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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳
十八章

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第3話

夕食の席に着いてから、私はずっと背筋を伸ばしていた。


目の前には、温かなスープと、香ばしく焼かれた肉料理が並んでいる。どれも、とても美味しそうだった。


ただ、グラーフ前伯爵夫妻と同じ食卓を囲んでいると思うと、どうしても緊張してしまう。


「エリナ嬢」


正面から声をかけられ、私はびくりと肩を揺らした。


グラーフ前伯爵が、私の皿を見ている。


「食べなさい」


「は、はい」


慌てて肉を一口切り、口へ運ぶ。


柔らかい。


噛むと肉汁が広がり、添えられたソースには、ほのかな酸味と甘みがあった。急いで飲み込もうとしたせいで、少し喉につかえそうになる。


「父上、急かすな」


隣に座るアーネストが言った。


「急かしてはいない。食べるよう言っただけだ」


グラーフ前伯爵は、納得がいかないという顔で私を見る。


「それにしても、細すぎるだろう」


「あなた、エリナさんには、エリナさんの食べるペースがあります」


「しかし、この細さでは――」


「あなた」


「……分かった」


グラーフ前伯爵は、少しだけ不満そうに口を閉じた。


私はどうすればよいか分からず、もう一口だけ肉を食べる。


美味しい。

本当に、とても美味しい。


けれど、食事をしているところを見守られているようで、少し落ち着かない。


そんな私の様子に気づいたのか、夫人が微笑んだ。


「無理に急がなくていいのよ。ゆっくり召し上がって」


「はい……ありがとうございます」


少しだけ肩の力を抜き、スープを口に運ぶ。


青豆のポタージュは、口に含むとまろやかな甘みが広がる。濃厚なのに重すぎず、青臭さもまったくない。


「……美味しい」


思わずそう呟くと、自分でも分かるほど頬が緩んだ。


「そうだろう。うちの料理人は、王都から口説き落としてきた。腕は確かだ」


「そうなのですね」


前伯爵は、食事にこだわりのある方なのだろうか。


「他に食べたいものがあれば、遠慮なく言いなさい。料理人に用意させる」


「えっ」


「肉でも魚でも、甘いものでもいい。食べられそうなものからで構わん」


「あなた、そんなに一度に言われても、エリナさんが困ってしまうでしょう」


夫人がたしなめると、前伯爵は少しだけ不満そうに眉を寄せた。


「だが、食べられるものは知っておいた方がいい」


「それは、少しずつでよろしいの」


「……分かった」


グラーフ前伯爵は、また少しだけ口を閉じた。


食事が半ばを過ぎた頃、グラーフ前伯爵がナイフとフォークを置いた。


「ところで、婚姻のこともあるが……聞くかぎり、まず事業の方を整えねばならんのではないか」


「ああ、すぐに動くつもりだ」


アーネストは、グラスを手にしたまま落ち着いた声で答えた。


「契約先と現場の責任者へ連絡を入れる。今後の報告は、こちらにも回すようにするつもりだ」


「そうだな。エリナ嬢が戻らなくても回るようにし、同時に、リュークハルト男爵たちが勝手に手を出せない形にしておいた方がいい」


「そのつもりだ」


私は思わず顔を上げた。


「それは……契約の内容や、出荷の予定を把握する役目を、他の方に任せるということですか?」


「そうだ」


グラーフ前伯爵が頷く。


胸の奥が、不安に揺れた。


大丈夫だろうか。誰かに任せると言われても、すぐには想像がつかない。


「エリナ嬢。あなたが病に倒れたら、その事業は終わるのか」


「……」


答えられなかった。


終わる、そう思ってしまった。


これまで、職人たちとの話し合いも、商会との交渉も、契約も、最後の判断も、すべて私がしてきたからだ。


グラーフ前伯爵は、私の答えを待たずに首を横へ振った。


「一人が倒れただけで何もかも止まるなら、それは組織の欠陥だ」


アーネストが続ける。


「だから、今から直せばいい」


「エリナ嬢は、領地管理もしていたのだろう」


グラーフ前伯爵が言った。


「毎日、すべての畑を見回っていたのか?」


「いいえ……」


そう答えた瞬間、胸の中で何かが少し止まった。


そうだ。

領地のことだって、私一人ですべてを見ていたわけではない。


報告書があり、現場で働く人たちがいて、それぞれの役目があった。私はそれを確認し、必要な判断をしていた。


「私……自分で全部見ることが、責任を持つことだと思っていました」


「始めたばかりなら、そうなることもある」


グラーフ前伯爵が言った。


「だが、いつまでも一人で抱えていては、事業は大きくならない」


私は、ゆっくりと頷いた。


「はい……」


グラーフ前伯爵が頷く。


「それで、式はいつだ」


アーネストの手が止まった。


「……何の話だ」


「結婚式に決まっているだろう」


思わず顔が熱くなった。


「そうね。正式な婚約まで時間がかかるとしても、衣装の準備は始められるわ」


「母上」


「婚礼衣装は、すぐには仕上がらないでしょう。ねぇ、エリナさんは、何色がお好き?」


「え、色ですか……?」


婚礼衣装にも、好きな色を使うものなのだろうか。


「ええ。白や生成りを基調にして、刺繍やリボンに色を入れても素敵よ。グラーフ領の花を刺繍するのもいいわね」


「母上、話を進めないでくれ」


「どうせあなたは、衣装のことなど分からないでしょう」


「そういう問題ではない」


グラーフ前伯爵も、真剣な顔で口を開く。


「式は領地で挙げるのか。それとも王都か」


「父上まで何を言っている」


「当主の結婚だ。招待客の数が違う。早めに決めなければ間に合わん」


「王都で婚約披露をして、式は領地でもいいわね」


「王都でも式を挙げればいい」


「増やさないでくれ」


アーネストが眉間を押さえた。


つい先ほどまで、乾燥小屋の責任者について話していたはずなのに。いつの間にか、結婚式をどこで挙げるかという話になっている。


夫人が、私へ向き直った。


「エリナさんは、どのような式になさりたい?」


私は目を瞬いた。


結婚式。

誓いを交わして、大勢の人に祝われるもの。


知っているのは、その程度だった。私は結婚式に参列したこともなかった。


「考えたことがなくて……」


小さな声になった。


「では、これから考えましょう」


「私が、考えてもいいのですか?」


「ええ、もちろんよ。衣装も、式を挙げる場所も、招く方々も、あなたがどうしたいかを一つずつ考えればいいのよ」


自分がどうしたいか。


そう考えると、胸の奥が少しだけ温かくなった。


「はい」


小さく頷くと、夫人は嬉しそうに微笑んだ。


「まずは衣装の見本を取り寄せましょう」


「母上。今すぐ始める必要はない」


「でも、見るだけならいいでしょう?」


アーネストは何も答えなかった。


「楽しみね、エリナさん」


「は、はい……」

ちょっとおやすみしますm(_ _)m

4日後投稿目標しております。

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― 新着の感想 ―
息子トロトロしてるから、お母様がアクセル全開なのとか面白いのにお父様が後ろからガンガン押す! まだ何も決まってないけど、幸せだね!エレナ!
良い爺様になりそうですよね この夫婦を見ているとほっこりします
パパ不器用か!w でも優しさを感じる! 実の家族に恵まれなかったエリナには伯爵家で幸せになって欲しいですね
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