第1話
連投宣言\(^o^)/
二階の廊下へ出ると、階下から扉の開く音と、話し声が聞こえてきた。
私は小部屋の扉の前に立ち、もう一度だけ姿勢を正す。
しばらくして、店主に案内され、一人目の客が階段を上がってきた。
淡い青のドレスをまとっていたのは、マルティナだった。
私を見ると、彼女は控えめに微笑む。
「本日は、お招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ、マルティナ様。お越しいただきありがとうございます」
「干し林檎のお菓子、楽しみにしておりましたわ」
「ありがとうございます。お口に合えば嬉しいです。どうぞ、こちらへ」
私は席順を思い出しながら、マルティナを卓のそばへ案内した。
「お付きの方は、こちらの控え室へご案内いたします」
マルコが声をかけると、付き添いの侍女は一礼し、隣の控え室へ向かった。
その流れを見届けてから、私はもう一度、部屋の入口へ戻る。その後も、客は一人、また一人と銀葉亭へ到着した。
二人目、三人目を迎える頃には、最初ほど声も震えなくなっていた。
ふうと息を吐いた時、階下から、次の馬車の止まる音が聞こえた。
私は入口の前へ戻り、手のひらをそっと握る。
ほどなくして、店主に案内され、一人の令嬢が階段を上がってきた。菫色のドレスに、乱れなく結い上げられた髪。
その姿を見た瞬間、背筋が自然と伸びた。
ヴィオラ・クラウゼンだった。
「本日は、お招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ、ヴィオラ様。お越しいただきありがとうございます」
私は、深くなりすぎないように頭を下げる。
「どうぞ、こちらへ」
ヴィオラは部屋の中へ足を踏み入れると、卓の花、茶器、席の配置へと、視線を巡らせた。
「……ずいぶん落ち着いたお席ですのね」
私は一瞬だけ息を詰め、それから答える。
「はい。菓子を見ていただく席ですので、あまり飾りすぎないようにいたしました」
「まさか、グラーフ領の銀葉亭で、男爵家のご令嬢がご自分の名のお席を開かれるとは思いませんでしたわ」
近くの席にいた令嬢が、わずかにこちらへ視線を向ける。
私は指先に力が入りそうになるのをこらえた。
「領地の干し林檎をいくつかのお店に見ていただいていたところ、銀葉亭で新しい菓子に使えるのではないかとお話をいただきました」
「まあ。銀葉亭から、そのようなお話が?」
その声は穏やかだったが、私には、そこに別の問いが隠れているような気がした。
銀葉亭からの話なのか。
それとも、グラーフ家からの話なのか。
「はい。ですので、新しい菓子を召し上がっていただき、率直なお声を伺えればと思っております」
「そうですか。では、楽しみにしておりますわ。どのようなお菓子になるのか」
「ありがとうございます。お楽しみいただけましたら嬉しく存じます」
私はもう一度頭を下げ、ヴィオラを席へ案内した。
その後、残りの客も順に到着し、やがて八人すべてが席に着いた。
私は自分の席の横に立ち、そっと息を吸う。
今日まで何度も繰り返した言葉を、胸の中で一つずつ思い出した。
「本日は、お越しいただきありがとうございます」
なるべく、笑みを浮かべながら続ける。
「本日ご用意した菓子は、私の領地で作っている干し果物を使い、銀葉亭で新しく作っていただいたものです。皆様のお口に合いましたら幸いです。まずは、お茶と一緒に召し上がってくださいませ」
言い終えると、店主が合図を出した。
給仕たちが動き、白磁の茶器に温かな茶が注がれていく。
茶は、干し果物の香りを邪魔しないようにと、店主が選んでくださったものだ。
渋みは強すぎず、香りも穏やかで、湯気と一緒にやわらかな茶葉の香りが広がっていく。
続いて、焼き菓子をのせた皿が、一人ずつの前へ置かれていった。
私は席に腰を下ろしながら、浅く息を吐いた。
淡い焼き色の菓子には、細かく刻まれた半干しの林檎が混ぜ込まれていた。横には、木苺のジャムが少し添えられている。
茶器の白と銀の細い縁取りの中では、菓子の焼き色と木苺の赤がよく映えた。
私は、膝の上で手を重ねる。
すぐに感想を求めてはいけない。まずは、召し上がっていただく。
そう自分に言い聞かせていると、マルティナが小さなフォークで菓子を切り、木苺のジャムを少しだけのせて口へ運んだ。
続いて、ほかの方々もそれぞれ菓子へ手を伸ばす。
最初に口を開いたのは、マルティナだった。
「干し林檎のお菓子と伺って、もっと甘みの強いものを想像しておりましたけれど……思ったより、香りが穏やかなのですね」
「干し林檎の甘さが強く出すぎないよう、銀葉亭で調整していただきました」
私がそう答えると、向かい側に座っていたエルネスタが茶器を置いた。
「木苺の酸味がよいですわね。お茶と合わせると、後味が重くなりませんわ」
「お茶に合うように、焼き加減も少し変えてくださったそうです」
「まあ、そうなの」
エルネスタはもう一度、菓子へ視線を落とした。
「たしかに、口の中に甘さが残りすぎませんわ」
その言葉に、胸の奥が少しだけ緩む。
よかった。
少なくとも、そう思っていただけている。
そう考えたところで、別の夫人が小さく頷いた。
「この大きさも、いただきやすいですわね。大きすぎる菓子ですと、話の途中で少し困ることがありますもの」
「はい。話の途中でも召し上がりやすいようにと、少し小さめにしていただきました」
「茶席には、ちょうどよいと思いますわ」
ぽつり、ぽつりと感想が続いていく。
その一つ一つを聞きながら、私は心の中で、何度も頷いていた。
その時、ヴィオラが静かにフォークを置いた。
「茶席のお菓子としては、よろしいと思いますわ」
ほんの少しだけ安堵しかける。
ヴィオラは微笑んだまま続けた。
「ただ、わたくし、少し不思議に思いましたの」
私は目を瞬かせた。
「菓子を作ったのは、銀葉亭の職人。そしてこの席を整えたのも、銀葉亭でございましょう?」
「はい……その通りです」
「干し林檎はご領地のもの。けれど、それも領地の方々の手で作られたものですわね」
近くの席にいた令嬢が、視線を伏せた。
ヴィオラは、穏やかに微笑んだままだった。
「銀葉亭のお席としては、申し分ございませんわ。けれど、エリナ様ご自身のお席として見ると……どこにエリナ様らしさがあるのか、少し分かりにくいように思えましたの」




