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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳
十七章

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第8話

目を覚ました時、部屋の中には温かな光が差し込んでいた。


一瞬、どこにいるのか分からなかった。


見慣れない天蓋。淡い生成りの布が、寝台を囲んでいる。窓辺には厚手の淡い青の窓掛けがかかり、床には柔らかな絨毯が敷かれていた。


寝具は驚くほど柔らかく、肌に触れる布も、普段使っていたものよりずっと軽い。


「……え?」


慌てて体を起こそうとして、足に少し痛みが走った。そこでようやく、昨日のことを思い出す。


「……っ」


顔が一気に熱くなった。


グラーフ伯爵が、私に求婚してくださった。そして私は、はいと言った。あなたと結婚したいです、と。


そこまで思い出した瞬間、掛け布の中で小さく身を縮める。


「……夢じゃないんだ……」


あの時は、頭がふわふわしていた。胸がいっぱいで、足の痛みも忘れてしまうくらいだった。


そうだ。あの後、しばらく見つめ合ってしまって。距離が近くなって。その指先が、私の頬に触れたところで、グラーフ伯爵夫人が戻ってこられたのだ。


そう。見つめ合って。


「……っ!」


声にならない声が喉の奥で跳ねた。私は掛け布を握りしめ、思わず身をよじる。


その時、扉が叩かれた。


「エリナ様。お目覚めでしょうか」


「は、はい……!」


返事をすると、侍女が入ってきた。


「よくお休みになれたようで安心いたしました」


「あの……今は、何時でしょうか」


「昼少し前でございます」


「昼……!」


思わず声が裏返った。


「すみません、こんな時間まで……」


「奥様より、起こさず休ませるようにと申しつかっております」


侍女はそう言って、柔らかく微笑んだ。


「お支度をお手伝いいたしますね」


「あ……お願いします……」


起き上がろうとすると、すぐに支えられた。髪を整えられ、顔を拭くための温かな布を渡される。


用意されていた淡いクリーム色の室内着に袖を通すと、肌触りがよく、締めつけるところがなかった。袖口には細い刺繍が入っていて、控えめさが可愛らしかった。


足に負担がかからないようにと、室内履きまで用意されている。


本当に、何から何までしていただいている。


そう思った時、扉の外から穏やかな声がした。


「入ってもよろしいかしら」


グラーフ伯爵夫人だった。


私は慌てて姿勢を正す。


夫人は部屋に入ると、私の様子を見て、表情を和らげた。


「よく眠れたようね」


「はい……こんなに眠れたのは久しぶりで……とてもすっきりしました」


「それはよかったわ。昨日は初めての茶会もあったのですもの。疲れて当然ね。ところで痛みは?」


「おかげさまで、ずいぶん楽になりました」


「そう。でも、今日も休まないとね」


「あの……グラーフ伯爵は……」


「アーネストは、リュークハルト家へ向かいましたよ」


「えっ」


思わず声が出た。


「ど、どうして……」


「あの子が昨日、自分で決めたことの責任を取りに行っただけよ。あなたは気にしなくていいわ」


「そ、そんな……」


父も兄も、失礼なことを言うかもしれない。そう思うと、いたたまれなかった。


「それよりも、あなたにはあなたの仕事があります」


「仕事? ……あっ!」


そうだ。家を飛び出してしまったものの、領地は大丈夫だろうか。日々のことは、現場の者たちが回してくれるはずだ。店とのやり取りも、すぐに止まるものではない。


けれど、新しい判断や細かな調整は、私がいなければ誰がするのだろう。


それに、もし父や兄が勝手に話を進めたら。乾燥小屋は。領地の人たちは。


考えた瞬間、不安が顔に出てしまったのかもしれない。グラーフ伯爵夫人は、私を見て微笑んだ。


「エリナさんにも、していただくことがあるの」


「は、はい。私にできることなら……」


「そんなに身構えなくていいのよ。まず、当面あなたはリュークハルト家へ戻れないでしょう?」


夫人は長椅子の隣へ腰を下ろした。


「それなのに、手持ちのものが何もないわ」


そう言われて、私はようやく自分の状況を思い出した。本当に、身ひとつで来てしまったのだ。


「ですから、今日は必要なものを揃えないと」


夫人は指を折るようにして数え始めた。


「着替えに夜着でしょう。外出用の靴に手袋、化粧道具。ああ、髪飾りもいるわね」


血の気が引いた。今、手元にお金はない。家にある私のものをかき集めたところで、足りるだろうか。


伯爵家で用意されるものが、どれほど高価なのか。考えるだけで、目の前が暗くなる。


「あ、あの……私、今は手持ちが……」


「エリナさん。あなたのお財布から出す話ではありません」


「え……?」


「あなたは、わたくしの客としてここにいるのです。客に不自由をさせるわけにはいかないでしょう?」


「そ、それは……さすがに、そこまでしていただくわけには……」


「足を痛めた令嬢に、合わない靴を履かせる方がよほど失礼だわ」


何も言い返せなかった。


「お分かり? 必要なものを揃えるのが、今のあなたの仕事なのよ」


「それは、仕事と言えるのでしょうか……」


一から揃えるなんて、私にとっては贅沢すぎることだ。そんな思いが顔に出ていたのか、夫人は楽しそうに目を細めた。


「あら。意外と大変なのよ」


その時、扉の外から侍女の声がした。


「奥様。仕立て屋と靴職人が到着いたしました」


「ありがとう。こちらへ通してちょうだい」


「かしこまりました」


私は思わず夫人を見た。


「も、もう、いらしているのですか」


「朝一番で呼びましたもの」


扉が再び叩かれ、侍女に案内されて、仕立て屋と靴職人が入ってきた。私は慌てて背筋を伸ばす。


グラーフ伯爵夫人は、仕立て屋たちへ声をかけた。


「まずは足に負担のない室内履きと、明日着られる服を。採寸は無理のない範囲でお願いね。この方は足を痛めているの」


「かしこまりました」


仕立て屋が深く頭を下げる。靴職人も、私の足元を見てすぐに表情を引き締めた。


「歩かずに済むよう、こちらで測らせていただきます」


「え、あの……」


何か言おうとしたけれど、伯爵夫人がにこりと微笑んだ。


「さて、選んでいきましょうか」

ちょっ……と、間を空けるかもです……申し訳ございません( ° ཫ ° )・∵. グハッ!!

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― 新着の感想 ―
お母様いいところでたびたびw いやぁ、エリナどんどん甘やかしてもらってーー>< お母様本領発揮~~~。頑張ってー。アーネスト帰ってきたら無言になりそうw
あ、ママンがで甘やかせ始めてる! それにでろろーんと乗っかるのは主人公ちゃんの新たな試練かもしれませんね。 早速ママンの張り切る様子まで書いてくださったので安心できました。 続きはのんびりとお待ちして…
「小説家になろう」というサイトをざっと斜め読みして、「よし、これだ」と最初にじっくり読み始めた作品が「都合のいい私を、、、」でした。作者様の文章が好きだったから。 それがここまですてきな展開になるな…
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