい」
ハインツ先生の目が輝いた。
「何がいただけるので?」
「海老だ。王都でも、あそこの料理は別格だぞ」
「さすが前伯爵閣下。お話が分かりますね」
二人の話は、すでに料理へ移っている。
アーネストが、私の隣で小さく息を吐いた。
「そうか。では、俺たちはここで――」
「何を言っている。お前たちも一緒だ」
「しかし」
「人数分、席を取ってある。まさか、我々だけで海老を食べに行くと思っていたのか?」
「そういう意味では……」
「では、決まりだな」
義父は満足そうに頷いた。
アーネストは何かを言おうとして、結局、口を閉じた。
法院の前には、グラーフ家の馬車が待っていた。
アーネストが先に乗り込み、私へ手を差し出す。
その手を取ろうとしたとき、少し離れた場所に父と兄の姿が見えた。
二人とも、こちらを見ていた。
私は気づかなかったふりをし、アーネストの手を取り、そのまま馬車へ乗り込む。
扉が閉まり、父と兄の姿が見えなくなる。
やがて馬車が、ゆっくりと動き出した。




